キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2019年7月23日(火)
[ 2019年外交・安保カレンダー ]
今週は悲しいニュースから始めざるを得ない。IAEA(国際原子力機関)の天野之弥事務局長が18日に亡くなった。神奈川県出身の天野さんは中学高校だけでなく外務省でも先輩だった。筆者が外務省を辞めた後の2009年からアジア初のIAEAトップとなったが、能力も人柄も真に尊敬に値する大先輩だった。ご冥福をお祈りしたい。
先週末、キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)が近未来の東アジアを想定した演習を開催した。通算で31回目となるが、今回も約50人の現役公務員・自衛官、専門家、政治学者、ビジネス・ジャーナリズムの精鋭が集い、日米中韓朝台各政府・報道関係者を一昼夜リアルに演じてくれた。彼らの知的貢献に心から謝意を表したい。
筆者にとっては今回初めてテーマ選定から実際のゲーム進行まで全てを慶応大教授でCIGSの研究仲間でもある神保謙さんにお願いした。成果があれば神保さんたち若手の手柄、万一粗相があれば宮家が「首を洗って待っている」という責任分担だ。結果は来月早々参加者たちから聴取する予定であり、ここでは概要のみを記そう。
今次演習では202X年に二つの大事件が同時に起きると想定した。第一は米国大統領が、北朝鮮のICBM破棄と引き換えに金融制裁解除と4年以内の在韓米軍段階的撤退に同意したこと。第二は、台湾が外交関係を持つ国を全て失う一方、台湾の金門島で行われた住民投票で「中国への帰属」意見が多数を占めたことだ。
筆者個人の見立ては今週のJapanTimesと産経新聞のコラムに英語と日本語で纏めておいた。ご一読願えれば幸いである。最近世界は「勢いと偶然と判断ミス」が支配する不確実性の時代に回帰しつつあると考えてきたが、そんな時代が欧州、中東だけではなく、遂に東アジアでも現実になりつつあるというのが率直な印象だ。
〇アジア
香港で大規模な反政府デモが7週連続で続いている。先週末夜には「地元犯罪組織のメンバーが民主派デモ参加者らをバットや棒で襲撃し、45人が負傷、うち5人が重傷、1人が重体」と伝えられた。こうしたやり方自体は中国本土でもよく見られるものだが、今回は香港当局側の弾圧のための巧妙な仕掛けが見え隠れする。
この種のデモを治安当局が鎮圧する最善の環境は、非暴力を掲げていた活動が過激化し、流血の事態に発展して、民衆の支持が失われることだ。当初こそ平穏に始まった香港の民主化デモだが、最近は過激化、暴力化、流血化が目立つ。今こそデモ参加者たちが最大限の自制を示すべき時ではなかろうか。
〇欧州・ロシア
先週末、英国の財務相は「ジョンソン前外相が首相に就任する場合は辞任する」と述べたそうだ。理由は「合意なきEU離脱も辞さない首相を支えることはできないから」だという。それはそれで正論だが、この程度の発言でジョンソン前外相の過激な言動は変わらない。そんなことを言う暇があったら、別の行動を起こせと言いたいくらいだ。
〇中東
外電などによれば、米CIAのスパイとして機密情報を収集していた容疑で17人がイラン当局に逮捕され、うち数人が死刑判決を受けたという。イラン側説明によれば容疑者らは全員イラン人で、主にイラン国内の民間企業で原子力、軍事、インフラ、サイバーなど重要分野に従事していたそうだ。これもイラン側の報復行為なのだろう。
勿論真相は闇の中だが、この17人のうち一体何人が本当のスパイだろうか?イラン人は米国が大好き、訪米できるとなったら協力するのも当然ではないか。最近の米イラン間の緊張増大は憂慮すべきだが、この対立の中で多くのイラン人が犠牲になるのだとしたら、やはりイスラム共和制には重大な欠陥があるとしか言いようがない。
〇南北アメリカ
22日からボルトン米大統領補佐官が訪日、要人と会談を行った。日本政府は「ホルムズ海峡航行の民間船舶の安全確保を目指し米国が同盟国に協力を呼びかけている有志連合などを巡り協議した」というが、この構想が具体化するには関係諸国間の調整が必要であり、仮に実現するとしても、まだまだ時間がかかるだろう。
もう一つの焦点は日韓関係だが、米側との協議の詳しい内容はわからない。そもそも、ボルトン補佐官に日韓を仲介する気があるのか、甚だ疑問だ。安全保障問題ならともかく、貿易問題で米国が日韓の議論に本気で介入するだろうか。「お前だってやってるじゃないか」などと切り返されたら、纏まるものも纏まらなくなるだろう。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問