外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2020年7月28日(火)

外交・安保カレンダー(7月27日-8月2日)

[ 2020年外交・安保カレンダー ]


先週興味深いイベントに参加した。CNASというワシントンの有力シンクタンクが7月22日にウェブ上で実施した東シナ海・尖閣諸島をめぐる日米中間のウォーゲームだ。キヤノングローバル戦略研究所でもこの種のゲームは年三回実施しており、どうってことはないと思っていた。だが、さすがCNAS、ゲーム手法が極めて斬新だった。

Zoomアプリを使いウェブ上で400人以上の参加者を募る。彼らの多数決投票で各チームの節目節目の戦術が決まる。それに基づいてゲームが進行する。なるほど、公開でやるゲームにはこういう手があったのかと感心した。ゲームの進行にはもっと驚いた。これだけのゲームが作れるとは、米国のシンクタンクの底力を見た思いだ。

レッドチームが尖閣の魚釣島を占領することからゲームは始まった。当然、ブルーチームは奪還作戦を敢行するのだが、結局奪われた島は占領されたまま、戦況は膠着状態に陥る。レッドチームの大勝ちはないが、ブルーチームによる島の奪還も難しい。これが現実だったらと思うと、本当にゾッとする。

この点については今週のJapanTimesのコラムに詳しく書いた。当分日本語では書かないので、ご関心のある向きは、お時間のある時にご一読願いたい。結論だけ簡単に述べれば、当然、日米同盟は機能するのだが、それは「全てが日本の思い通り機能するとは限らない」という条件が付く可能性があるということだ。

勿論このゲームだけでは未来予測はできない。しかも、参加した米国人の大半はアジア専門家ではなかった。しかし、というか、だからこそ、今回ゲームの結果で図らずも顕在化したのは、「敵基地攻撃能力の是非」などという議論をはるかに超えた、戦略レベルの日本の防衛政策の不都合な真実だったのかもしれない。

もう一つ、先週気になったのが米中関係の更なる悪化だ。21日、米国が在ヒューストン中国総領事館の閉鎖を命じたのに対し、24日、中国は在成都米総領事館の閉鎖で報復に出た。これを「カブキプレイ」、すなわち「誰もが落し所を知る出来レース」と見る向きも一部にはあるが、それは違う。今や米中関係は新次元に入りつつあるようだ。

早速各方面から様々な質問が飛んできた。領事館閉鎖は異例の措置か?トランプ政権は本気か?報復合戦はいつまで続くのか。これもコロナ・パンデミックの影響なのか?中国は軍事・貿易面で如何に対応するつもりか?日本はどう対応すべきか?これら一つ一つを深堀してみたい。

1. 閉鎖命令は外交上異例な措置か?
否。中国外交部は米側が「突然」閉鎖を要求したと述べたが、外交の世界では決して異例ではない。中東では外交関係断絶や大使館閉鎖など茶飯事。直近では2017年8月31日、当時のティラソン国務長官が在サンフランシスコ露総領事館を(やはり72時間以内に)閉鎖するよう露側に電話通告している。同年7月ロシアが露駐在の米外交官・職員の半減を命じたことへの報復だった。当時も露総領事館からは謎の黒煙が上がり、閉鎖後にはFBIの捜索が入っている。

2. トランプ政権は本気か?
確かに内政・外交両面で本気になりつつある。だが、これには注釈が必要だ。外交面で見ると、総領事館閉鎖でなく、スパイ活動を行った多くの中国外交官を「ペルソナノングラータ(好ましからざる人物)」として国外追放する方法もあった。にも拘らず、今回敢えて総領事館閉鎖に踏み切ったのは、現在トランプ陣営が劣勢とも伝えられる大統領選という内政要因が大きかったと見る。直近の演説でポンペイオ国務長官は「コミュニスト・チャイナ(共産中国)」という懐かしい言い回しを就任後初めて使い始めた。悪いのは「民主党、リベラル、アナキスト、社会主義者、共産主義者、バイデン」という大統領選レトリックの一環に「共産中国」がきっちり組み込まれているのだろう。

3. 報復合戦はいつまで続くのか?
最近の中国は強気だから「やられたら、必ず、やり返す」。但し、中国も米国との決定的な対立は望んでいないので、決して無茶はしないだろう。それにしても、なぜ中国は強硬姿勢に転じたのだろうか。筆者が尊敬する日本の中国専門家は、いくつかの要因が重なったこと、特に、①最近の中国の国力増大、②共産党による統治の正統性の確認、③強気な習近平総書記、という3点を挙げていた。  しかし、これにも幾つか注釈が必要だ。  そもそも、国力の増大だけでは中国の強硬姿勢は説明できない。また、統治の正統性だけでは鄧小平時代の「韜光養晦(とうこうようかい)」が説明できない。更に、強硬姿勢を習近平氏の個人的性格に帰することは論理に飛躍がある。筆者は、「誤った大義の追求とナショナリズムへの過度な依存」の結果だと考えている。  普遍的価値に基づく大義があれば国際社会はある国の国力増大を受け入れざるを得ないかもしれない。しかし、それがナショナリズムを利用した誤った大義の追求であれば、国際社会は反発し、国内のナショナリズムはそれを受け入れないので、更なる強硬姿勢を取らざるを得なくなるのだと思う。

4. コロナ・パンデミックの影響か?
新型コロナは単なる「破壊者」に過ぎず、既に存在する矛盾、傾向、潮流を促進、加速、劇症化させるだけだ。今回も、コロナが米中関係を変えたのではなく、既に悪化していた米中関係がコロナによって劇症化したと見れば本質を見失うことはないだろう。

5. 中国は如何に対応するか?
方針変更ができればベストだろうが、それは無理だろう。1930年代の日本と同様、歪んだナショナリズムにより触発された一般庶民の多くは、国際社会の強い反発を素直に受け入れることは難しく、当面中国は強硬姿勢を続けるに違いない。それって、1930年代の日本と同じなのだが、中国政府と国民はそうした歴史的教訓を客観的に受け入れることはないだろう。

6. 日本の対応は?
戦略と戦術を区別するしかない。普遍的価値と国際海洋秩序の維持が日本の戦略的国益であり、その枠の中で中国との関係を戦術的に、可能な限り、維持改善すること、に尽きるだろう。


〇アジア
北朝鮮が、韓国から開城(ケソン)へ戻った脱北者に新型コロナ感染の疑いが判明したと公表したそうだ。南北ともに大失態だが、気になるのは北朝鮮でのコロナ禍の広がりである。北朝鮮が国家レベルでシャットダウンすれば、国全体の有事対応能力は激減する。恐らく、北は中国への依存を更に深めるので、暴発の可能性は低いと見る。

〇欧州・ロシア
独外相がG7サミット拡大で韓国などを参加させる米大統領の構想に反対すると述べたそうだ。韓国はさぞ落胆しているだろうが、それは筋違いだ。ドイツの主張、当然と言えば当然だ。しかし、ドイツが反対するのは韓国の参加ではない、ロシアを入れようとするなど滅茶苦茶なトランプ政権の外交姿勢そのものに反対していると見るべきだ。

〇中東
24日、イスタンブールの世界遺産アヤソフィア「博物館」が「モスク」化されて初めて金曜礼拝が行われ、トルコ大統領も参加したそうだ。イスタンブールは昔のコンスタンチノープルで、今でも東方キリスト教会の「総本山」?の一つである。ギリシャが反発するのも当然だろうが、トルコのイスラム回帰がここまで進んだ象徴なのかもしれない。

〇南北アメリカ
最近トランプ陣営の選対本部長が交代したが、トランプ支持率は回復しそうにない。トランプ陣営内部から見た大統領選については日経ビジネスオンラインに書いた。簡単に言えば、トランプ陣営に選対本部長は不在、というか、トランプ氏自身が候補者兼選対本部長兼メディア部長なのだから。立て直しは可能なのか、もう手遅れなのか。

〇インド亜大陸
インドのコロナ感染は止まらないが、それ以外には特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。

27日 メキシコ6月貿易統計・雇用統計発表
27日 朝鮮戦争休戦協定調印から67年
27日-28日 World conference on Womens studies 2020(世界女性会議2020)(コロンボ)
27日-8月7日 香港エレクトロニクス・フェア(オンライン形式)
27日-8月7日 香港医療・ヘルスケア・フェア(オンライン形式)
27日-8月7日 香港ファッション・ウィーク(オンライン形式)
27日-8月7日 香港インターナショナルICTエキスポ(オンライン形式)
28日-29日 アジアインフラ投資銀行(AIIB)年次総会(テレビ会議)
28日-29日 米国FOMC
29日 欧州中央銀行(ECB)政策理事会(非金融政策)(フランクフルト)
29日 ブラジル6月全国家計サンプル調査発表
29日 アリアン5(BSAT 4b, Galaxy 30, MEV-2)打ち上げ(仏領ギアナ基地)
30日 EU6月失業率発表
30日 米国第2四半期GDP発表(速報値)
30日 香港国家安全維持法施行から1ヶ月
30日 プロトン(Ekspress 80, Ekspress 103)打ち上げ(バイコヌール宇宙基地)
30日 アトラスV(マーズ2020)打ち上げ(ケープカナベラル空軍基地)
30日 Astra Rocket 3.0(低軌道技術実証衛星)打ち上げ(アラスカ Kodiac)
30日 長征4B(資源三号03)打ち上げ(山西省太原衛星発射センター)
31日 米国6月PCE物価指数(商務省)
31日 中国7月PMI発表(国家統計局)
31日 インド第1四半期GDP発表
31日 EU4-6月期GDP速報値(EU統計局)
31日 チリ大統領教書発表(バルパライソ)
31日 香港立法会議選の立候補届け出終了
8月1日-15日 APEC第3回高級実務者会合(ペナン)

【来週の予定】
4日 ブラジル6月鉱工業生産指数発表
4日-5日 ブラジル中央銀行、Copom(金融政策委員会)
4日-7日 国連人種差別撤廃委員会 第101回会合(ジュネーブ)
4日-9月18日 ジュネーブ軍縮会議 third part(ジュネーブ)
5日 米国6月貿易統計発表
5日 スリランカ議会選
6日 メキシコ7月自動車生産・販売・輸出統計発表
6日 ソユーズ2.1b(ロシア航法測位衛星GLONASS-K15)打ち上げ(プレセツク宇宙基地)
7日 メキシコ7月CPI発表
7日 米国7月雇用統計発表
7日 ブラジル7月IPCA発表
7日 中国7月貿易統計発表
9日 ベラルーシ大統領選挙


宮家 邦彦  キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問