キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2018年11月27日(火)
[ 2018年外交・安保カレンダー ]
カルロス・ゴーン氏が金融商品取引法違反容疑で逮捕されたのは先週月曜日だったが、今週も本邦主要メディアのルノー、日産、三菱、ゴーンに関する報道は止まらない。余波は当分続きそうだが、正直なところ、このフランス国籍を持つレバノン系ブラジル人の経営者の逮捕がこれほど世間の注目を集めるとは思わなかった。
驚きはこれだけではない。一部内外の欧米系識者がゴーン氏逮捕を「日産内の『日本株式会社』的排外主義勢力が今も『外人』を差別している何よりの証拠」だなどと、したり顔で分析しているのにはあきれ果てた。当該識者の名誉のため名は挙げないが、こうした人々の日本に関する記憶は1980年代で止まっているのではないか。
更に最も驚いたのは、多くの日本語報道が今回のスキャンダルを「ルノーとゴーンが悪者で、日産は被害者」という構図で報じていたことだ。それは警察のリークだろう。本件は所詮ビジネス、つまり金儲けと強欲の結果であって、そんな善悪の単純な話ではないことぐらい、ビジネスを知っている人なら当然分かっているはずなのに。
筆者が今週Japan Timesに書いたコラムでは、欧米的でも、日本的でもない、筆者独自の分析を行った。キーワードは「マックス・ウェーバー」だ。ウェーバーと言えば20世紀初頭のドイツの社会学者、「プロテスタントの倫理と資本主義の精神」という著作でキリスト教と近代資本主義の関係を考察した学者だ。若い人は知らないかな。
簡単にいえば、清教徒などキリスト教「プロテスタント」が考える勤勉で禁欲的労働倫理が北部欧州における近代資本主義を発展させる理論的支柱だったということだ。筆者が初めてこの本を読んだのは大学2年生だったが、当時から欧州以外でこうした資本主義の精神を具現できる人々は米国人と日本人ぐらいだろうと思っていた。
勿論、日本にプロテスタントの伝統はない。しかし、不思議なことに江戸時代以降の日本には、このウェーバーが定義するような勤勉さや禁欲性などの労働倫理が育まれてきた。こうした伝統がなければ、日本が明治維新以降ごく短期間で国力を発展させることは難しかったのではないか。不思議な偶然の一致というべきだろう。
こうした労働倫理だからこそ、日本人は組織の経営トップが桁違いに巨額の報酬を得ることを潔しとしてこなかったのだろう。但し、ゴーン氏が日産に来てからは日本の経営も変化しつつある。一部欧米評論家は日本の経営者報酬が低すぎると批判するが、今のゴーン氏への批判は高額報酬よりも、巨額の所得隠しの方なのだから。
ゴーン事件の本質は単なる「外人経営者」に対する差別でも、日仏自動車業界の確執でもない。20年前、日産が苦境にあった時、これを助けたのはルノーだったが、今や日産は業績を回復しルノーに多額の配当を支払っている。ゴーン氏は日仏の狭間で苦しんだに違いないが、最後は彼の「徳のなさ」が命取りになったのではないか。
詳しくはJapan Timesをご一読いただきたい。
〇東アジア・大洋州
今週アジアのハイライトは台湾の民進党が地方選で大敗したことだろう。台湾総統は与党民進党の党首を辞任、2020年の次期総統選での再選はなくなった。彼女の敗北を如何に見るべきか。中国と親和性の高い国民党が躍進したからといって、台湾有権者の対中姿勢が変わったとは思えない。要するに、蔡英文総統が弱い政治家だったということだろう。
〇欧州・ロシア
ロシア海軍が牙を剥いた。クリミアを巡り、ウクライナ海軍と衝突し、発砲する事態に発展したという。場所はケルチ海峡という戦略的要衝、ようやるよ、としか言いようがない。ロシアという国にあまり魅力はないが、ここぞという時に必ず、しかも平然と「武力を行使する」という、あの厚かましさには文字通り脱帽する。
こんな国が北方領土を簡単に返すとは到底思えない。日本には気の早い人が少なくなく、落とし所は2島か、それとも2島+かなどと言い出す輩がいるので要注意だ。日本側が勝手に思っていても、ロシアがこれらを全く返さない選択肢だって十分ある。このことを決して忘れてはならない。
〇中東・アフリカ
ジャーナリスト殺害事件で米国は今もサウジ皇太子に配慮しているようだが、先週はスパイ容疑で終身刑を宣告された英国の若い学者につき、英政府がアラブ首長国連邦に強烈な圧力をかけ、結局その学者は恩赦で釈放されたらしい。英国ですらここまでやるのだから、トランプ政権だってサウジに圧力を掛けても良さそうなのだが。
パキスタンではバルチスタン独立運動の過激派がカラチの中国総領事館を攻撃したそうだ。これまでも地方では散発的に中国人を狙った攻撃があったが、今回はそれが大都市でも起きたという点が目新しい。中国とパキスタンが同盟国同士にもかかわらず、中国の「一帯一路」政策の弱点が露呈した。この点で大いに注目すべきだ。
〇南北アメリカ
米国とメキシコの国境で例の中南米の難民・亡命希望者キャラバンが遂に米側国境に向け突入し始めた。米側は軍が催涙弾を使ってこれを防いだそうだ。難民たちの気持ちも分からないではない。しかし、こうして騒ぎが大きく、より過激になればなるほど、トランプ氏への支持は高まるだろう。これでは逆効果だと思うのだが・・・。
〇インド亜大陸
特記事項はない。今週はこのくらいにしておこう。
20-28日 対日理解促進交流プログラム・アジア15カ国・地域から高校生らが訪日
21-30日 対日理解促進交流プログラム・北海道の大学生らが韓国を訪問
25-27日 国連開発計画(UNDP)シュタイナー総裁が訪日
25-28日 ヨルダン・アブドッラー2世国王陛下が訪日
25-29日 佐藤外務副大臣がケニアとスイスを訪問
25-12月1日 日中植林植樹国際連帯事業・日中大学生五百人交流団が訪日
26日 EU外相理事会(開発)(ブリュッセル)
26日 メキシコ9月小売・卸売販売指数発表
26日 「中央アジア+日本」対話・第13回高級実務者会合(SOM)開催(東京)
26日 日・フィンランド社会保障協定 第2回政府間交渉開催
26-27日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
26-27日 EU教育・若年・文化・スポーツ相理事会(ブリュッセル)
26-28日 持続可能な海洋経済の世界会合(ケニア・ナイロビ)
26-29日 G20財務相代理会合、財務相ワーキング・ディナー(アルゼンチン・ブエノスアイレス)
26-30日 国連世界食糧計画(WFP)執行理事会 第二回定期会合(ローマ)
26-12月9日 米・ロサンゼルス自動車ショー(一般公開は30日から)
27日 メキシコ10月貿易統計、雇用統計発表
27-12月3日 対日理解促進交流プログラム・インドネシア若手メディア関係者が訪日
27-12月4日 対日理解促進交流プログラム・ブルネイ、インドネシア、マレーシアなどイスラム寄宿塾で学ぶ高校生及び社会人らが訪日
27-12月5日 中国・習主席がスペイン、アルゼンチン、パナマ、ポルトガルを訪問
28日 米国第3四半期GDP(改定値)発表
28日 ジョージア大統領選
28-29日 欧州議会本会議(ブリュッセル)
28-29日 ロシア・トルコ・イランがシリア情勢めぐり協議(アスタナ)
28-29日 インド・モディ首相がネパールを訪問
29日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
29日 米・10月PCE発表(商務省)
29日 ブラジル10月全国家計サンプル調査発表
29日 ソウル中央地裁が新日鉄住金の元徴用工訴訟で二審判決
29日 韓国最高裁が三菱重工業が元徴用工訴訟で上告審判決
29日 安倍首相がG20に参加するためにアルゼンチンへ出発
29日 PSLV C43(地球観測衛星、超小型衛星30機)打ち上げ(サティシュ・ダワン宇宙センター)
29-30日 国連訓練調査研究所(UNITAR)理事会(ジュネーブ)
29-30日 EU競争担当相理事会(ブリュッセル)
30日 ブラジル第3四半期GDP発表
30日 インド第2四半期GDP発表
30日 EU10月失業率発表
30日 FOMC議事要旨(FRB)
30日-12月1日 G20首脳会議(アルゼンチン・ブエノスアイレス)
12月1日 黒海経済協力機構外相会議(アゼルバイジャン・バクー)
1日 メキシコ新大統領就任
1日 バーレーン国民議会選(第二回目)
2-14日 国連気候変動枠組み条約第24回締約国会議(COP24)が開幕(ポーランド・カトヴィツェ)
【来週の予定】
3日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
3日 ユーログループ(ブリュッセル)
3-14日 国連気候変動枠組み条約第24回締約国会議(COP24)(ポーランド・カトヴィツェ)
4日 EU経済・財務相(ECOFIN)理事会(ブリュッセル)
4日 ブラジル10月鉱工業生産指数発表
5日 ベージュブック発表(FRB)
5-6日 欧州地域委員会(CoR)132回本会議(ブリュッセル)
6日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
6日 米国10月貿易統計発表
6日か7日 ロシア11月CPI発表
6-7日 EU司法・内務相理事会(ブリュッセル)
6-7日 EU雇用・社会政策・健康・消費者問題担当相理事会(ブリュッセル)
7日 EU第3四半期実質GDP成長率発表
7日 米国11月雇用統計発表
7日 メキシコ11月CPI発表
7日 ブラジル11月IPCA発表
7日 ドイツ与党・キリスト教民主同盟(CDU)党首選
8日 中国11月貿易統計発表
9日 中国11月CPI発表
9日 ペルー司法改革等を問う国民投票
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問