キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年7月7日(火)
[ 2020年外交・安保カレンダー ]
7月4日はアメリカ独立記念日、普段であれば、大多数のアメリカ市民が、老若男女人種宗教を問わず、アメリカ合衆国なる国家の一体感を再確認する数少ない日の一つ。だが、今年ばかりは状況が異なるようだ。コロナ感染拡大が今も止まらない中、大統領は、国民の団結よりも、国家の分裂を助長しているようにすら思える。
筆者が体験した最初の独立記念日は1976年の7月4日、建国二百周年記念の年だ。当時はミネアポリスのミネソタ州立大学に留学していた。東京の友人から届いた手紙(当時はeメールもツイッターもなかった!)で、「さぞやそちらは二百周年で盛り上がっていることでしょう」と問われ、大いに困惑したのを今でも鮮明に覚えている。
当時のミネソタにはお祭り騒ぎなどなかった。考えてみれば当然だろう。1776年当時、ミネソタは州ではなかったのだから。バイセンテニアル(二百周年)とは東部13州のお祭りで、ミネアポリスではデパート特売セールのネタでしかなかった。こうしたアメリカの多様性は、あれから44年後の現在も、あまり変わっていないようだ。
英語にhalf full, half emptyという表現がある。コップは「半分一杯だが、半分カラ」、すなわち、同じ現象でも見方を変えれば、楽観的にも悲観的にもなり得るということだ。本日、7月5日の米フォックスニュースとCNNニュースを改めて見比べて、つくづく今のアメリカはhalf full, half emptyではないかと思った。
確かに感染拡大は悲劇的だ。しかし、大統領を含め今も多くの米国人はマスクをしないでもコロナ禍には勝てると信じる一方、多くの知識人は現状を危機的だと信じている。しかし、その実態はhalf full, half emptyなのかもしれない。マスクもせず集まる人々は信条からか無知からか淘汰され、マスクをして家に籠る人々だけが生き残る。
これも過去二百余年の米国の歴史の一部ではなかったか。あの国は昔から自由主義と個人主義の国だった。誤解を恐れずに言うのだが、仮に何十万人がコロナの犠牲になったとしても、米国社会全体には生き残る強靭な力があると思う。それに比べれば、中国の対応はあらゆる意味で、米国とは正反対ではなかろうか。
その中国・香港で恐れていたことが起きた。6月30日夜23時に国家安全維持法が香港で即日施行された。新法の詳細は既に報じられており、ここでは繰り返さない。簡単に言えば、中国共産党が気に入らないと思ったら、香港人であれ外国人であれ、誰でも何らかの罪状で拘束、訴追できる「魔法の法律」ができてしまったらしい。
たった一日でこうも状況は変わるものなのか。民主主義とは一体何なのか。6月30日に香港を失ったのは一体誰なのか。今週のJapanTimesと産経新聞のコラムはこうしたテーマで書いている。結論は、香港を失ったのはトランプではなく習近平であり、民主主義とはかくも儚いもの、ということ。ご一読願えれば幸いである。
それにしても、何故このタイミングなのだろう。昨年11月区議選で民主派が圧勝した後、北京と香港政府が「沈黙」を決め込んだ。その後今年5月に新法制定の動きが急浮上している。今年前半はコロナ騒ぎもあったが、昨年の区議会選挙の結果を見て、北京は遂に腹を決めたのだろう。改めて、香港関連の記述を振り返ってみる。
◆ 2019年7月22日号 香港で7週間続く大規模デモにつき、「治安当局が鎮圧する最善の環境は、非暴力を掲げていた活動が過激化し、流血の事態に発展して、民衆の支持が失われること。今こそデモ参加者たちが最大限の自制を示すべき時ではなかろうか。」と筆者は書いた。ところが、実際には一部学生が更に過激化していく。
◆ 8月19日号 中国の介入につき、「中華人民共和国の香港に対する権威が決定的に害されれば、中国は必ず介入すると筆者は思う。言い換えれば、中国共産党の統治の正統性が害されれば中国は容赦しない、というか、嫌でも徹底的に弾圧せざるを得ない、というのが実態に近い。」と筆者は書いている。
◆ 9月2日号 無謀にも筆者は香港に出張し、香港のデモと、1960年代、70年代の日本の学生運動との違いを痛感する。「当時の東京に比べれば、今の香港のデモはまだまだ非暴力的だ。他方、当時の日本の学生運動の参加者には今の香港の若者のような本当の危機感、切迫感はなかったと思う。香港の若者は真剣そのもの、日本の甘っちょろい学生運動とは全く異なるのだなぁと実感した。」と書いている。
◆ 9月16日号 「信頼する現地関係者は一つの『終わりの始まり』が始まっていると見ている。なるほど、ここら辺が『当たらずとも遠からず』かもしれない。」と書いた。振り返ってみれば、どうやらこの頃から潮目が変わり始めたように思える。
◆ 11月11日号 「香港でデモと取り締まりの暴力化、過激化が進んでいる。このまま過激化すれば、学生たちは庶民の支持を失い、香港経済が衰退するだけなのに・・・。」
◆ 11月25日号 「香港の区議選で民主派候補が圧勝した。これで香港の民主化が進む?いやいや、むしろ逆ではないか。これは勝ち過ぎだとすら思う。筆者が習近平氏なら、これ以上の民主化要求には絶対に応じないと決めるだろう。」
要するに、「過ぎたるは及ばざるがごとし」、ということか。
〇アジア
先週、中国海軍は南シナ海に加え、東シナ海と黄海でも軍事演習を実施した。中国の海軍力は間違いなく強化されている。日本の海上自衛隊だけでは手に負えなくなりつつある、と言ってよい。一方、米海軍も南シナ海に空母を二隻派遣して演習を行ったそうだ。確かに、米空母二隻は久し振りだが、米海軍には最早余裕はなさそうだ。
〇欧州・ロシア
主要EU諸国が海外渡航自由化に舵を切り、日本を含むEU域外の国・地域に対し入国規制の緩和と、14日間の隔離制限を解除したそうだ。欧州には観光で生活している人が多いので仕方ないとは思うが、本当に今のタイミングで大丈夫なのだろうか。筆者は絶対欧州なんか行かないが・・。
〇中東
欧州と表裏一体なのが中東だ。各国とも徐々に平常化を模索し、今月から全面解禁に動きつつあるという。冗談ではない、筆者は中東の実態をある程度知っているだけに、欧州と中東が繋がったら、大変なことになる怖さも理解している。とてもではないが、欧州以上に、当分中東には行かないつもりだ。
〇南北アメリカ
大統領選まであと4カ月を切ったが、トランプ陣営の数字が軒並み悪い。普通ならここらで選挙結果の予測の一つもしたくなるところだが、今年は9月中旬まで封印するつもりだ。9月の経済状況と、パンデミック第二波のタイミングがうまく重なれば、トランプ氏に勝機が生まれる可能性があると思っているからだ。難しいだろうが・・・。
〇インド亜大陸
中印係争地帯での両国兵士間衝突事件後、インドのネット上で嫌中感情が爆発、「中国製アプリをスマホからアンインストールしよう、代替の非中国製アプリを利用しよう」などと盛り上がっているらしい。勿論これに中国が黙っているはずはなく、大きな論争になっている。この流れ、当分続きそうだ。今週はこのくらいにしておこう。
6月29日-7月24日 国連自由権規約人権委員会 第129回会合(ジュネーブ)
6日 EU司法・内務相理事会非公式会合(テレビ会議)
6日 国連経済社会理事会 integration segment (ニューヨーク)
6日 エレクトロン('Pics Or It Didn't Happen'キヤノン電子の衛星CE-SAT-IBなど)打ち上げ(ニュージーランドマヒア半島)
6日-7日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
6日-10日 人権理事会 ワーキンググループ 第26回会合(ジュネーブ)
6日-17日 国連国際商取引法委員会 第53回会合(ニューヨーク)
7日 大統領予備選挙(デラウェア、ニュージャージー州)
7日 メキシコ6月自動車生産・販売・輸出統計発表
7日 イタリア・ディ・マイオ外相がロシアを訪問(モスクワ)
7日 マラウィ大統領選
8日-9日 米メキシコ首脳会談(ワシントン)
8日 ブラジル5月月間小売り調査発表
8日- 快舟十一号(吉林一号高文02Aなど)打ち上げ(甘粛省酒泉衛星発射センター)
8日-10日 欧州議会本会議(ブリュッセル)
9日 ユーロ・グループ(非公式ユーロ圏財務相会合)(ブリュッセル)
9日 中国6月CPI発表 PPI発表
9日 メキシコ6月CPI発表
9日 ファルコン9(スペースX社スターリンク衛星10 57機など)打ち上げ(ケープカナベラル空軍基地)
10日 メキシコ5月鉱工業生産指数発表
10日 ブラジル6月拡大消費者物価指数(IPCA)発表
10日 インド5月鉱工業生産指数発表
10日 EU経済・財務相(ECOFIN)理事会
10日 シンガポール総選挙
10日 韓国前大統領に差し戻し審判決
10日 長征3B(中国通信衛星APStar 6D)打ち上げ(四川省西昌衛星発射センター)
11日 インド6月鉱工業生産指数発表
11日 大統領予備選挙(ルイジアナ州)
11日-12日 香港民主派が立法会(議会)選に向けた予備選
12日 民主党大統領予備選挙(プエルトリコ)
12日 自動車F1第2戦決勝(シュピールベルク・レッドブル・リンク)
【来週の予定】
13日 EU外相理事会(ブリュッセル)
13日-16日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
14日 中国第2四半期貿易統計発表
14日 米国6月消費者物価指数(CPI)発表
14日 フランス革命記念日
15日 EU一般問題理事会(ブリュッセル)
15日 北マケドニア議員選
15日 ベージュブック(FRB)
15日 H-IIA ロケット42号機(UAE火星探査機「HOPE」(Al-Amal):EMM)打ち上げ(種子島宇宙センター)
16日 EU雇用・社会政策・健康・消費者問題担当相理事会非公式会合(健康)(テレビ会議)
16日 欧州中央銀行(ECB)政策理事会(金融政策)(フランクフルト)
16日 米国6月小売売上高統計発表
16日 中国第2四半期主要経済指標(GDP、固定資産投資、社会小売品販売総額など)発表
17日 ユーロスタット、6月CPI発表
17日 EU雇用・社会政策・健康・消費者問題担当相理事会非公式会合(雇用・社会政策)
17日-18日 特別欧州理事会(復興プログラムおよび次期中期予算)(ブリュッセル)
18日 第3回G20財務相・中央銀行総裁会合
18日-31日 香港立法会選の立候補届出
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問