キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2019年8月20日(火)
[ 2019年外交・安保カレンダー ]
先週はお盆休みだったが、驚いたことに、この時期のメディア出演依頼は例年よりずっと多かった。ニュースは夏枯れで、恐らくトランプ・ネタが最も無難だったのだろう。偶々東京にいた筆者にお声が掛かったということだ。トランプ外交については今週のJapanTimesと産経新聞に英文、和文でコラムを書いたので、ご一読願いたい。
要するに、「トランプ外交」を「トランプ政権」が一体として行う外交活動だと思うから我々は間違えるのだ。トランプ外交には二面性(dichotomy)がある。これを理解しなければ「トランプ流」外交に振り回されるだけだ。それが最近ようやく判ってきた。何を今頃と言われそうだが、なぜもっと早く判らなかったのか悔やんでいるという話である。
それよりも筆者の今週の主要関心事は香港だ。先週末は主催者側発表で170万人がデモに参加したと報じられた。人口700万の香港で170万が参加する?・・・どうしても信じ難い。ここまで来ると、天邪鬼の筆者は、報じられている何もかも、すべてについて懐疑的になってしまう。という訳で、以下はいつもの筆者の勝手な見立だ。
そもそもCNNなどを見ていると、欧米メディアがはしゃぎ過ぎではないかとすら思う。道路上の無数の傘を差したデモ参加者の姿を放映するのだが、それでは隣の道路はどうなのか。ざっと見て数十万人はいたかもしれないが、100万を超えたかは自信がない。勿論それでも、あれだけ大規模なデモとなれば、香港では十分だろうが・・・。
中国は香港に武装警察を投入すると思うか、とよく聞かれる。当然投入する気だろう。香港政庁が腰砕けになって北京が認めない政治的譲歩を重ねたり、香港警察の一部が寝返ってデモ隊に協力したり、何でも良いのだが、要するに中華人民共和国の香港に対する権威が決定的に害されれば、中国は必ず介入する、と筆者は思う。
言い換えれば、中国共産党の統治の正統性が害されれば中国は容赦しない、というか、嫌でも徹底的に弾圧せざるを得ない、というのが実態に近いだろう。流血の事態にでもなれば第二の「天安門事件」だから、良くて対中経済制裁、下手をすれば騒動が中国本土にまで波及する可能性すらある。中国は今頃本当に困っているはずだ。
アメリカのCIAがデモの背後にいるのは本当か、ともよく聞かれるが、恐らくフェイクニュースだ。そもそも米国の外交官がデモ隊と接触するのは当たり前、彼らがCIAの秘密工作員であるはずはない。大使館にいるCIA関係者はあくまで「表」の人々、「裏」の工作員はそんなところに「のこのこ」出ては来ない。それくらい常識だろう。
CIA関与説は中国の常套句。今中国に必要なのは、「外国勢力に扇動された香港の一部の過激派が暴徒となって香港の社会秩序を破壊している」からこそ、中国は「武警を投入せざるを得なかった」という説明(narrative)だ。CIAが全く無関与とは思わないが、世界にはデモ隊を支援する人権擁護派NGOなど無数にあるのだから。
そう考えれば、深圳での武警訓練はTV映像による対デモ隊抑止の行為。中国は本当は「やりたくない」。「やりたくない」からこそ、ああやって何度もデモ隊を威嚇するビデオを流させるのだ。繰り返すが、今の中国には、デモを「放置」しても、「介入」しても、「地獄」しかないのだ。やはり当面香港は中国の「弱点」であり続けるのだろう。
〇アジア
香港では反政府デモが長期化しているが、先週は台湾を巡り大きな動きがあった。トランプ政権が台湾にF-16Vと呼ばれる戦闘機を売却するらしい。F-16Vは最新鋭の第五世代戦闘機ではないが、現有の、1990年代に売却された、古いF-16よりは格段に能力の高い戦闘機だ。当然、中国は猛反発している。
今回のF-16V売却でも、中国人民解放軍空軍の対台湾空軍の戦術的優位は変わらないだろう。中国にとってより重要なことは、現在の米国が(台湾関係法という米国内法でのみ担保されている)台湾への防衛義務を再確認し、それをより実質的なものに戻そうとしている可能性があることだ。タイミング的にも「米国は良くやるよ」と思う。
〇欧州・ロシア
フランスでG7首脳会議があるが、仏大統領はその前にロシア大統領と会談する。いかにもフランスらしいが、ロシアの西欧東欧諸国への内政干渉問題はどう落とし前を付けるのだろう。香港問題あり、北朝鮮あり、米中貿易戦争ありで、G7は機能するのだろうか。トランプ氏の責任は小さくないのだが・・・。
トランプ政権がグリーランドを購入する構想を明らかにしたため、グリーランドを領有するデンマークが猛反発している。勿論、グリーランドは対ロシア戦略上極めて重要な要衝であり、100年前なら実現したかもしれない。しかし、今は21世紀、米国がグリーランドを買うなら、日本もハワイを売れと言えば良いだけの話だ。バカバカしい。
馬鹿馬鹿しいといえば、先週末、英国首相府が「合意なきEU離脱の際の悪影響」についてまとめた極秘文書をすっぱ抜かれ、ちょっとした騒ぎになっている。こんな文章が流出するということは、首相府内部にも、ジョンソン現首相に批判的な向きがいるということなのか。大英帝国の黄昏は、来るところまで来た感じがする。
〇中東
7月4日にジブラルタルで拿捕されたイランのタンカーが解放され8月18日に漸く出港したそうだ。このタンカーは15日に現地裁判所の解放命令を得たが、米国政府が差し押さえを要求していた経緯がある。さすがの米国の威光もジブラルタルの裁判所には届かなかったのだろうか・・・。というか、冗談ではない。そんな米国の無茶苦茶な「差し押さえ」が認められるなら、「何でもあり」ではないか。
中東の他の地域では、アフガニスタンで日常茶飯事のような自爆テロが起きた以外、イランも、サウジも概ね静かである。但し、細かく言えば、ホーシー派がサウジの油田をドローンで攻撃、サウジアラビアとアラブ首長国連邦の関係もおかしくなりつつあるのだが、これらの話は別途取り上げたい。
〇南北アメリカ
先週一番驚いたのは、2017年のトランプ政権発足当初、短期間ホワイトハウスのCommunications Directorを務めたAnthony Scaramucci氏(仲間内では「ムーチ」と呼ばれるらしい)が突然CNNに登場し、2020年大統領選挙の候補者としてトランプ氏以外の可能性を考えている、などと発言したことだ。
元々このムーチ氏は変わった人物らしく、僅か11日でトランプ氏に解雇されたという武勇伝の持ち主だ。最近では「2020年の大統領選挙でトランプ候補以外の選択肢をトランプ政権元高官たちと共に考える」などと言い出している。殆どマンガとジョークの世界なのだが、これが今のワシントンの実態らしい。エライ時代になったものだ。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問