外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2020年6月16日(火)

外交・安保カレンダー(6月15日-21日)

[ 2020年外交・安保カレンダー ]


 今週筆者が最も気になったのは、トランプ政権がドイツ駐留米軍約3万4500人を約2万5千人に縮小する意向を表明したことだ。9,500人撤退という数字は微妙で、削減人数を5桁にしたくなかったからだろうか、それとも単なる偶然なのか。いずれにせよ、全体として3分の1弱の大幅削減計画であることに変わりはない。

 在独米軍は欧州地域で最大の米国プレゼンス、NATO同盟の要でもある。在独米軍の一方的縮小が同地域の「力の均衡」を変化させることは間違いないだろう。しかも、その理由が不可解だ。トランプ氏はNATO各国国防支出目標GDP2%をドイツが達成していないと批判している。それなら、他の国からも撤退すればよいだろうが・・。

 「米国はドイツを守っているが、ドイツは何年もの間、義務を履行していない」という台詞、どこかで聞いたことはないか。メルケル首相が余程気に入らないのか、「ドイツが金を払うまで兵士を退去させる」とまで述べた。これが一昔前まで防衛費GDP1%の議論をしていた日本にとって何を意味するのか、よく考える必要がある。

 選挙対策?勿論そうだ。欧州に対する警告?ショック療法?うーん、でも今回米国は本気で撤退させる可能性が高い。戦略的に見れば、欧州と中東での米軍プレゼンスを低下させ、余裕を東アジアに回すのなら、決して理不尽ではない。ただ、在独米軍の主力は空軍と陸軍、東アジアで必要なのは海軍と海兵隊かもしれないが・・。

 その米国では本土各地で抗議運動が止まらない。デモが続く中もアフリカ系若者が警官に暴行殺害される事件が相次いでいる。されど、国家分裂の危機にもホワイトハウスは無策、大統領として国民に「癒し」を与える姿勢が全く見えないのは驚くべきことだ。筆者なら、直ちに犠牲者の家族に会いに行くだろうが、・・・・。

 この大統領府の体たらくを見て、compassionate conservatismという言葉を思い出した。日本語では「思いやりのある保守主義」とでも訳すのか。歴史的には1979年以降の比較的新しい概念で、政府と慈善団体と宗教団体が協力し、自由市場システムを通じて、恵まれない人々を支援し貧困を減らす保守的諸政策のことを示すようだ。

 同政策を大統領選の公約に掲げたのが共和党ジョージ・W・ブッシュ大統領だった。その成果が出る前に9.11事件が起きたため、同大統領は「テロとの戦い」の方で有名になった。だが、このcompassionate conservatismは一昔前の共和党主流の政治哲学であり、英国のキャメロン首相も同様の政策を提唱していたという。

 そう考えると、同じ共和党でも、トランプ政権、トランプ氏個人が如何にこの種の「思いやり」と無縁であるか良くわかる。「成功者は社会、特に恵まれない人々に奉仕する」というノブレスオブリージュ的発想が決定的に欠けているのだ。これでは抗議デモ参加者を武装解除することは出来ない。いずれトランプ氏はそのことを思い知る筈だ。

 一方日本でもドタバタが続いている。防衛省は、地上配備型迎撃システム「イージスアショア」配備に向けた手続きを一旦停止すると発表したそうだ。迎撃ミサイルに不備が見つかったというが、演習場でミサイルを発射した場合、ミサイルから切り離されるブースターが演習場外に落下する可能性があることが判明したからだという。

 おいおい、大丈夫なのか。お粗末極まりない、と言ったら昔の同僚に失礼かもしれない。だが、地上配備型迎撃ミサイルシステムは日本の防衛に不可欠である。狭い日本だがブースターにまでは思いが至らなかったのか。こんなことをやっていたら、喜ぶのは近隣の共産党、労働党が支配する国々だけである。情けない話だ。
 
〇アジア
 南北首脳会談開催20周年記念式典が開かれたが、先週金与正(キム・ヨジョン)労働党第1副部長に「南朝鮮の奴らと決別する時が来た」と言われたばかり。文在寅氏は哀れである。それにしても、最高指導者の妹とはいえ、最近の彼女の言動は常軌を逸している。必ず理由があるはずだが、現時点で満足のいく分析はない。
 一方、北京では再び感染が広がりつつある。やれマスク外交だと豪語してみたが、今はウイルスは欧州から来たなどと嘯いている。何のことはない、結局は完全に抑えきれていないのだ。当然だろう、経済活動を再開すれば、あれだけ努力しても、必ず感染者は増えるのだから。日本にとっても「明日は我が身」ではないのか。

〇欧州・ロシア
 ロシアの裁判所が元米海兵隊員にスパイ容疑で禁錮16年の判決を言い渡したそうだ。どちらが悪いということではない。今回は過去の米国のロシア人スパイ逮捕拘禁に対する報復だとも噂されている。何のことはない、米ロのスパイ合戦は永遠で、冷戦の有無とは無関係に、益々ホットになりつつあるようだ。

〇中東
 ラマダン後巡礼シーズンに入るが、その関連で大規模な3密となる聖地巡礼を中止すれば、「宗教的義務を果たせないイスラム教徒が暴動を引き起こす」といった情報が流れていた。だが、サウジが発給する巡礼ビザがなければ二大聖地マッカとマディーナの巡礼はそもそも不可能だろう。巡礼者は一体どこで暴動を起こすというのか。

〇南北アメリカ
 トランプ氏の健康問題で様々な憶測が流れている。CNNで足取りが気になるビデオを見たが、あれで「体調異常」と批判されるのだから、政治家は楽な稼業ではない。専門家が根掘り葉掘り、医学的見地からウンチクを語っていたが、誰も決定的なコメントはできない。当然だろう、あの20秒のビデオで病気が分かれば世界最高の名医だ。
 日米関係では、4月に「トランプ政権の対中政策を称賛する一方、オバマ時代の対中関与政策を厳しく批判する」論文を匿名で発表した日本の官僚がいたそうだ。友人からその話を聞き、件の匿名論文を早速読んでみた。歯切れは良いが、およそ外交的とは言えないのだが。続きは今週のJapanTimesをご一読願いたい。

〇インド亜大陸
 特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。


<15-21日>
15日 英・EU首脳がFTA交渉などをめぐりテレビ会談
15日 中国5月固定資産投資、社会消費品小売総額発表
15日 カナダ主催WTO少数国閣僚テレビ会合に若宮健嗣外務副大臣が参加
15日- 日ロさけ・ます漁業交渉(テレビ会議)
15日-16日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
15日-24日 第127回中国輸出入商品交易会(広州交易会、オンライン上での開催)
15日-7月3日 国連人権理事会 第44回会合
16日 米国5月小売売上高統計発表
16日 ブラジル4月月間小売り調査発表
16日 ロシア1-5月鉱工業生産指数発表
16日 長征3B(航法測位衛星第三世代北斗)打ち上げ(四川省西昌衛星発射センター)
16日-17日 ブラジル中銀、Copom
17日 EU5月CPI発表
17日 ロシア2020年第1四半期経済活動別GDP統計(速報値)
17日 長征2D(高分九号03)打ち上げ(甘粛省酒泉衛星発射センター)
17日-19日 欧州議会本会議(ストラスブルグ)
18日-20日 中国全人代常務委員会(北京)
19日 欧州理事会のテレビ会議(ブリュッセル)
19日 米大統領が選挙集会(南部オクラホマ州タルサ)
19日 ロシア中央銀行理事会
19日 ヴェガ(小型宇宙機ミッションサービスの実証フライトなど)打ち上げ(仏領ギアナ基地)
20日 米・大統領予備選挙(ルイジアナ州)
20日 スリランカ議会選


【来週の予定】
22日-24日 UNウィメン執行理事会 Annual session (ニューヨーク)
22日-25日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
23日 大統領予備選挙(ケンタッキー州、ニューヨーク州)
23日 メキシコ5月雇用統計発表
23日 ロシア1-4月貿易統計発表
23日 ファルコン9(スペースX社スターリンク衛星10 60機など)打ち上げ(ケープカナベラル空軍基地)
24日 モンゴル国家大会議選
25日 朝鮮戦争勃発から70年
25日 米国第1四半期GDP発表(確定値)
25日 メキシコ4月小売・卸売販売指数発表
25日-27日 中国端午節休暇
26日 米・5月PCE物価指数
26日 メキシコ5月貿易統計発表
26日-27日 G20農業相会合(サウジアラビア・リヤド)
27日 アイスランド大統領選


宮家 邦彦  キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問