キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2019年4月2日(火)
[ 2019年外交・安保カレンダー ]
本日は4月1日、一年に一度嘘をついても良い日だが、新元号が発表されるお目出度い日だから、いい加減なことは書けない。しかも、今日は筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所の設立10周年記念講演シリーズ初回で喋る日なので、緊張してどうも調子が出ない。それはさておき、先週は二つの悲しい知らせを聞いた。
第一は米国防総省のアンドリュー・マーシャル氏が死去したこと。第二は英国テレサ・メイ首相が自身の辞任の可能性に言及したことだ。前者は不滅の天才肌戦略家、逆に、後者は政治戦略のない生きる屍である。この二人の話は今の日本にとって大いに教訓となるという話を今週のJapan Timesに書いた。
詳しくは同紙のコラムをお読み頂きたいが、残念ながら今回は英語版しかない。
メイ首相については、EU離脱法案の三度目の議会採決が実現するなら「辞任してもよい」と言ったそうだ。BrexitのA級戦犯はキャメロン前首相だから、彼女にはお気の毒という気持ちしかないが、やはり最近の彼女の言動は軽すぎると思う。
古今東西、政治家が自らの出処進退を語る時は、勝負の時しかない。一度でも「辞任」を口走ったら、それが如何なる条件であれ、レッドラインを越える。その時点で彼女の政治生命の秒読みが始まるからだ。前任者が国民投票という一種の麻薬に訴えて失敗し、彼女は苦し紛れに「死に急いで」いる。日本がこうなっては駄目の典型だ。
マーシャル氏については、某通信社がこう伝えていた。「アンドリュー・マーシャル氏(元米国防総省総合評価局長)ニューヨーク・タイムズ紙によると、26日、南部バージニア州アレクサンドリアで死去、97歳。93歳で引退するまで40年以上、同局長として米国の軍事戦略を担い『伝説の軍略家』と呼ばれた。」
「米シンクタンク、ランド研究所での研究生活を経て、ニクソン政権下の73年に米国の軍事戦略を検討する初代の総合評価局長に就任。オバマ政権下の15年まで務めた。人気SF映画『スター・ウォーズ』のキャラクターになぞらえ『ペンタゴン(国防総省)のヨーダ』との異名も持つ。」
この記事、まあ、間違いではないが、これでは事実とはやや異なるイメージを持たれてしまう。尤も、筆者も同氏と直接話したことはないのだが。そもそも、「ヨーダ」という渾名については本人自身があまり快く思っていなかったらしいので、これを使うことは差し控えた方が良いだろう。これ以外にも、筆者が違和感を持つ点は少なくない。
まず、マーシャルは国防総省「総合評価局長」ではなかった。正確にはthe Office of Net Assessment (ONA)という組織のDirector、日本で言えば「局長」どころか、「課長」にも満たない総勢20人以下の小さなオフィスの長だ。また、「ネット」とは敵対国の軍事力を含む国力だけでなく、米国とその同盟国も含む広い概念を意味する。
「ネット」と「総合」ではどうしてもニュアンスが異なるし、「アセスメント」を「評価」と訳すと、やはり違和感がある。マーシャルが追究した「アセスメント」とは、どこかの国の環境評価のような「静的」なものではなく、戦略、戦術、ドクトリン、作戦面を含む、より「動的」な分析が中心となるからだ。少なくとも実態を正確に示す言葉ではない。
マーシャルはあの米国でも知る人ぞ知る「知の巨人」だった。今回書いた英語コラムの題は、「The most famous person you've never heard of」。メディアや論壇で持論を開陳することなく、物静かに、息長く、重要な「正しい質問」を繰り返すことで米国とその敵との全体的バランスを分析した天才肌の戦士。同氏のご冥福をお祈りしたい。
〇アジア
3日から中国の劉鶴副首相らが訪米する。ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表とムニューシン財務長官らは28日から訪中していたので、合意は近いと言われていたが、果たしてどうか。いずれにせよ、今回の米中貿易合意は「一時的、限定的、表面的な妥協に終わる」との筆者の見方は変わらない。
〇欧州・ロシア
冒頭でも触れたが、4月1日までに英下院がEU離脱協定に関する様々な代替案をことごとく否決したことを受け、メイ首相の進退が危うくなってきた。彼女は4月12日までに新方針をEU側に示す必要があるが、今や代替策はなく、「合意なき離脱」の可能性が高まっている。EU側は10日に首脳会議を臨時招集するというが、大丈夫か。
〇中東
先月末投開票されたトルコ統一地方選挙でエルドアン大統領が率いる与党連合が劣勢らしい。首都アンカラで敗北し、イスタンブールも接戦という。低迷する経済や強権的な政治手法で都市部有権者が反旗を翻したのか。これからのエルドアンの動きがトルコ民主主義の将来を決めるが、果たして彼に正しい判断ができるだろうか。
〇南北アメリカ
米国では再びメキシコ国境で不法入国者が溢れ、入国管理がパンクしつつあるという。元はといえばトランプ政権が蒔いた種だが、確かに非常事態に近づきつつある。これではトランプ氏の思う壺だが、可哀そうなのが国境で立往生する合法的出入国者。これで国境を閉鎖しても、テキサスやカリフォルニアの地方経済が打撃を受けるだけだ。
民主党大統領選では本命とも見られたバイデン元副大統領が「セクハラ」疑惑で危機に直面している。誰が見てもサンダース支持女性の政治的動きのようだが、それは誰も言えない。最近のMeToo運動は過小評価できない。今の米国でこうした流れが止まる可能性は低いだろう。これでバイデンがコケレば、遂にヒラリーの出番なのか?
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。
3月30日-4月6日 辻外務大臣政務官が米国、パラグアイ、ブラジル及びペルー訪問
4月1日 ASEAN人的資源開発に関するハイレベル会議(バンコク)
1日 中国・ニュージーランド首脳会談(北京)
1日 米国2月小売売上高統計発表
1日 インド人民議会選挙
1日 ガイアナ国民議会選
1日 アンティグア・バーブーダ総選挙
1日 北朝鮮の金正男氏殺害事件のベトナム人被告の公判(クアラルンプール近郊)
1日 PSLV C45(EMISATと相乗り超小型衛星29機)打ち上げ(サティシュ・ダワン宇宙センター)
1日- 「日ソ地先沖合漁業協定」に基づく日ロ漁業委員会第35回会議の開催(モスクワ)
1日か2日 ロシア2018年経済活動別および需要項目別GDP統計
1-2日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
1-5日 国連貿易開発会議(UNCTAD)eコマース週間(スイス・ジュネーブ)
1-5日 万国郵便連合(UPU)郵便業務理事会(ベルン)
2日 EU運輸・通信・エネルギー担当相理事会(エネルギー・非公式会合)(ブカレスト)
2日 EU2月失業率発表
2日 ブラジル2月鉱工業生産指数発表
2日 米シカゴ市長選決選投票
2-4日 NATO・ストルテンベルグ事務総長がワシントンを訪問
2-6日 第23回ASEAN財務相会議、ASEAN中央銀行総裁会議、第5回ASEAN財務相・中央銀行総裁合同会議(チェンライ)
3日 EU競争担当相理事会(研究・非公式会合)(ブカレスト)
3日 中国・劉副首相が訪米し、米中閣僚貿易協議(ワシントン)
3日 ソロモン諸島国会議員選挙
3-4日 北大西洋条約機構(NATO)外相理事会(ワシントン)
3-4日 ASEAN 第5回ASEAN地域における国境管理の協力強化に関するハイレベル会議(バンコク)
3-4日 欧州議会本会議(ブリュッセル)
3-5日 ベトナム国際放送・AVショー2019年(ホーチミン)
3-6日 マレーシア国際ハラル展示会(MIHAS)2019(クアラルンプール)
3-17日 UNESCO 執行理事会 第206回会合(パリ)
4日 NATO設立70年
4日 ソユーズ2.1a(ISS無人補給機プログレスMS-11)打ちあげ(バイコヌール宇宙基地)
4-5日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
4-5日 ASEANデジタル産業関連相の非公式会議(タイ)
4-5日 ベネズエラ・石油長官がロシアを訪問
5日 ユーロ・グループ(非公式ユーロ圏財務相会合)(ブカレスト)
5日 米国3月雇用統計発表
5日 中国清明節休暇
5日 CIS外相会議(ロシア・モスクワ)
5日 ソユーズST-B(4機の通信衛星03b)打ち上げ(仏領ギアナ基地)
5-6日 G7外務・安全保障担当相会合(仏ディナールなど)
5-6日 EU経済・財務相(ECOFIN)理事会(非公式会合)(ブカレスト)
5日か8日 ロシア3月CPI発表
6日 モルディブ国民議会
6日か7日 ロシア5月CPI発表
6-7日 ニュージーランド ゴーグリーンエキスポ(オークランド)
7日 統一地方選・41道府県議選、17政令市議選
7日 アンドラ・大評議会選
7日 オーストラリア、NZで夏時間終了
7日 英国最高の演劇賞「オリビエ賞」発表
【来週の予定】
8日 EU外相理事会(ルクセンブルク)
8日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
8-10日 「持続的な工業地区」国際会議(エチオピア・アディスアベバ)
8-12日 国際連合食糧農業機関(FAO)理事会 第161回会合(ローマ)
9日 EU一般問題理事会(ルクセンブルク)
9日 IMF世界経済見通し発表(ワシントン)
9日 メキシコ3月CPI発表
9日 ブラジル2月月間小売り調査発表
9日 イスラエル総選挙
9-10日 国際北極圏フォーラム(ロシア・サンクトペテルブルク)
10日 欧州地域委員会(CoR)本会議 第 134回会合(ブリュッセル)
10日 欧州中央銀行(ECB)政策理事会(金融政策)(フランクフルト)
10日 ブラジル3月拡大消費者物価指数(IPCA)発表
10日 米国3月消費者物価指数(CPI)発表
10日 FOMC議事録(FRB)
10日 米韓首脳会談(ワシントン)
10日 ベリーズ国民投票
10-11日 EU雇用・社会政策・健康・消費者問題担当相理事会(雇用・社会政策・非公式会合)(ブカレスト)
10-13日 第29回ベトナム国際貿易展(ホーチミン)
11日 中国3月CPI発表
11日 メキシコ2月鉱工業生産指数発表
11日 北朝鮮が最高人民会議第14期第1回会議(平壌)
11-12日 G20財務相・中央銀行総裁会議(米国・ワシントン)
11-12日 EU一般問題理事会(非公式会合・結束政策)(ブカレスト)
11-12日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
11-12日 ASEAN-インド高級実務者会議(SOM)(インド)
11-12日 WTO物品貿易理事会(ジュネーブ)
11-5月19日 インド総選挙投票開始
12日 中国第1四半期貿易統計発表
12日 インド2月鉱工業生産指数発表
12日 英議会がEU離脱案を承認しない場合の離脱期限
12-14日 IMF・世界銀行春季総会(ワシントン)
14日 フィンランド議会選挙
14日 ロシア中銀理事会
14-15日 EU雇用・社会政策・健康・消費者問題担当相理事会(健康・非公式会合)(ブカレスト)
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問