キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2019年8月6日(火)
[ 2019年外交・安保カレンダー ]
先週は冒頭、カリフォルニア北部地方都市での祭典で起きた凄惨な銃乱射事件を取り上げた。その際は、最近米国ではこの種の事件が「数日に一回の頻度で起きている」と書いたが、先週末はわずか13時間内に何と二回、テキサス州とオハイオ州でmass shooting(乱射)が連続して起きた。一体米国はどうなってしまったのだろう。
最初の事件はテキサス州国境の町エルパソで起きた。当局が拘束した容疑者は21歳の白人男性、ヒスパニック系を標的としたhate crime(憎悪犯罪)の可能性が高いという。容疑者が書いた犯行声明では、同州で増え続ける中南米系移民による「侵略への攻撃」だとしており、典型的な白人至上主義者の仕業と見てよいだろう。
一方、オハイオ州デートンの繁華街で起きた事件では犯人が「20秒間に数十発の銃弾」を撃ち、犠牲者の1人は容疑者の妹だったなどと報じられたが、状況から見て特定人種などを狙った憎悪犯罪ではなさそうだ。それにしても、使われた銃の弾倉は100発も入る巨大なもの。なぜこんな戦闘用の銃が米国では合法的に手に入るのか。
問題は二つある。第一は今後もcopycat(模倣犯)事件が多発する可能性があること。第二に、それとの関係でより深刻なことは、ヘイトクライムに関するトランプ氏の大統領としての発言が軽過ぎることだ。米国内にはトランプ氏の人種差別に対する煮え切らない非難声明が逆にこの種の事件を助長しているといった批判も根強い。
直近のトランプ氏の発言は次の通り。「この国に憎悪の居場所はない」、これらの事件は「とても、とても深刻に精神を病んでいる人たち」によるものだ、(エルパソの事件は)「臆病者の仕業」である、といった具合。犯人の個人的性向には触れても、銃規制や人種や宗教による差別・憎悪犯罪の具体的問題につき言及することはなかった。
最後に日韓関係について一言。最近この問題は食傷気味だが、今週のJapanTimesと産経新聞に「誰が韓国を失ったか(Who lost South Korea?)」というコラムを書いた。米国人の中には、韓国喪失の責任は日本の対韓政策にあるとする向きもあるが、冗談じゃない。韓国大統領を大胆にさせたのはトランプ氏ではないか。
〇アジア
香港の反政府デモの長期化、暴力化、過激化が続いているが、中国はこの問題で譲歩する可能性はなさそうだ。一方、今週は米国務長官、国防長官がアジアを歴訪している。4日の米豪2+2(外務・防衛相)会合では中国を名指しする厳しい声明も出された。米国も閣僚レベルではまあまあの仕事をするのだが、問題は首脳レベルだ。
〇欧州・ロシア
欧州は事実上夏休みで、特記事項なし。
〇中東
中東も夏休みか、今週は特記事項がない。個人的にはイランが静かなのが逆に不気味だ。イランといえば、再びタンカーを拿捕したようだが、欧米を狙ってはいない。これが今後定着するのか、それとも単なる嵐の前の静けさなのか。米国が言い出した例の「有志連合」にも大きな動きはない。これで問題がなくなるとは思えないが。
〇南北アメリカ
この原稿を書いている途中で、両乱射事件に関しトランプ氏が声明を読み上げた。偶々CNNで見ていたが、人種差別、ヘイトクライム、白人至上主義を非難し、銃乱射防止措置を強化する、過激なビデオゲームを規制する、mental illnessの問題に取り組む、この種の憎悪犯罪に死刑を導入するなどと述べただけ。あーあ、やっぱりね。
残念ながら、銃購入の際のuniversal background check(全国一律の身元検査)には一言も触れなかった。銃の引き金を引くのは精神を病んでいる人であって、銃そのものではないとも言い放った。要するに今回もトランプ発言の中身にあまり新味はないということ。恐らく米国は100年後もこうした議論を繰り返しているのだろう。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問