キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2013年5月21日(火)
[ 日米関係 ]
先週は、日米韓・日米中韓のトラック2会議のために、NYに行っていた。1974年に、ハンス・モーゲンソー(大学で国際政治を学んだ人なら必ず彼の著作「国際政治―権力と平和(Politics Among Nations)」を読んだことがあるはずの、国際政治学の中でのリアリズム(現実主義)の大家である)博士ら数名が設立したNational Committee on American Foreign Policy (NCAFP)が主催者の会議だった。日本からの参加者としては、NYの総領事館や国連代表部からも出席していたし、政府の諮問委員会に常連となっている先生方がいらしていた。韓国からも外務省で政策企画部などの重要な部署で勤務した経験のある研究者が顔を揃えており、米国からもトラック2会議にお馴染みのアジア安全保障の専門家ほか駐韓国米大使経験者や、現役の国務省の人間も参加、さらに中国からも、国際会議にはお馴染みの高名な研究者が出席している、というトラック2の出席者としてはかなり豪華な顔ぶれだった。
ただ、20名以上いる出席者の中で、メインの参加者としてテーブルに座っている女性は私を含めてたった二人、しかも、自分が最も若い参加者である可能性が濃厚であるばかりでなく、自分は日本側メンバーなのか、米側メンバーなのかよくわからない状況の中、少し肩身の狭い思いをしながら参加してきた。
実は、この会議には今年で二回目の参加になる。昨年の会議では、歴史認識問題を巡って日韓の出席者が厳しく対立して議論が紛糾、韓国からの参加者が会議後のレセプションをすべてボイコットしたほど雰囲気が悪かった。今年は出席者が昨年に比べると冷静な人達だったのか、そこまで議論が感情的に紛糾することはなかったが、日本の外交・安全保障が大きなハンディキャップを抱え込んでしまったことを改めて感じる機会となった。
中国や韓国に「日本の右傾化」について袋叩きに近い状態になるのは、覚悟していた。しかし、今回の会議の後、最も心配になったのは、米国のいわゆる知日派といわれる人々の間でさえ、安倍政権、ひいては安倍総理に関する認識が「超国家主義者」「右翼」でほぼ固定してしまった感があることだ。
アメリカ人参加者の中には、安倍政権発足当初、安倍総理に対する懸念に対して「安倍は戦略的にプラグマティックに動くから大丈夫だ」と熱心に説明していた人が多かった。だが、今の彼らの間には「もう安倍のやることを弁護できない」という雰囲気が明らかに漂っており、会議の中で提起された安倍政権の右傾化への懸念に対して反論を試みたアメリカ人はいなかった。薄々感じてはいたが、先月の4閣僚を含む国会議員168人の靖国神社参拝に始まる一連の歴史認識問題をめぐる一部の現政権および自民党幹部の言動が政権発足当初は確実に存在した「安倍応援団」に冷や水を浴びせてしまったことを実感した。
また、会議の議論を聞いていて改めて感じたのは、そもそも米国とのボタンの掛け違いは、政権発足当初から始まっていたのだろうということだ。安倍政権は、自分たちの政権は、米側に歓迎されているはずだと思っていただろう。民主党政権の3年半に日米同盟はズタズタになった、自分たちの政権は、日米同盟間の信頼回復を全面に出している、米国はこれを喜ぶはずだ、という思考で動いていたのではないだろうか。しかし、少なくともワシントンでは、安倍政権に対する見方は、政権発足当初から歓迎一色ではなかった。どちらかといえば、前回の安倍政権の時に慰安婦問題などで日本と中国、韓国の関係が悪くなり、米国からも批判の声が上がった経緯は、いまだにワシントンのアジア専門家の間では記憶に残っており、安倍政権が長期政権になることにより日本の政治が安定することを期待する一方で、安倍政権が歴史認識問題で中韓と摩擦を起こすのではないかと懸念する声は米国内で存在していた。確かに、「野田政権の時に、日米関係はほぼ正常化していた。安倍政権が「日米同盟の信頼回復」を声高に唱えるのはちょっと違和感がある」という声は以前から存在した。はっきり言ってしまえば、ワシントンの安倍政権を見る目は当初からかなり冷めていたのだ。
ワシントンのそんな冷めた視線は、2月の安倍総理訪米で少し暖かくなった。さらに、TPP参加表明があったことで、安倍政権の評価は「リスクをとって大きな決断ができる政権」に転換を始めた。尖閣諸島をめぐる日中の摩擦でも、「中国が明らかに過剰反応している。安倍政権は中国の挑発に乗らずによく持ちこたえている」というプラスの評価が大きくなっていった。そんな状況が4月後半以降の歴史認識問題を巡る発言で大きくマイナスの方向に変わってしまっているのが現在の状態と言ってよいだろう。安倍総理自身や菅官房長官による発言の修正も「遅きに失した」とみているアメリカ人参加者が多かったのには改めて愕然とさせられた。
日本にとって悩ましいのは、米側の安倍政権の評価が「右傾化政権」に本当に落ち着いてしまったのであれば、集団的自衛権の解釈変更、日米防衛協力指針(ガイドライン)の見直し、など、本来、日米同盟を資するはずの事柄について、米国がもろ手を挙げて歓迎を表明しづらくなってしまうということだ。さらに問題なのは、米国内での「安倍政権」と「それ以外の問題発言をする政治家」の区別が全くついていない現在の状態である。つまり、政権に何ら影響力を持たない橋下徹・大阪市長の発言も「日本の急速な右傾化」を裏付けるものとして4月後半の一連の動きとリンクされ、大々的に報じられてしまっているのが現実なのだ。
そうはいっても、アメリカは、日本でこれ以上短命政権が続くことは決して望んでいない。その意味で「安倍政権には成功してほしい。安定した政権を築いてほしい」という気持ちは持っている。しかし、「安倍政権がこれ以上、歴史認識問題で中国や韓国を刺激することは、米国の国益を資さない」という声が大きくなってきているのも現実だ。首脳レベルでの個人的関係は、こういう微妙な状況の時に、2国間関係を救うのだが、かつての小泉総理とブッシュ大統領の間に存在したような強い絆は、残念ながら現在のオバマ大統領と安倍総理の間には存在しない。
しかも、会議の最中に「飯島総理補佐官訪朝」の一報が飛び込んで来たのだが、これに対して国務省からの参加者は不快感を隠さなかった。タイミングの悪いことに、今回の訪朝は、韓国の朴大統領が訪米時に北朝鮮情勢について米韓のイニシアチブを全面的に打ち出そうとした中、「日米韓の団結」をオバマ大統領が強く主張して、日本に対する配慮を見せた直後だ。本当に米側に何の事前通告もないまま、今回の訪朝が行われたのだとしたら、日本は北朝鮮問題においてもオバマ政権のメンツを潰したことになる。拉致問題の解決と北朝鮮に対する非核化に向けた働きかけの間でどのようにバランスをとって政策を運営するか、日本にとって難しいかじ取りが迫られる中、米国からの日本の立場に対する全面的な支援は重要だ。拙速な訪朝でこの問題においても米国の支援を得にくい状態になってしまったとすれば、本末転倒というほかはない。
このようなボタンの掛け違えがこれ以上続かないことを祈りつつ、NYを後にした。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員