外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2020年6月23日(火)

外交・安保カレンダー(6月22日-28日)

[ 2020年外交・安保カレンダー ]


 トランプ陣営が先週末オクラホマ州タルサで強行した大規模選挙集会は予想外の大失敗に終わった。以来トランプ氏は「激怒、憤怒、怒髪天を衝く」状態が続いているはずだ。あれほどのナルシストが10万人の大集会を予想しながら、結局集まった人数が地元消防署発表で7千人にも満たなかったのだから。一体何が起きたのだろう。

 会場は19,000人収容とあったから、全体の3分の1しか埋まらなかったということ。CNNはわざわざ殆ど空席の二階が映るようTVカメラを引いた映像を流した。一階だけならそれなりの集会に見えるのに。満席でない惨状を実態以上に印象付ける、トランプにとっては不愉快な中継。ここにもトランプ氏とCNNの死闘が影を落としている。

 空席が目立った真の理由は不明だが、十代の若者の一部が、各種SNS等を通じて新手の「集会ボイコット」、というか無料入場チケットの「大量偽予約」作戦を敢行したことは事実らしい。あの晩、トランプ選対責任者のBrad Parscale氏は眠れなかったのではないか。未だ解任報道はないが、トランプ氏にとっては大失態に違いない。

 ふと、4年前の2016年8月を思い出した。当時のトランプ選対も大混乱、選対トップだったP・マナフォートが解任され、S・バノンが選対CEOに、K・コンウェイが選対責任者に抜擢された。彼らが主張した「保守・強硬姿勢と白人労働者重視」の方針がヒラリー・クリントンに不満を持つ白人層の票を掘り起こして逆転勝利したのだ。

 では今年はどうか。11月のことを話せば「鬼が笑う」。既に日本でもトランプ不利説は流れ始めているが、筆者にはまだ確信がない。恐らく、選対責任者は途中で解任されるだろうが、4年前のような救世主が今年現れるとも思えない。今の政治状況は4年前とは大違い。 今年は「トランプ大統領の信任投票」となる可能性が高いだろう。 

 これに追い打ちをかけるように、今週ボルトン元国家安全保障担当補佐官の暴露本が発売される。内容については報道の通り、発売前から夥しい数のエピソードが既にメディアで垂れ流されており、ここでは詳細に立ち入らない。ボルトンの結論は、「トランプは大統領の器ではなく、2期務めるべきではない」ということに尽きる。

 民主党とリベラル系メディアは鬼の首でも取ったように大はしゃぎ。対する共和党と保守系メディアは親トランプ識者や元側近たちを大動員、ボルトンは「信用できない人物」、極秘事項の暴露は「本を売るため」の恥ずべき宣伝行為、とこき下ろす。これを日本語では「目●鼻●」という。でも、これって、「何かおかしい」と思わないか。

 筆者の全体印象は、①暴露された内容は一部衝撃的だが、実はあまり新味がない、②本年1-2月に議会証言を拒否したボルトンの動機は、政治的というより商業的のようだ、③いずれにせよ、大統領選への影響は少ない、ということだ。しかし、個別問題ではかなりハレーションが予測される。例えば、中国と朝鮮半島ではこんな具合だ。

 ・・・米中首脳会談でトランプは習近平に対し「大統領選挙で自分を助けてほしい」と要請した。・・・文在寅(ムン・ジェイン)はトランプに「金委員長が豊渓里(プンゲリ)核実験場の閉鎖を含め、完全な非核化を約束した」、「金委員長に1年以内に非核化することを要請し、金委員長が同意した」と述べたが、こうした文在寅の構想は「統合失調症患者」のようだった。・・・

 恐らく事実関係は、これに似てはいるが、必ずしも正確ではない、のであろう。トランプ陣営が言うほど「ウソ」ではないが、かなりボルトン流の「解釈」が混じっていると考えた方が良さそうだ。しかし、これらのエピソードが描く各主要プレーヤーのキャラクター自体は結構現実に近いのだろう。特に文在寅の役割は哀れなピエロのそれに近い。

 それにしても、ボルトンという人は異様だ。考えてもみてほしい。もし日本で前NSC(国家安全保障会議)事務局長が、在職時代に知り得た極秘事項を含む意思決定過程の詳細を記した暴露本を、退任後間を置かずに出版したばかりか、メディアのインタビューで「○○は宰相の器ではなく、再選にも反対する」と述べたら、どうなるか。

 筆者の職業倫理観ではあり得ない。大統領が如何に変人であっても、そのくらいはポストを受ける前から熟知していただろう。一度NSC補佐官のポストを受けたなら、守秘義務を厳格に守るのは当たり前だ。プロなら「地獄まで持っていく」情報は絶対開示しないはず。そうでなければ、一体誰がその人と外交交渉を行い妥協するだろうか。

 こんなあり得ないことがトランプ政権では日常茶飯事。さればこの政権全体が、どこか正常でなく、倫理観に欠け、論理的整合性を忌み嫌い、国家全体の利益や普遍的価値の擁護などに殆ど関心を示さない、二流以下の人々の集団であるばかりか、誰もそのことを不都合と感じない鈍感さまで体現しているのだ。正に米国の悲劇である。

〇アジア
 金与正、「可愛い顔してあの子割とやるもんだね」。北朝鮮の宣伝ビラなど一体誰が読むのだろう。だが、韓国内脱北者は再び大量のビラをばら撒くらしい。金兄妹が現実的な対応をするという保証が全くない中、文大統領はこのピョンヤンの「おママゴト」にどこまで付き合うのだろうか。彼の大統領として、政治家としての器が問われる。

〇欧州・ロシア
 露大統領は、2036年までの大統領続投に道を開く憲法改正が実現すれば、4年後の大統領選に「出馬する可能性を排除しない」そうだ。コロナ騒動で憲法改正手続きは事実上止まったのかと思ったが、実はご本人、まだまだやる気十分ということなのだろう。絶対的な権力は絶対に腐敗する、ということか。

〇中東
 モロッコ人有力記者のスマホがイスラエル製マルウエアでハッキングされた。このイスラエル企業は「政府にしか販売していない」と嘯いているそうだが、ということは、モロッコを含むアラブ諸国が、こともあろうに、イスラエル製のハッキングソフトで自国民を監視し続けている、ということ。これが中東の恐ろしい実態である。

〇南北アメリカ
 コロナ騒ぎで大きく報じられてはいないが、先週米国最高裁が相次いで画期的判断を下した。一つは「性的嗜好を理由とした解雇」の無効判断、二つ目は「未成年不法移民対応遅延措置法(DACA法)無効措置」の違法判断だ。いずれもトランプ政権にとっては大打撃。保守化していた筈の最高裁だが、まだまだその判断は健全である。

〇インド亜大陸
 先週中印係争地帯で起きた武器を使わない両国兵士間の衝突で多数のインド兵士が死亡し、インドは中国との関係を見直すという。インドも漸く中国のことが分かってきたのか、それとも、昔から分かっていたが、さすがに最近の中国のやり方は目に余るということなのか・・・。中印間のナショナリズムの高まりは要注意である。今週はこのくらいにしておこう。


<22-28日>
15日-7月3日 国連人権理事会 第44回会合
21日-24日 インド・シン国防相が訪ロおよび戦勝記念式典に参加
22日-日 米ロが核軍縮条約「新START」をめぐって協議(ウィーン)
22日-24日 UNウィメン執行理事会 Annual session (ニューヨーク)
22日-25日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
23日 大統領予備選挙(ケンタッキー州、ニューヨーク州)
23日 沖縄戦没者追悼式(平和祈念公園)
23日 米・ボルトン前大統領補佐官の回顧録出版
23日 メキシコ5月雇用統計発表
23日 ロシア1-4月貿易統計発表
23日 長征3B(航法測位衛星第三世代北斗)打ち上げ(四川省西昌衛星発射センター)
23日 ヴェガ(小型宇宙機ミッションサービスの実証フライトなど)打ち上げ(仏領ギアナ基地)
24日 IMF世界経済見通し
24日 旧ソ連の対独戦勝75年記念式典(モスクワ)
24日 ポーランド・ドゥダ大統領が米を訪問およびトランプ大統領と会談(ホワイトハウス)
24日 モンゴル国家大会議選
24日 ファルコン9(スペースX社スターリンク衛星10 60機など)打ち上げ(ケープカナベラル空軍基地)
25日 朝鮮戦争勃発から70年
25日 米国第1四半期GDP発表(確定値)
25日 メキシコ4月小売・卸売販売指数発表
25日-27日 中国端午節休暇
26日 米・5月PCE物価指数
26日 メキシコ5月貿易統計発表
26日-27日 G20農業相会合(サウジアラビア・リヤド)
27日 アイスランド大統領選
28日 長征3B(中国通信衛星APStar 6D)打ち上げ(四川省西昌衛星発射センター)


【来週の予定】
29日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
29日 ロシア5月雇用統計発表
29日-30日 EU農水相理事会(ルクセンブルク)
29日-7月2日 UNICEF執行理事会 Annual session(ニューヨーク)
29日-7月3日 WFP執行理事会 Annual session(ローマ)
29日-7月24日 国連自由権規約人権委員会 第129回会合(ジュネーブ)
30日 中国・6月PMI(国家統計局)
30日 ブラジル5月全国家計サンプル調査発表
30日 板門店での米朝首脳会談から1年
30日-7月2日 欧州地域委員会(CoR)第139回本会議(オンライン)
1日 ロシア国民投票
1日 ドイツ・EU議長国任期開始(12月31日まで)
1日 香港返還から23年
2日 FOMC議事要旨(FRB)
2日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
2日 米国5月貿易統計、6月雇用統計発表
2日 ブラジル5月鉱工業生産指数発表
2日 EU5月失業率発表
3日 独立記念日振替で米市場休場
5日 ドミニカ共和国大統領選挙、国会議員選挙


宮家 邦彦  キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問