キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年6月2日(火)
[ 2020年外交・安保カレンダー ]
以前新型コロナパンデミックについては、「ウイルスは単なる破壊者であって、それ自体、人間の歴史や社会を創造することはない」と書いた。要するにパンデミックが新たなものを作ることはないが、従来の傾向、方向性を促進し、加速化し、劇症化させることが多い、ということ。これを痛感したのが先週の香港と米国での大規模デモだ。
まずは香港から。詳細は今週のJapanTimesにも書いたが、法的に見れば、今回の中国政府による国家安全法導入には大いに疑問だ。筆者に有権的解釈権はないが、香港基本法23条は香港に国家安全法の制定を義務付けている。香港が同法制定を怠ってきたことに業を煮やした中国は、基本法18条を拡大解釈し香港国家安全法の導入を決めたのだろう。国際法的にも、明らかに1984年中英共同宣言違反だ。
トランプ氏は5月29日、中国は「一国二制度」を「一国一制度」に置き換えたと批判し、WHOとの関係断絶や従来香港に認めてきた優遇措置の撤廃など一連の対抗措置をとると述べた。中国側はこれに対し一歩も引くつもりはなさそうだ。でも、なぜ習近平氏はここまで「頑な」になるのだろうか。多くの日本人なら、そう思うだろう。
しかし、中国には中国の論理がある。中国の国力は米国にほぼ追い付いたが、まだまだ真正面から戦えば勝ち目はなく、下手をすればこちらが危ない。他方、トランプ政権は内政的大混乱の最中、東アジアで大規模な軍事的攻勢を仕掛ける余裕はないだろう。されば、今こそが香港を骨抜きにする千載一遇のチャンスではないか。
JapanTimesには「香港で中国はツーストライク」と書いた。最初のストライクは南シナ海の人工島事件だが、当時も米国は内向き傾向の強いオバマ政権だった。中国は決して無茶な冒険はしない。状況をよく見て、相手が動けない「力の真空」の発生時にしか動かない。いずれにせよ、米中ともにルビコンを渡ってしまった。要注意だ。
もう一つは米国の大都市の状況だ。当初日本の大手メディアは間欠泉的にしか報じていなかったが、今アメリカの大都市では連日暴動と略奪が横行している。事の発端は、ミネアポリスの白人警官三人が拘束中の黒人市民を窒息死させた事件が大々的に報じられたことだ。
ミネアポリスといえば、筆者が44年前に留学したミネソタ大学のある懐かしい町。同州は各種数値が米国全国平均に近いことで有名だった。意外に知られていないが、人種構成から生活水準、更には英語の方言まで、ミネソタ州の数値は全米平均に近いものらしい。確か、ミネソタ方言は訛りの少ない平均的英語に近かったと記憶する。
人種構成的には白人が83.1%、アフリカ系が5.2%、ヒスパニックが4.7%、アジア系4.0%だが、決して白人至上主義州ではない。実際に、同州では4割近いドイツ系に次ぎ北欧系が30%以上を占めているせいか、南部各州ほど人種差別が根深いという印象はない。そのミネソタで悲劇が起きたのだから、個人的には大ショックだ。
白人警官が黒人を厳しく尋問して死に至らせる。実はこの種の悲劇、米国では珍しいことではない。では、なぜ今回この事件が全米を揺るがす大問題になったのか。筆者の直感では、恐らく最大の理由は新型コロナウイルス感染拡大で米国の失業者が急増したことだと思うのだが、残念ながらこれを実証する報道やデータは未だない。
今確実に言えることは、アメリカでは日本と違い、労働者は比較的簡単に解雇されるということ。ウイルス感染拡大で、3月以降、米国の新規失業者は2500万人を超えている。それらの労働者の多くは当然マイノリティ層であり、彼らの鬱積した不満が今回爆発した可能性がある、というのが現時点での尤もらしい推測である。
〇アジア
4月韓国総選挙で、華為技術(ファーウェイ)製造の情報ネットワーク通信機器の不正操作などデジタル面で不正があったとの疑惑が浮上している。誰が流した情報かは知らないが、もしフェイクニュースだとしたら、実に良く出来ているではないか。でも、この種の情報に基づく報道に振り回されるのはまっぴらご免被る。
〇欧州・ロシア
ベルギーの王子がスペインでのパーティに出席、新型コロナに感染し批判されている。何をやっているのかとも思うが、欧州大陸は意外に狭い。ベルギーから車でフランスを通ればスペインなんて近いものだ。欧州だから仕方がないのか、王族の責任感の欠如なのか。それとも、単なる若気の至りなのか。いずれにせよ、バカである。
〇中東
人口300万足らずのカタールで新型コロナ感染者数が4万8000人を超えたという。人口10万人当たり感染者数も米国の約3倍で世界でも突出して高いらしい。お金をかけて多数のPCR検査を実施したら感染者数は意外に正確だった、ということか。しかし、感染者の大半は出稼ぎ労働者ではないのか。この種の報道は深読みすべきだ。
〇南北アメリカ
トランプ氏がご執心だったG7サミット対面開催案が9月にずれ込んだ。直接的にはトランプ氏を忌み嫌うメルケル女史の欠席が原因だったようだが、実は内心胸を撫で下ろしている向きは(日本を含め)世界に少なくないのではないか。そもそも9月のアメリカで対面開催できる保証など、どこにもないのだから。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。
1日 チリ大統領教書発表(バルパライソ)
1日 モスクワでコロナ規制の小売店など営業再開
1日- 包括的核実験禁止条約機関準備委員会(CTBTO)ワーキンググループA 第57回会合(ウィーン)
1日-2日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
1日-5日 UNDP/UNFPA/UNOPS執行理事会 Annual session(ニューヨーク)
2日WTO一般理事会(ジュネーブ)
2日 大統領予備選挙(デラウェア、ワシントンDC、インディアナ、メリーランド、モンタナ、ニューメキシコ、ペンシルベニア州、ロードアイランド、サウスダコタ州)
3日 ブラジル4月鉱工業生産指数発表
3日 EU4月失業率発表
3日-4日 欧州議会本会議(ブリュッセル)
4日 EU運輸・通信・エネルギー担当相理事会(運輸)
4日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
4日 欧州中央銀行(ECB)政策理事会(金融政策)(場所未定)
4日 米国4月貿易統計発表
4日 天安門事件から31年
5日 EU運輸・通信・エネルギー担当相理事会(通信)
5日 米国5月雇用統計発表
5日 ロシア5月CPI発表
5日 メキシコ5月自動車生産・販売・輸出統計発表
5日 セントクリストファー・ネイビス国民議会選
6日 米・民主党党員集会(米領バージン諸島)
6日 台湾高雄市長のリコール(解職請求)
7日 中国5月貿易統計発表
7日 共和党大統領予備選挙(プエルトリコ)
7日 メキシコ・コアウィラ州議会選挙、イダルゴ州議会選挙
7日 沖縄県議選
7日-18日 第109回国際労働機関(ILO)総会
【来週の予定】
8日-12日 IAEA 理事会(ウィーン)
9日 EU農水相理事会 非公式会合(場所未定)
9日 OPEC定例総会(ウィーン)
9日 EU第1四半期実質GDP成長率発表
9日 メキシコ5月CPI発表
9日 米・大統領予備選挙(ジョージア、ウェストバージニア州)
9日-10日 米国FOMC
10日OECD経済見通し発表
10日 米国5月CPI発表
10日 中国5月CPI発表
10日 ブラジル5月IPCA発表
10日-11日 WTO物品貿易理事会(ジュネーブ)
11日 ユーログループ(非公式ユーロ圏財務相会合)(ルクセンブルク)
11日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
11日 メキシコ4月鉱工業生産指数発表
11日 エレクトロン("Don't Stop Me Now" ANDESITE, NRO)打ち上げ(ニュージーランド・マヒア島)
12日 インド4月鉱工業生産指数発表
13日 初の南北首脳会談から20年
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問