外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2019年7月9日(火)

外交・安保カレンダー(7月8-14日)

[ 2019年外交・安保カレンダー ]


 日本政府が半導体製造に欠かせない化学物質3品目の対韓輸出管理体制を強化する方針を発表してから一週間が経った。韓国では日本の「報復」に対する反発が高まり、日本ボイコット運動が拡散しているとの報道もある。日韓両政府だけでなく、日本のマスコミでも意見や評価が割れており、ちょっとした騒ぎになっている。

 しかし、筆者にとってこの問題は所詮(と言ったら関係者には申し訳ないが)日韓の「売り言葉に買い言葉」に過ぎない。先週から起きた事件でもっと戦略的に重要な意味を持つのは、①イランが核合意の約束事項を再び公然と逸脱したことと、②南シナ海で中国が初めて対艦弾道ミサイル発射実験を行ったこと、の二点ではないか。

 まずはイランから始めよう。8日、イラン原子力庁は「イランのウラン濃縮度が2015年の核合意で定めた上限(3.67%)を超え、4.5%程度になった」ことを明らかにしたという。1日のウラン貯蔵量300キロの上限超え措置に続き、今回は核合意義務停止の第二弾となる。実にイランらしい、考え抜いた対抗措置の内容と発表のタイミングだ。

 今後は第3弾としてウラン濃縮度20%までの引き上げや遠心分離機の稼働数増加も検討するそうだ。一部のイラン核問題専門家は、「核武装はイスラム教で禁じられている」、「イランが本当に核兵器を作る気は全くない」などといった楽観論を垂れ流し、今回の措置は「絶望か八つ当たり」によるものだなどと分析する。本当にそうなのか。

 コーラン(アルクルアーン)に核兵器のことなど書いてあるはずはない。イランの最高指導者が核兵器を禁止するファトワ(教義)を出しても、それがイスラム世界全体の規範になることはない。現にパキスタンは核兵器を持っているではないか。現在の国際政治の中で「核兵器は反イスラム」と言い切れる根拠など何一つないのだ。

 更に、「イランには核兵器製造の意図がない」とする論者にも反論したい。イランの少なくとも強硬派の一部が、今は核兵器を作らないとにしても、必要が生ずれば、いつでも短時間で核兵器を作れる十分な技術能力を保持しておきたいと考える可能性は高い。イランには一定の順法精神があるが、脱法行為も結構得意である。

 いずれにせよ、イラン側の一連の動きは、絶望でも、八つ当たりでもない。イランは英仏独に対し、「早く行動を起こせ、米国に圧力をかけろ」というメッセージを送り続けているのだ。問題は、英仏独がバラバラで一枚岩には程遠いことである。このまま欧州が動かなければ、イランが次の誤算に走る可能性が現実味を帯びるだろう。

 続いて、南シナ海における中国の対艦弾道ミサイル発射実験についても簡単に触れよう。南シナ海は中国人民解放軍の第一列島線内の海域であり、同海域でいわゆる「空母キラー」ミサイルの発射実験が確認されたとすれば、南シナ海、特に台湾有事の際の戦略的バランスが一層中国に有利となることを象徴する大事件だ。

 中国が発射したものが対艦弾道ミサイルであれば、東風(DF)21Dか新型のDF26の可能性が高いだろう。米海軍だけでなく、日本の海上自衛隊にとっても重大な脅威となり得る。これから米国は「航行の自由」作戦を更に強化するのだろうが、時既に遅し、かもしれない。後悔しないためには相当強力な対抗措置が必要となるだろう。

〇アジア
 日本政府は今回の措置が(1)フッ化水素など規制3品目の韓国向け輸出について、7月4日以降、包括輸出許可制度から個別に輸出許可申請・輸出審査へ変更、(2)先端材料などの輸出について、外為法の優遇制度「ホワイト国」から韓国を除外する政令改正、からなるとしている。恐らくWTOパネルで負けないための理論武装だろう。

 日本には、これを詳細に書く新聞と無視する新聞があるから面白い。一部識者は日本にすら、いわゆる対韓「輸出規制強化」措置を巡る誤解が生じていると主張する。当該措置は「禁輸」でも「規制強化」でもなく、あくまで輸出管理の「運用の見直し」であり、これまでの対韓優遇措置の一部を解除しただけだそうだ。ふーん、だから・・・?

〇欧州・ロシア
 7日のギリシャ総選挙ではこれまで緊縮財政を進めてきた現政権が敗北し、政権交代する見通しらしい。報道によれば、現首相率いる急進左派連合が獲得した票は3割程度、最大野党「新民主主義党」が過半数の議席を獲得する見通しだという。チプラス政権のあの大騒ぎは一体何だったのか。ギリシャはまた危機を迎えるだろう。

〇中東
 ある意味ではイランのウラン濃縮よりも重要な事件が先週起きた。7月4日、英海兵隊はEU制裁に違反しシリアに原油を輸送していた疑いのあるイランの大型石油タンカーを英領ジブラルタル沖で拿捕した。これに対し、イラン国防相は英国によるタンカー拿捕は「脅迫的で間違った行為だ」と指摘したらしい。

 今回はイラン隻のタンカーが拿捕されたが、イランだけでなく、中国なども密かに制裁破りをやっているはずだ。例えば、中国籍の空のタンカーがホルムズ海峡付近で突然姿を消し、数日後、満杯で再び姿を現すことが少なくないのだという。このタンカーがイランで秘密裏に原油を買い付けている可能性は極めて高い。

 先日の日本人所有タンカー攻撃事件については米国やイスラエル等の陰謀説があったが、米国だったらイラン原油を密輸する中国船籍タンカーを攻撃した方がはるかに効果的ではないか。これからは世界各地でイラン向けタンカーの拿捕や攻撃が頻繁に起きるようになるかもしれない。困ったことだが、これが中東の現実だ。

〇南北アメリカ
  駐米イギリス大使がトランプ米政権は「無能」で「頼りにならない」などと報告した極秘外交電報が英メディアにリークされ、大騒ぎになっている。同大使はトランプ政権が「今後、より正常な状態に近づくことや、機能不全、予見不可能性、派閥ごとの分断、外交的なまずさ、無能さが改善されるとはまず考えられない」などと報告している。

 これに対する英外務省の声明が素晴らしい。報道内容は否定せず、「英国民は各地の英国大使が任国についてありのままの正直な分析を外相に報告するよう望んでいる」と述べたのだ。万一、同様の報道が東京で起きたら、日本外務省はイギリス外務省と同レベルの矜持を示せるだろうか。それにしても恐ろしいことが起きたものだ。

〇インド亜大陸

 特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。



6月24-7月12日 国連人権理事会 第41回会合(ジュネーブ)
7月1-26日 自由権規約人権委員会 第126回会合(ジュネーブ) 
8日 国連経済社会理事会 integration segment(ニューヨーク)
8日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
8日 ユーロ・グループ(非公式ユーロ圏財務相会合)
8日 EU雇用・社会政策・健康・消費者問題担当相理事会(ブリュッセル)
8日 EU・ウクライナ首脳会談(キエフ)
8日 北朝鮮・故金日成首席死去25年
8-9日 WTO物品貿易理事会(スイス・ジュネーブ)
8-11日 産業総合博覧会「イノプロム2019」(ロシア・エカテリンブルク)
8-12日 第51回ASEAN規格・品質諮問会議(クアラルンプール)
8-19日 国連国際商取引法委員会(UNCITRAL) 第52回会合(ウィーン)
8-8月9日 国際法委員会 第71回会合 second part(ジュネーブ)
9日 EU経済・財務省(ECOFIN)理事会(ブリュッセル)
9日 米・トランプ大統領とカタール・タミーム首長と会談(ワシントン)
9-12日 化学兵器禁止機関(OPCW)執行理事会 第91回会合(ハーグ)
10日 欧州委員会、夏季経済予測発表
10日 欧州中央銀行(ECB)政策理事会(非金融政策)(フランクフルト)
10日 中国6月CPI、PPI発表
10日 ブラジル6月拡大消費者物価指数(IPCA)発表
10日 駐日外交団の地方視察ツアー(千葉県千葉市)の実施
10日 FOMC議事要旨(FRB)
10-11日 APEC食品ロス削減に関するワークショップの開催(東京)
10-11日 米国・パウエルFRB議長が議会証言(半年次金融政策報告について)
10-12日 工業団地エキスポ(Industrial Estate Expo Technology 2019)(ジャカルタ)
10-12日 国際服飾製品展示会(ホーチミン)
11日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
11日 ASEAN国防相会議(バンコク)
11日 米国FOMC議事録(FRB)
11日 米国6月消費者物価指数(CPI)発表
11日 ブラジル5月月間小売り調査発表
11日 第17回東アジア・フォーラム開催(小田原)
11-12日 EU環境相理事会 非公式会合(ヘルシンキ)
11-22日 台湾総統がハイチなどカリブ海諸国を歴訪
12日 中国6月の貿易収支
12日 中国第2四半期貿易統計発表
12日 プロトンM・DM-03(ガンマ線天文衛星Spectr-RG)打ち上げ(バイコヌール宇宙基地)
12-13日 アジアインフラ投資銀行(AIIB)年次総会(ルクセンブルク)
14日 F1英国GP決勝
14-18日 ASEAN経済高級実務者会議(バンコク)


<15-21日>
15日 EU外相理事会(ブリュッセル)
15日 中国第2四半期経済指標(GDP、CPI、固定資産投資、社会消費品小売総額など)発表
15日 中国・鉱工業生産、小売売上高発表(国家統計局)
15日 韓国・元挺身隊員訴訟の原告が三菱重工業に求めた協議期限
15日 台湾国民党、次期総統選公認候補を決める世論調査の結果発表
15日 GSLV-Ⅲ(インド月探査機Chandrayaan2(軌道機、着陸機、ローバー))打ち上げ(サティシュ・ダワン宇宙センター)
15日か16日 ロシア1-6月鉱工業生産指数発表
15-16日 EU農水相理事会(ブリュッセル)
15-16日 フランス・マクロン大統領がセルビアを訪問
15-18日 欧州議会本会議(ストラスブール)
15-19日 IMO理事会 第122回会合(ロンドン)
16日 メルコスール首脳会合(アルゼンチン・サンタフェ)
16日 米国6月小売売上高統計発表
17日 EU6月CPI発表
17日 米国・ベージュブック(FRB)
17-18日 G7財務相会合(フランス・シャンティイ)
17-20日 マニュファクチュアリング・スラバヤ2019(Manufacturing Surabaya 2019)(スラバヤ)
17-20日 電子機械国際展示会(Vietnam ETE 2019)(ホーチミン)
18日 EU一般問題理事会(ブリュッセル)
18-19日 第36回ASEAN経済統合に関するハイレベルタスクフォース会議(バンコク)
18-19日 EU司法・内務相理事会 非公式会合(ヘルシンキ)
18-19日 インドネシア産業機械・システム展示会(Indonesia Smart Industry Expo 2019)(バリ)
18-28日 ガイキンド・インドネシア・国際自動車ショー(GAIKINDO Indonesia International Auto Show)(ジャカルタ)
19日 インド5月鉱工業生産指数発表
20日 パキスタン・カーン首相が米国を訪問
20日 アポロ11号月面着陸から50年
21日 ウクライナ議会選挙
21日 日本参議院選挙
21日 ソユーズFG(国際宇宙ステーション第60次及び第61次長期滞在ミッション用ソユーズMS-13)打ち上げ(バイコヌール宇宙基地)


宮家 邦彦  キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問