外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2013年6月13日(木)

超党派国防省改革提言に見るアメリカの「回転ドア」の底力

[ 米国 ]


 6月3日、ワシントンの主要シンクタンクで国防政策や戦略を研究する専門家26名が連名で作成したヘーゲル国防長官及び上下両院の軍事委員会及び歳出委員会国防省委員会の委員長と筆頭委員(実質副委員長に相当する)の計5名に対して国防改革に関する提言書簡が公開された。この書簡に署名している専門家は、いずれも、個人の資格で署名しているわけだが、彼らが所属するシンクタンクは、党派色が比較的薄い戦略国際問題研究所(CSIS)、ブルッキングス研究所、新世紀の米国安全保障センター(CNAS)、戦略予算評価センター(CSBA)、スティムソン・センターはもちろん、思想的な「右左」で言えば右はケイトー研究所、アメリカ公共政策研究所(AEI)、外交政策イニシアチブ、左は全米進歩研究所(Center for American Progress)まで含まれており、文字通り「超党派」の専門家による書簡と言ってよい。
 この書簡の中では(1)過剰な基地・施設の閉鎖、(2)文民職員(日本の防衛省で言えば内局にあたる)の縮小、(3)軍人に対する俸給・ベネフィット制度の抜本的改革、の3つの分野で直ちに改革に向けた努力が始められるべきだ、と述べられている。さらに書簡は「これらの深刻な問題にいかに対応し始めるかについてのアイデアは豊富にある。要は議会と政府に、変化が必要であることを認めさせ、具体的な措置をとってもらうかである」と、問題解決の責任は最終的には行政府と立法府にあることを明確にした上で、「これらの制度改革は容易ではなく、痛みなくしてはできず、人気があるものでもない。しかし、長期的に強い国防を維持するためには絶対的に不可欠である」と呼びかけている(書簡の全文はコチラ で閲覧可能)。
 この提言書簡の公開にあわせて、書簡に署名した専門家の中の数名が行うパネル・ディスカッションが6月3日に行われたので傍聴してきた。パネリストはマイケル・オハンロン(ブルッキングス)、マッケンジー・イーグレン(AEI)、デイビッド・ベルトロー(CSIS)、ゴードン・アダムス(スティムソン・センター)、ローレンス・コーブ(CAP)、トッド・ハリソン(CSBA)の6名だったが、この中で、研究者人生の中で政府で勤務したことがないのはハリソン氏のみである。しかも、ハリソン氏も、CSBA勤務の前は、国防産業で国防省を顧客にしてプログラム開発や分析に長年、携わっており、「学究一筋」ではない。提言書簡に署名した専門家の残り20名の経歴も、軍歴がある人はもちろんのこと、議会スタッフ、ホワイトハウス、国防省など、行政府や立法府での勤務経験がある人ばかりだ。ランド研究所勤務の後にCNASに移籍した、という経歴の「研究一筋」の研究者が一人だけいるが、それでも、ランド研究所といえば空軍・国防省に直結した研究所である。民間のシンクタンクでしか勤務したことがない小職のような人間に比べれば、はるかに政府と近い。
 パネル・ディスカッションが行われた会場は上院議員会館の大きなセミナー室。ここで、明らかに議会関係者だと思われる身分証をぶら下げた人や、軍の制服を着た人で埋め尽くされている聴衆を前にして、決してけんか腰ではないにせよ、要は「改革のためのアイデアは不足していない。要は議会と政府に改革を実行するんだ、という気概と覚悟が足りないのだ」「こういう問題から根本的に解決していかなければ、いくら戦略について語っても無意味だ」と堂々と政府・議会批判を展開するのである。
 こういうものを目にするたびに、米国の「回転ドア」がシンクタンクに与える活力と底力を実感させられる。政府で政策立案・実施や予算配分などをめぐって省庁間や省内調整に実際に汗をかき、苦しんだ人間がシンクタンクに移って、政策提言をする側に回ったり、大学や大学院で教鞭をとって次世代を担う若者を教育する。このような「知の交流」を奨励する気風が政治任用制度を支えているからこそ、アメリカではこの制度が問題はありつつも総じてよく機能しているのである。日本でも国家安全保障会議設置に向けた法案の審議がいよいよ現実味を帯びてきたが、これを契機に、新設されることになる国家安全保障会議だけでなく、外務省、防衛省、内閣官房のような、安全保障政策を担う役所で、アメリカの半分の規模でも、このような「知の交流」が実現できるような制度作りもあわせて考えなければ、組織を作ったはいいが、有資格者がいない、という本末転倒の事態になってしまう。国家安全保障会議設置に向けた議論を契機に、このような制度を支える「知的インフラ」をどのように整備していくかの議論も幅広く行われるようになることを期待したい。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員