キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2019年8月27日(火)
[ 2019年外交・安保カレンダー ]
26日、今年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)がフランス南西部のリゾート地ビアリッツで3日間の日程を終え閉幕した。ビアリッツとは仏バスク地方にある美しい海辺の町。最近欧州でのG7サミットは風光明媚のリゾートで開かれることが少なくない。場所としては申し分ないのだが、会議の中身はお世辞にも美しいとは言い難い。
そもそも今回は首脳宣言の採択が見送られたのだが、こうした観測はかなり早い段階から流れていた。逆に言えば、地球温暖化、米中貿易摩擦、国際自由貿易、イラン核問題、ロシアのサミット復帰論などをめぐる米国とそれ以外の首脳の溝は予想以上に深かったのだろう。議長のマクロン仏大統領もほぼお手上げだったようだ。
外務省現役時代、G7サミットには何度か関与したことがあるが、今回のように発出すべきペーパーができない、というか作れないなんて、ちょっと記憶にない。勿論、特定の問題の個々の表現をめぐり意見が収斂せず、へんてこな文言でお茶を濁すことはよくある。しかし、首脳宣言そのものが出ないなんて話は聞いたことがない。
そうこうしている内にCNN・USで米仏大統領による共同記者会見の生中継が始まった。雄弁家のマクロン氏は僅か1ページの議事要旨(?)を示しながら、G7の議長として「素晴らしい議論が行われた」などと自画自賛している。一方、その姿を横目で見るトランプ氏の表情は実に不機嫌そうだ。テレビカメラは正直である。
余程不愉快だったのか。トランプ氏の冒頭発言はサミットのUnityとフランスの偉大さに簡単に触れただけの、実に素っ気ないものだった。質疑応答でもトランプ氏は中国やイランの話ばかり、サミット議論の詳細には触れなかった。逆に言えば、これは今回のG7サミットが成果を挙げなかったことを暗示しているのかもしれない。
今回のサミットは、今の世界が国際主義、自由でルールに基づく開かれた国際秩序を目指す時代から、一国主義、国家主権を最優先する民族主義的、閉鎖的、差別的傾向を深める時代に移行しつつあるという現実を図らずも象徴しているのか。恐らく、こうした傾向はトランプ氏がいなくなった後も当分続くのだろう。
ところで、先週日本で最も注目されたのはG7サミットではなく、韓国による日韓GSOMIA終了宣言だった。多くの評論は韓国大統領の判断が如何に間違いかに関するものだったが、筆者は米韓、特に韓国の外交安保専門家たちが今回正論を封印し、敢えて沈黙を守っていたことに注目している。
何故彼らは沈黙を守るのか。物言えば唇寒しなのか。大統領に逆らうことは政策担当者として、もしくは言論人としての生命を脅かすのか。理由は様々だろうが、今こそ各国の専門家は勇気をもって正論を吐くべきだと思う。GSOMIAについては今週のJapanTimesと日経ビジネスに英文、和文でコラムを書いたので、ご一読願いたい。
〇アジア
香港では反政府デモが長期化しているが、筆者は今週末に香港出張を計画している。何が起きるかわからないが、自分の目で香港の「抗議デモ」の実像を見たいのだ。幸い往復とも夜行便を使えば土日の週末をたっぷり香港で過ごせる。間違いなく強行軍ではあるが、行く価値はありそうだ。体力が持つかどうかだけが気がかりだが・・・。
〇欧州・ロシア
ジョンソン英首相がG7サミットの際、欧州連合(EU)大統領と会談し、「どのような状況であっても現行期限の10月31日にEUから離脱する」と伝えたそうだ。会談前も両者は、「合意なき離脱となった場合の責任は相手側にある」と言い合ったらしい。しかし、主たる責任が英国にあることは明らかだろう。出ていくのは英国なのだから。
〇中東
G7の最中、フランスが米国とイランの会談を仲介しようと動いた。G7後の共同記者会見で仏大統領は「今後数週間に米イラン首脳会談をセットしたい」と述べたが、米大統領は「万が一、状況が適切であれば、それに同意するだろうが、その前にイラン側は良いプレーヤーであるべきだ」と述べた。仮定法過去の微妙な言い方である。
もしマクロン大統領が現行の核合意に代わって新たな核合意の締結を目指すなら、ボルトン補佐官はともかく、トランプ氏がこれに乗る可能性はあるだろう。問題は米イラン双方の「強硬派」の出方だ。最悪の場合、こうした動きを潰すため、イスラム革命防衛隊が新たな軍事的挑発を試みる可能性すらある。今週は要注目だろう。
〇南北アメリカ
これまたG7サミットの最中に、日米両政府が新たな貿易協定締結交渉で大筋合意した。9月下旬に署名を目指すという。日本は米国産農産物にTPP並みの市場開放を約束したらしいが、米国による対日本車追加関税「回避」の確約はなかった。主要マスコミは日米間に「火種が残った」と報じたが、実態はどうなのだろうか。
トランプ政権のやり方はある意味で一貫している。これまでどの国に対しても追加関税につき「撃ち方止め」を確約した記憶はない。確約すれば梃子がなくなるとでも思っているのか、トンデモナイやり方だ。内々米国から「追加関税なし」の示唆を得ているならともかく、なければパッケージは成立しない。この点は更なる確認が必要だ。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問