キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2019年1月4日(金)
[ 2019年外交・安保カレンダー ]
謹賀新年
今年最初となる本原稿は珍しく元旦に書くことにした。金正恩朝鮮労働党委員長が早速、朝鮮中央テレビを通じ「新年の辞」を発表したからだ。昨年は彼の「新年の辞」で大いに振り回されただけに、今年彼が何を言うかについては関係者の間で関心が高まっていたのだが、結論としては内容的にあまり進展があるとは思えない。
産経新聞によれば、金委員長は、①朝鮮半島に恒久的な平和体制を構築し、完全な非核化に進もうとすることは、党と政府の不変の立場で、私の確固たる意志だ、②既にこれ以上、核兵器をつくりも実験しもせず、使いも広めもしないと宣言してきた、と述べたそうだ。
おいおい、こうした言い方、昨年とどこが違うのか、全く変わっていないのではないか。問題は「朝鮮半島」ではなく、北朝鮮の完全な非核化であり、問題は「これ以上」の製造・実験・使用・拡散ではなく、北朝鮮の核兵器そのものの廃棄である。原理原則が巧妙にすり替えられてきた昨年の教訓を我々は学ぶべき時期に来ている。
また同委員長は、③トランプ米大統領といつでも再び向き合う準備ができており、必ず国際社会が歓迎する結果を出すために努力する、と述べる一方、④米国が約束を守らず、一方的に何かを強要しようと制裁・圧迫に出れば、やむを得ず自主権と国家の最高利益を守るため、新しい道を模索せざるを得なくなるかもしれない」とも述べた。
要するに、逸るトランプ氏の足下を見つつ、交渉破綻の可能性を示唆してトランプ氏を揺さぶり、決断を促そうということだろう。トランプ氏はこの種の戦術に極めて脆弱だったから、近いうちに第二回米朝首脳会談に突っ走るのではないか。ケリー、マティスが去った今、これを止められる米政府高官はもう残っていないだろう。
更に同委員長は、⑤米側には我々(北朝鮮)の主導的・先制的努力に対する信頼性ある措置を改めて求めるとともに、⑥南北関係については「驚くべき変化」に「満足」しており、南北協議による合意は事実上の不可侵宣言である、⑦開城工業団地と金剛山観光をいかなる前提条件や対価なしに再開する用意があるとも表明した。
要するに、米朝協議では譲歩していないが、南北協議は高く評価しており、韓国からの経済的支援を先行させようとしているようだ。更に同委員長は、⑧朝鮮戦争休戦協定の当事国と平和体制への転換のための多国間協議をも積極的に推進すべしと述べたらしい。中国を巻き込もうとしていることは明らかだ。
金委員長の「新年の辞」の大半は経済問題に関するものだが、そうした傾向は昨年と変わらない。どうやら、今年も金委員長の言動に振り回される状況に大きな変化はなさそうだ。我々は一体いつまでこの茶番劇に付き合わされるのか。恐らく来年の新年の辞でも同じコメントをしている可能性が高いかもしれない。いい加減にしてほしい。
昨年一年間の読者の皆さまのご愛読に感謝するとともに、今年もこの外交安保カレンダーを全力で書き続けていきたい。2019年が皆さまにとって良い年となりますように!
〇東アジア・大洋州
昨年末韓国海軍艦艇が海自哨戒機に火器管制レーダーを照射したとされる問題が越年している。1日の朝鮮日報は、「日本の内閣総理大臣秘書官や参議院議員を務めた経験のある政治家が、日本の防衛省が公開した海上自衛隊哨戒機の映像を見て、『海上自衛隊が間違っている』という趣旨で日本政府を批判した」と報じている。この報道内容が事実であれば、実に残念なことだ。
〇欧州・ロシア
1日は欧州で民衆生活に影響大の新制度が始まった。ロシアでは批判の多かった年金制度への移行が始まるとともに、付加価値税率が18%から20%に引き上げられた。一方、この日はドイツ、スペイン、チェコ、ルーマニアで最低賃金(時給)が引き上げられた。これら一連の措置が各国内政に及ぼす影響が気になるところだ。
〇中東・アフリカ
昨年末、サウジ人ジャーナリスト殺害事件関連でトルコの地元テレビ局は、男3人が遺体が入っているとみられるスーツケース5個と黒い大きなかばん2個を総領事館近くの公邸内に運んでいる様子を映した監視カメラの映像を放映したそうだ。トルコは、ロシアと握る一方で、まだサウジ批判を止めようとはしていない。したたかである。
〇南北アメリカ
先週末トランプ氏は、「習主席と長く、非常に良い電話協議を行った」が、「取引は非常に順調に進んでいる。成立すれば、あらゆる分野や争点を網羅した非常に包括的なものになる。大きく前進している!」とツイートしたそうだ。これが暗示することは2つ。中国はかなり譲歩したが、トランプも簡単には「撃ち方止め」しない、ということか。
〇インド亜大陸
先週末、バングラデシュで総選挙があり、現首相率いる与党アワミ連盟(AL)が総議席の約9割を獲得し圧勝したという。ハシナ首相は3期連続となるが、対する野党は不正多発を理由に再選挙を要求しており、反政府運動が高まる可能性も指摘されている。2016年には日本人を巻き込むテロが起きた。今回は何事もないと良いのだが。
今週はこのくらいにしておこう。
1月1日 ブラジル新大統領就任
1日 米・シャナハン国防副長官が長官代行に就任
1日 元日で欧米市場が休場
1日 欧州単一通貨ユーロ導入20年
1日 ロシア年金制度移行開始
1日 ルーマニアがEU議長国に就任
1日 トルクメニスタンがCISの議長国に
1日 アルメニアがユーラシア経済連合(EEU)の議長国に
1日 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が新年の辞
1日 ドイツ最低賃金(時間)8.84ユーロから9.19ユーロに引き上げ
1日 スペイン最低賃金(月額)735.90ユーロから900ユーロに引き上げ
1日 チェコ最低賃金(月額)1万2,000コルナを1万3,350コルナに引き上げ
1日 ルーマニア最低賃金(月額)を1,900レイから2,080レイに引き上げ
1日 ロシアで付加価値税(VAT)率を18%から20%へ引き上げ
1日 ウズベキスタンで新関税率の適用開始
1日 在ベラルーシ日本国大使館、在ダバオ日本国総領事館及び在セーシェル兼勤駐在官事務所が開設
2日 タイ総選挙告示
3日 米国第116議会第1会期開会
4日 米国2018年12月雇用統計発表
【来週の予定】
7日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
7-10日 ルワンダ・カガメ大統領が訪日
7-12日 河野外務大臣がインド、ネパール及びフランスを訪問
8日 UN Women執行理事会 Election of Bureau(ニューヨーク)
8日 UNICEF執行理事会 Election of Bureau(ニューヨーク)
8日 EU一般理事会(ブリュッセル)
8日 米2018年11月貿易統計発表
8日 ブラジル2018年11月鉱工業生産指数発表
8日 ファルコン9(イリジウム・ネクスト10機)打ち上げ(ヴァンデンバーグ空軍基地)
9日 メキシコ2018年12月CPI発表
9日 EU2018年11月失業率発表
10日か11日 ロシア2018年12月消費者物価指数(CPI)発表
10-11日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
11日 インド2018年11月鉱工業生産指数発表
11日 米2018年12月消費者物価指数(CPI)発表
11日 ブラジル2018年12月拡大消費者物価指数(IPCA)発表
11日 メキシコ2018年11月鉱工業生産指数発表
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問