キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年3月31日(火)
[ 2020年外交・安保カレンダー ]
遂に芸能界の大御所もCOVID-19の犠牲者となった。ほぼ同年代の筆者にとってこれは他人事ではない。医療関係者一部からも「緊急事態宣言」を望む声が出てきたという。オーバーシュート(感染例急増)は「時間の問題」という危機感なのだろうか。
先週末、CIGS外交安保ユニットで国際テレビ会議を行った。東京とバンコクとワシントンを結び、一時間半近く外交安保ユニットの今後の活動について話し合った。それにしても便利になったものだ。新ウイルスにより、少なくとも今後数か月、下手をすれば一年、従来のような活動ができなくなるかもしれないからだ。危機感は募る。
先週までなら、「まさかね!」とは思っていたが、今週になって考えが変わった。今後日本でオーバーシュートが起きなかったら、日本人は奇跡的に幸運なのだろうと思い始めたのだ。大規模な会場に多数の聴衆に来てもらい大講演を打つなんて、当分無理かもしれない。オオカミ少年はやりたくないが、これが今の筆者の本音だ。
きっかけは一通のメールだった。ある国立大学に籍を置く高名な感染症専門家名で、「ウイルスと共存する長期戦略は存在しない・・・爆発的な感染拡大を止めるには我々の生存をかけた短期決戦」が必要だとするある学者の小論文を送ってきたのだ。正直なところ、最初は新手のスパムメールだと疑ったほどである。
添付ファイルを下手に開くと「感染」する恐れもあったが、そこに書いてあったURL(https://www.fttsus.jp/covinfo/)を恐る恐るを開いたら、何と本物だった。横浜市立大学生命ナノシステム科学研究科の佐藤彰洋特任教授の小論は極めて衝撃的かつ黙示録的だった。概要を紹介させて頂く。
●COVID-19は・・・理論的には、「ウイルスを消滅させ終息させる」か、「全員がウイルスにかかり病気になる」かのどちらかしか、解はない。
●「オーバーシュート」・・・が発生すると、日本国の全人口に向かって1週間で約10倍の増加速度で感染者が増加していく。
●これが起こり始めるのは、4月9日頃・・・我々の意思決定でそれを制御できるのはその14日前の3月26日頃だった。
●今何もしないと、4月9日以降、感染者数1万人を超えた頃から、10万人までその1週間後、100万人までその2週間後、1000万人までその3週間後、と増えていく。
佐藤教授の推測が間違いであることを祈りつつ、最悪の事態には備えるべきだと痛感する。政治を考える必要のない「感染症専門家」が、現時点で考え得る最も現実的な予測と提案なのだろう。多少なりとも危機管理をかじった者として、この種の「悪い話」は常に念頭に置く必要があると感じた。
されば、CIGSは今何をすべきなのか。この新型感染病はソ連崩壊後の1990年代から人々が信じた「グローバル化」に対する反論ではないか。COVID-19は政治、社会、文化面でのグローバル化を後退させる一方、経済的グローバル化を促進する可能性がある。されば、我らがユニットがこれを研究する価値は十分あるだろう。
今週のJapanTimesでは「Can a dictatorship better control COVID-19?」と題するコラムを書いた。感染症封じ込めについては、民主主義よりも独裁主義の方が優れているとの声もある。だが、それは民主か独裁かの選択ではなく、教訓を学んだか否かの違いでしかない、というのが結論だ。お時間があればご一読願いたい。
今週は世界各地の外交的動きが鈍い。当然だろう、各国ともCOVID-19対応で忙殺されているからだ。ウイルス関連以外のトピックスを含め幾つか拾ってみた。
〇アジア
4月4日から中国では清明節の休暇に入る、はずだった。清明節とは、春分の日から15日後にあたる祝日。人々はお墓参りや宴会で先祖を思いながら食事を楽しむというが、今年はどうだろう。中国のCOVID-19封じ込めは本当に成功しているのか。今後COVID-19の第二波が来たとき、中国政府は一体何と説明するのだろう。
一方、日韓では通貨スワップ協定再締結をめぐり両国が再びギクシャクしているらしい。韓国側が再締結に前向きなのに対し、日本の財務大臣は「金を貸す方が頭を下げるという話は聞いたことない」と言い放ったそうだ。なるほど、日韓関係は理屈ではない。されば、この問題も容易には解決しないだろう。
〇欧州・ロシア
欧州でのオーバーシュートの原因は中国の「一帯一路」だという人がいる。イランもイタリアも一帯一路の重要国で中国人が多くいるからだというが、本当にそうか。中国系が多いというなら、台湾、香港、シンガポールはどうだ。日本にだって多くの華僑がいるではないか。事実に基づく議論が今ほど必要な時はない。
その欧州では、中国に感激したセルビアの大統領が五星紅旗にキスしただけでなく、習近平氏を「兄弟であり友人」とまで呼んだそうだ。欧州で孤立気味のセルビアとはいえ、実に節操がない話だ。それはともかく、他の多くの欧州諸国が最近の中国の動きを懸念していることは事実。これがアジア系差別にならないことを祈るしかない。
〇中東
原油相場下落が止まらない。3月30日、ニューヨーク原油は一時19.92ドルとなった。パンデミックによる需要減退と露サウジ間の価格競争激化で安値は続くという。それにしても、サウジ皇太子は強気だ。生産量1050万BD(バレル / 日)を1200万BDにしてでもシェアを取りに行くらしい。どの程度勝算があるか知らないが、不安は募るばかりだ。
〇南北アメリカ
流石の米国も今は大統領選挙どころではないのか。予備選挙が予定通り行えなくなってくると、バイデンの優位は動かないだろう。ちなみに、ワシントン・ポストの世論調査でトランプ(47%)とバイデン(49%)の支持率が拮抗しているという。前回はバイデンが7%リード、トランプが挽回しているというが、これを日本語では「目糞鼻糞」という。
〇インド亜大陸
インド在住の友人が「ニューデリーでもCOVID-19 のロックダウンは時間の問題」だと言ってきた。インドでオーバーシュートが起きたら文字通り「地獄」になるが、それは他の途上国でのパンデミックの序曲に過ぎないのかもしれない。今週はこのくらいにしておこう。
3月30日-4月2日 欧州議会本会議
30日-4月3日 国連人口開発委員会 第53回会合(ニューヨーク)
31日 ブラジル2月全国家計サンプル調査発表
31日 ヘンリー英王子夫妻が王室離脱
31日-4月2日 国連人間居住計画 執行理事会 2020第1回目定期会合
1日 ブラジル2月鉱工業生産指数発表
1日 EU2月失業率発表
1日 宿泊税導入(トルコ)
1日-2日 国連経済社会理事会 Youth forum(ニューヨーク)
2日 米国2月貿易統計発表
3日 国連経済社会理事会 Partnership forum(ニューヨーク)
3日 米国3月雇用統計発表
4日 G20教育相会合(リヤド)
4日 民主党大統領予備選挙(アラスカ、ハワイ、ワイオミング州)
4日 英労働党が党首選出
4日-6日 中国清明節休暇
5日 徳島市長選
【来週の予定】
6日 ロシア3月CPI発表
6日-24日 軍縮委員会 annual session(ニューヨーク)
7日 大統領予備選挙(ウィスコンシン州)
7日 メキシコ3月CPI発表
7日 ブラジル2月月間小売り調査発表
8日 メキシコ2月鉱工業生産指数発表
9日 FOMC議事要旨(3月17-18日開催分)(FRB)
9日 ブラジル3月IPCA発表
9日 ソユーズ2.1a(国際宇宙ステーション第62次及び63次長期滞在ミッション用ソユーズMS-16)打ち上げ(バイコヌール宇宙基地)
9日 インド2月鉱工業生産指数発表
10日 中国3月CPI発表、PPI発表(国家統計局)
10日 米国3月CPI発表
10日 グッドフライデー(聖金曜日)(為替は通常取り引き、債権、株式、商品市場は休場)
10日 北朝鮮の最高人民会議(平壌)
15日 米国3月小売売上高統計発表
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問