外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2013年2月8日(金)

安倍総理訪米を見るワシントンの冷めた視線

[ 日米関係 ]


 2月第3週に安倍総理が訪米する。訪米まで2週間を切るかどうかというこの時期、通常であれば、ワシントン市内の各シンクタンクで総理訪米・日米首脳会談をにらんで「どのようなアジェンダが議論に上るか」「期待できる成果は何か」などについて識者が議論する講演会・討論会が数か所で開催されてもおかしくない時期だ。
 しかし、今回、そのようなイベントが開催される兆候は見られない。それなら今から、訪米直後に「日米首脳会談の評価」のようなテーマでパネル・ディスカッションを企画しようと思い立ち、仲よくしている米政府関係者に相談してみた。そこで返ってきた返事は、思いもよらないものだった。「アイデアとしてはいいと思うんだけど、訪米がどんな感じになるかがまだ見えてこないようだから、もう少し話を具体化するのは待った方がいいんじゃないかな」。
 訪米がどんな感じになるかわからない?2週間前で?
 首脳会談が行われる場合、そこで何をどのように話し合い、事後にどのように成果として発表するか、という細かい話をワーキング・レベルで詰めるため、かなり早い段階で「何が議論されるか」ぐらいは分かる。特に、首脳会談で議論される内容に対する期待が高い場合は、米国ではメディアに対するバックグラウンドブリーフのような形で政府側から積極的に情報発信が行われる。今回、それがないばかりか、事後の「会談の評価」のような、会談の成果をPRする非常に良いチャンスになるような企画まで「ちょっと様子を見た方が・・」というのか、明らかに変だ。いろいろ話を聞きまわってみると、どうも米国側は、日本側がなぜ早い時期の日米首脳会談を急ぐのか、図りかねているような印象を受ける。
 つまり、こういうことらしい。現在、オバマ大統領は国内アジェンダで頭の中はいっぱいだ。コネチカット州の小学校で児童が数十人犠牲になるという痛ましい結果になった銃乱射事件を契機にこれまでになく盛り上がっている銃規制に関する法案をどのように成立させるか、移民制度改革にどのような道筋をつけられるか、そして、何よりも、2月末までに財政再建案について議会と政府の間で合意が成立しない場合に発動されてしまう政府予算一律10%カット―いずれも、第二期政権があっというまにレイム・ダック化するか否かがかかっているといっても過言ではない重要問題ばかりだ。それだけではない。実は、昨年から続いている財政再建策をめぐるゴタゴタの結果、2013年度(2012年10~13年9月)の政府予算がまだ成立しておらず、現在、継続決議という立法措置により、かろうじて政府予算を2012年度水準で支出している状態なのだが、それの期限が3月27日に迫っている。つまり、「米政府の赤字を削減するために合意を目指す」と選挙戦で訴えて当選したオバマ大統領にとっての正念場がすぐそこまで来ている状態なのだ。そもそも、外交に避ける時間とエネルギーが、極めて限られているのが今のオバマ大統領なのである。
 しかも、その外交問題でも、イラン―シリア間の緊張の高まり、在トルコ米大使館爆破テロ事件と、「アジア太平洋への再配置」が発表された当時から懸念されていたとおり、中東情勢が再び不穏な状況になってきている。それだけではない。アジアでも、北朝鮮が年末にミサイル実験を強行して、米国にとって直接の安全保障上の脅威となる大陸間弾道ミサイルの開発が進んでいることがはっきりと判ったばかりでなく、二度目の核実験に踏み切るかどうかの状態になっているなど、頭の痛い課題が山積みになっている。
 このような状況で首脳会談を日本が求める場合、その調整の役割を担う政府内の日本担当部局はホワイトハウスに対して「オバマ大統領は、安倍総理に会うために時間を作る価値があります」と言うための材料が必要になる。いわゆる「おみやげ」である。これがほとんどない状態でホワイトハウスと日程を調整するというのは、ただでさえ事務方にとって難しい作業だ。まして、歴代の大統領の中でもプラグマティックなことで知られるオバマ大統領である。「彼に会うことに一体、どれだけの意味があるのか」という真面目な質問にそれなりの根拠を示しつつ、「これだけの意味があります」と言えなければならないのだ。
 どうやら、日米首脳会談を控えた今の時期の米側の静けさは、日本側からのこの「おみやげ」が何になるかがよくわからない、つまり「安倍総理が今の時期にオバマ大統領に会って何がしたいのかよくわからない」ということに起因しているようだ。
 考えてみれば、オバマ大統領が就任してからの4年間(正確にはその前から)、日本では毎年総理が交代した。「はじめまして」と会った日本の総理が、次の日米首脳会談では違う人になっていた、ということがずっと続いている。そして米側は、新しい総理が就任するたびに、日米首脳会談で「TPPについて何らかの決断ができるように頑張る」「普天間基地移設を勧めるために努力する」という趣旨の発言を、これらの問題に一切進展が見られない中で聞かされ続けてきている。「重要な懸案事項に何の進展もないのに、Say helloのためだけに会うなら首脳会談なんてする意味がない」と米国が思っている可能性は十分にあるだろう。
 もちろん、尖閣諸島の領有権を巡る対立で中国側の対応がエスカレートしてきていること、北朝鮮情勢が緊迫してきていること、日米韓、日米豪、日米印などの枠組みを活用しながらアジア太平洋の安全保障環境の安定にどのようにかかわっていくか、など議論するべき問題はたくさんある。また、総理が1年で交代するのが日本との関係ではデフォルトになってしまっているオバマ大統領に対して「自分は安定政権を作るべくこういう努力をしている。夏の参院選までは動きにくい面があるが、夏、参院選で勝利して政権基盤が安定した暁には、こういう政策を打ち出していく」というビジョンを伝えることはそれなりに価値のあることだと思う。要は安倍総理がなぜ、今の時期に多少無理をしてもオバマ大統領に会いにワシントンに来るのか、そしてそれがアメリカにとっても意味があることなのか、を示せばよいのだ。
 しかし、とにかく、今のオバマ政権には余裕がない。新聞・テレビ・ラジオの関心はほぼ9割が経済・財政・銃規制・移民などの国内問題、残り1割が中東情勢だ。このような状況のオバマ大統領に「無理してでも日本の安倍総理と会談した甲斐があった」と思わせることが安倍総理はできるだろうか。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員