キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年7月14日(火)
[ 2020年外交・安保カレンダー ]
今週一番気になったのは、ようやくEUの対中政策が見直される可能性が浮上し始めたことだ。各種報道によれば、香港国家安全維持法の施行を受け、英米加豪などだけでなく、フランス外相が欧州諸国と同調した対抗措置の検討を示唆したり、欧州連合(EU)も外相会議で香港問題を真剣に議論することになりそうだという。
ボレロ外交担当上級代表は記者会見で、中国に対する「アプローチの見直しが必要だ」「EUとして統一的な対応をとることで合意した」とも報じられた。その中には犯罪人引渡条約の見直しや香港人の渡航に関する規制を緩和することも検討される可能性もあるそうだ。馬鹿なことをしたなと思うのだが、中国は意に介していないようだ。
今後EUの統一ポジションがどこまで厳しくなるかは予測が難しい。しかし、最近流れが変わったことは明らかだろう。今後中国が巻き返しを図るためには、相当の努力が必要だが、現時点で親中のEU加盟国が態度を変えようとする状況にはなさそうだ。当面はEU内での綱引きが活発化するのではなかろうか。
香港国家安全維持法といえば、先週その制定経緯の法的問題点について既に書いたのでここでは繰り返さない。ただ、日本の報道の多くが、同法の定める違法行為を「外国人が香港以外の場所で行った場合も、香港・中国側が求めれば、拘束・移送される恐れがある」などと、あたかも国際法違反の如く書いているのは気になった。
確かに、同法が定める「国家分裂罪」「国家政権転覆罪」「テロ活動罪」「外国又は境外勢力と結託し国家安全に危害を及ぼす罪」は、同法第38条により「香港永住権保有者、香港籍法人、香港滞在者、香港籍船舶および航空機内だけでなく、香港域外にいる非香港永住権保有者にも適用」される。えっ、外国人も、と誰もが思うだろう。
日本にはこうした「域外適用」「国外適用」を批判する論調が少なくない。しかし、これが国際法違反なのか。法律を少しでも学んだ者なら、これがいわゆる「国外犯」であることは明白である。一般に「国外犯」とは、ある国の刑法上犯罪となる行為がその国の領域外で行われた場合でも、その国の刑法が適用されるような犯罪のことだ。
しかし、「国外犯」の概念自体は中国の専売特許ではない。日本刑法にも「国外犯」の規定はあるからだ。具体的には、刑法2条の内乱に関する罪、外患に関する罪、通貨偽造、詔書偽造、公文書偽造、有価証券偽造の罪、支払用カード電磁的記録に関する罪などは、国籍を問わず、日本国外で罪を犯したすべての者に適用される。
また、刑法3条は放火の罪、私文書偽造の罪、強制わいせつ、殺人などが日本国外において罪を犯した日本国民に、同3条の2では強制わいせつ、強制性交、殺人、傷害、傷害致死、逮捕監禁、略取、誘拐及び人身売買の罪、強盗などにつき、日本国外で日本国民に対し罪を犯した日本国民以外の者に、それぞれ適用される。
このような「国外犯」の規定自体は国際法上決して違法ではない。違法ではないからこそ、先週オーストラリアの首相は、「香港との犯罪人引き渡し条約を停止する」と言わざるを得なかったのだ。香港での「国外犯」規定自体は否定できないので、その適用を事実上回避するため、「犯罪人」とされた人物の「引き渡しを拒否」するのだ。
幸い、日本と香港には「犯罪人引き渡し条約」がない。されば、日本がそのような「犯罪人」を「保護」することは法律上可能だ。他方、そのような条約がないからといって、政治的な判断の是非はともかく、日本がそのような「犯罪人」を日本国内で保護しなければならない国際法上の義務が当然に生じる訳でもない。ここが難しいところだ。
〇アジア
香港立法会選挙の民主派候補者予備選挙で投票者数が主催者目標(17万人)の3倍を超える約61万人に達したそうだ。予想以上の成果だろうが、これがかえってやり過ぎとなり、逆に中国側が反発しないと良いのだが・・・。しかし、恐らく、中国側は徹底的に弾圧するだろうと思う。もう中国には失うものがないからだ。中国といえば、清華大法学部の政権批判で有名な教授が拘束から6日後に釈放されたそうだ。まずは良かったというところだが、その理由が気になる。これが最後通告であり、次回批判したら本当に刑罰を受けるのか、それとも今回も危なかったが、国際世論の圧力が効いて、長期拘束を免れたのか。気になるところだ。
〇欧州・ロシア
ポーランド大統領選決選投票で、愛国強権的保守与党「法と正義」の現職がリベラル派野党候補との接戦を制し再選を確実にしたそうだ。この結果は欧州にとって如何なる意味があるのか・・・。ポーランド民主主義の健全さを示すものと見るか、逆に政権側の更なる弾圧の端緒となるのか・・・。
〇中東
このところイランの核関連施設で火災が三度も続き、大きな被害が出ているらしい。これが偶然である筈はないが、どの程度核開発が遅れたかは不明である。誰が考えても、やったのはイスラエルだろうが、もちろん確証はない。これまで何度もイスラエルにやられているのに、イランもイランである。
〇南北アメリカ
米大統領が側近の元被告の禁錮刑を免除したことに、起訴した元特別検察官が同被告は今も犯罪者だと指摘したそうだ。大統領による恩赦に限りなく近い措置だが、これで本当に良いのか。・・・。これでは中南米のバナナレパブリックの大統領とどこが違うのか。
〇インド亜大陸
インドのコロナ感染は拡大するばかりだが、それ以外には特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。
<7月13日-19日>
6月29-7月24日 国連自由権規約人権委員会 第129回会合(ジュネーブ)
6日-17日 国連国際商取引法委員会 第53回会合(ニューヨーク)
13日 EU外相理事会(ビデオ会議)
13日-16日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
14日 中国第2四半期貿易統計発表
14日 中国・6月貿易収支(税務総署)
14日 米国6月消費者物価指数(CPI)発表
14日 フランス革命記念日
14日 トランプ米大統領のめいの暴露本発売
15日 EU一般問題理事会(ブリュッセル)
15日 EU・インドサミット(ビデオ会議)
15日 北マケドニア議員選
15日 ベージュブック(FRB)
15日 韓国で新型コロナ隔離違反の日本人に判決(ソウル)
15日 H-IIA ロケット42号機(UAE火星探査機「HOPE」(Al-Amal):EMM)打ち上げ(種子島宇宙センター)
16日 EU雇用・社会政策・健康・消費者問題担当相理事会非公式会合(健康)(テレビ会議)
16日 欧州中央銀行(ECB)政策理事会(金融政策)(フランクフルト)
16日 米国6月小売売上高統計発表
16日 中国第2四半期主要経済指標(GDP、固定資産投資、社会小売品販売総額など)発表
17日 EU6月CPI発表
17日 EU雇用・社会政策・健康・消費者問題担当相理事会非公式会合(雇用・社会政策)
17日-18日 特別欧州理事会(復興プログラムおよび次期中期予算)(ブリュッセル)
17日-19日 自動車F1ハンガリーGP(ブダペスト・ハンガロリンク)
18日 第3回G20財務相・中央銀行総裁会合
18日-31日 香港立法会選の立候補届出
【来週の予定】
20日 EU農水相理事会(ビデオ会議)
21日-22日 EU競争担当相理事会 非公式会合(研究)(ベルリン)
21日-22日 国連経済社会理事会 Management segment(ニューヨーク)
22日 メキシコ5月小売・卸売販売指数発表
22日-23日 WTO一般理事会
22日-23日 G20デジタル経済相会合
23日 長征5(火星探査機「天問1号」)打ち上げ(海南省文昌衛星発射センター)
23日 ソユーズ2.1a(ISS無人補給機プログレスMS-15(76P))打ち上げ(バイコヌール宇宙基地)
23日-24 日 国連経済社会理事会 Organizational session (ニューヨーク)
24日 EU経済・財務相(ECOFIN)理事会(予算)(ブリュッセル)
24日 ロシア中央銀行理事会
26日 ファルコン9(SAOCOM 1B, Rideshare Mission1, Sequoia他)打ち上げ(ケープカナベラル空軍基地)
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問