キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2019年7月2日(火)
[ 2019年外交・安保カレンダー ]
先週末は異常に疲れた、というか、またまたトランプ氏に振り回されてしまった。大阪で開かれたG20首脳会議は金曜と土曜だったから、日曜日は休めると期待したのがそもそもの間違いだった。流石はトランプ氏だ、我々の期待は決して裏切らない。
お蔭で、月曜日締切のコラムと寄稿文は全面書き換えを余儀なくされた。
それにしても、日曜日午後の現職米大統領による「歴史的」なDMZ北朝鮮側訪問と、それに続く事実上の米朝首脳会談には驚いた。いや、驚いたというより、やっぱりそうか、というのが率直な感想だ。JapanTimesのコラムには「純粋に政治的なパーフォーマンス(purely political performance)」と書いた。これ以上でも、以下でもない。
1959年だったか、グラミー賞をとった歌手Dinah Washingtonの名曲を思い出した。What a difference a day made, twenty-four little hours...この歌い出しの通り、大阪G20サミット終幕から僅か24時間で途轍もないビッグイベントが始まり、残念ながら大阪会合の余韻を完全に消し去ってしまった。これって、禁じ手ではないのかね?
外交交渉については少なくとも27年の経験が筆者にはある。今回のトランプ氏の動きは、あらゆる意味で、その筆者の外交的常識を打ち砕く破壊力があることは認める。しかし、サブスタンスは一体どうなったのか。こんな陳腐なパーフォーマンスが北朝鮮の核兵器廃棄という目的にどの程度資するのか。むしろ逆効果ではないのか。
6月30日のニューヨークタイムズが 「次期会合で米国は北朝鮮の核兵器凍結で手を打つかもしれない (In New Talks, U.S. May Settle for a Nuclear Freeze by North Korea)」という記事を報じた。政権幹部は全面否定しているが、「火のない所に・・・」かもしれないので要注意だ。但し個人的には、そうなっても決して驚かないだろうが・・・。
これ以上書くと不愉快になるので、話を大阪G20サミットに戻そう。日本がこの種の多国間首脳会議を初めて主催したのは1979年、東京サミットだった。当時筆者は外務省二年生、幸いにもサミット準備事務局の輸送班という部署で首脳の車列やヘリコプター移動などのロジ(兵站)を担当した。忙しかったが、今でも楽しい思い出だ。
しかし、G20はG7よりはるかに複雑。参加首脳人数は等差級数的に増えるが、ロジの複雑さは等比級数的に拡大するからだ。40年前、たった7人の首脳会議で大騒ぎだったのだから、大阪サミットでのロジの仕事は想像を絶するほど難しかったに違いない。政府関係者、特に各都道府県警察の応援部隊に心から敬意を表したい。
しかし、ロジ以上に難しかったのがサブではなかろうか。大阪のG20では首脳宣言の内容に関心が集まった。貿易については「自由、公平、無差別な貿易及び投資環境を実現するよう努力する」との表現で落ち着いたが、中国は「無差別」を、米国は「公平」を入れるよう求め、更に米国は「反保護主義」への言及にも反対したようだ。
こんな調子では来年以降のG20サミットが思いやられる。「自由貿易の促進」なる表現も最終宣言文から抜け落ちたそうだ。「各国への配慮」も大事だが、首脳宣言をコンセンサスで纏めようとすれば、今後内容は益々薄まっていくだろう。一体何のためのG20なのか、こうした本質的疑問にいずれ答える必要が出てきそうだ。
〇アジア
今週も香港で混乱が続いている。学生たちの動きを見ていると、1960年代、70年代の日本を思い出す。韓国なら1980年代、90年代だろうか。韓国はともかく、今の日本の若者に、学園紛争に明け暮れた60年代、70年代当時の、あの情熱というか、熱気が理解できるだろうか。あーあ、また年寄りじみたことを言ってしまった。
もう一つの注目は米中貿易協議の行方だ。大阪での米中首脳会談は、本質問題を先送りしただけで、貿易摩擦の解消には程遠い内容だった。しかし、これは元々米中双方が暗黙の了解で求めたもの。世界経済に与える影響を考えたら、双方とも決定的ガチンコを永遠に続けることはできない。解決も決裂もない現状は当分続くだろう。
〇欧州・ロシア
7日にギリシャで総選挙がある。下馬評では保守系政党が優勢で、左派の現政権は伸び悩んでいるらしい。BBCなどは、この背景にギリシャの若年層の不満があると分析しているが、結果はどうなるだろうか。但し、仮に保守系政権になったとしても、ギリシャが突然変わるとは思えず、財政問題は続くだろう。この選挙結果も要注意だ。
もう一つ気になるのは欧州主要諸国のイラン核問題に関する対応だ。イラン核合意の際は大きな影響力を発揮したといわれるが、今彼らは一体何をやっているのだろう。米国とイランが直ちに物理的に衝突する可能性は低いだろうが、放っておけば両国関係悪化だけは間違いない。それとも英仏独とも、今はイランどころではないのか。
〇中東
米イラン関係については欧州の部分で書いたので、今週はトルコを取り上げる。日本ではあまり注目されなかったが、エルドアン大統領は大阪で米大統領と会談した。エルドアンはロシア製地対空ミサイルS-400は既に引き渡し段階にあり、今更撤回は困難と述べたそうだ。一方、米側の対トルコ経済制裁も当面ないという。
この問題の扱いを間違えると、トルコは一層NATOから離れていく恐れがある。かといって、ロシアのトルコに対する影響力拡大も認め難い。こうした事態、直接はオバマ前大統領とエルドアンとの関係悪化が原因だったのだろうが、トランプ政権としても対応に苦慮しているらしい。米トルコ関係は引き続き要注意である。
〇南北アメリカ
今週は米国の独立記念日があるので、注目ニュースは少ない。板門店での米朝首脳少人数会談にイヴァンカ補佐官が同席し、終了後記者からの質問に対し、会談は「surreal(現実を超越している)」と答えたそうだ。なるほど、だが、一体この大統領令嬢はDMZで何をしているのだろう。好奇心の塊なのか。実に不思議な親子である。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問