キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2013年2月1日(金)
[ 米国 ]
1月29日、米上院はジョン・ケリー上院議員が次期国務長官に就任する人事を賛成多数で可決した。31日にはチャック・ヘーゲル元上院議員の次期国防長官指名承認公聴会も開催される。国家安全保障担当大統領補佐官が現職のトム・ドニロン氏から交替するのではないかという噂は消えないし、アジア政策の専門家の間では、まだまだ、「NSCアジア上級部長は交替するのか」「キャンベル東アジア太平洋担当国務次官補の後任は」「リパートアジア担当国防次官補は留任するのか」など、当分、人事に関する噂話は続くのだが、一応、これで第二期オバマ政権の外交・安全保障政策の「顔」となる国務長官と国防長官は顔ぶれが揃うことになる。
ケリー国務長官とヘーゲル国防長官の二つの人事について同僚と話をする機会があった。外交・安全保障関連予算プロセスの専門家で、政府で勤務したこともあり、教え子の多くが卒業後、連邦議員の立法補佐官として実際に連邦議会で予算作成に関与している彼に、この人事が発表されたときから疑問に思っていたことを聞いてみた。「ケリーはともかく、なんで国防長官がヘーゲルなの?」
少々、背景を説明したい。アメリカの閣僚・政府主要幹部人事はその大部分が「お友達人事」か「論功行賞人事」であることは意外と知られていない。閣僚ポストをはじめ主要な政権でのポジションに指名される可能性が高いのは(1)大統領・副大統領と個人的なつながりが強い、(2)選挙で(資金集めなど)多大な貢献をした、のいずれかのグループに属する人である。日本でも馴染みがあるところでは、オバマ政権では、民主党の主だった外交政策専門家が予備選ではクリントン陣営に名を連ねていたころからオバマ大統領と行動を共にしていたスーザン・ライス国連大使が(1)の典型的な例、大票田のカリフォルニアで資金集めなどに多大な貢献をしたジョン・ルース駐日大使は(2)の好例だ。第一期目の前半にブッシュ政権時代から留任して国防長官を務めたロバートゲーツ氏という例外はあるが、これは彼がもともとCIA出身で、たまたまブッシュ政権時に国防長官にはなったが、あまり政治色が強くなかったこと、共和党政権時代の閣僚を留任させることで、「国防問題には超党派で取り組む」というメッセージが出せたこと、など、オバマ大統領を政治的に資する人事であればこそ可能になった人事で、例外中の例外である。
この視点から見ると、ジョン・ケリー次期国務長官は、昨年の選挙期間中、ロムニー氏との大統領候補者討論会の準備の際に、ロムニー役を何度も務めたことがきっかけで、オバマ大統領との個人的な関係が強くなったことが、指名への決め手となったと言われている。次期国務長官人事については、スーザン・ライス国連大使を次期国務長官に指名しようとしたところ、共和党議員からの猛反発を招き、まだ正式に指名されていないライス大使が、ワシントン・ポスト紙に「私は国務長官に指名されることを辞退した」と論説を寄稿するという異常事態が発生するという苦い経験をしたオバマ大統領にとって、国務長官人事を主管し、指名承認公聴会を開催元である上院外交委員会の委員を長く務め、2009年以降は委員長となっていたケリー氏は、上院による指名承認プロセスでトラブルが起きる可能性がきわめて低い、という点からも納得できる人選であった。
これに対してヘーゲル元上院議員の国防長官指名は非常に意外だった。そもそも、ヘーゲル氏の名前が次期国防長官として浮上したのは、オバマ大統領による指名発表の数日前のことで、それまでの下馬評では全く名前が挙がっていなかった。また、共和党議員である同氏がオバマ大統領と特に個人的に親しかったという話は聞かない。共和党出身だから昨年の選挙でオバマ大統領再選に貢献したわけでもない。「超党派のイメージを狙った」とは言っても、上院議員時代には一匹狼として独自路線を歩み、イラク戦争に反対し、イラン政策についても「もっと外交的に関与すべきだ」とブッシュ政権とは一線を画した立場をとり続けたことから共和党議員の彼に対する反発は強く、彼を指名することで共和党との関係改善の一助となるとはとても思えない。さらに、上院議員在職中に反ユダヤ色の強い発言をした経緯もあることから、民主党の親ユダヤ・親イスラエル議員までがこの人選に疑問を呈していた。つまり、指名承認までの道のりが困難になることが最初から分かっていた人事なのだ。
何より私が不思議に思ったのは、身内である民主党からも、指名の是非を疑問視する声が出ているというのに、オバマ大統領が指名を撤回しなかったという事実である。自分の側近中の側近だったライス国連大使の国務長官人事ですら、最終的には共和党と対立することを避けたオバマ大統領である。確かに、ベトナム戦争での従軍経験は立派だが、それだけではとても、「なぜ、国防長官にヘーゲルなのか」がわからなかったのだ。
同僚からは、全く予期しない答えが返ってきた。「今回の人事は『ジョー・バイデンの仲間たち』人事」なのだという。言われてみれば確かにそうで、ケリー次期国務長官は、2009年に副大統領に就任するまで上院外交委員会委員長を務めていたバイデン副大統領の下で同委員会の筆頭幹事を務めていたし、ヘーゲル元上院議員も、上院外交委員会でバイデン副大統領と「戦友」だった。彼に言わせれば、バイデン副大統領にとってはオバマ大統領ですら「外交委員会に配属された一回生議員だったオバマ大統領に、外交について教えたのは俺だ」ということらしい。しかも、国家安全保障大統領補佐官であるトム・ドニロン氏を次席補佐官として支えるアンソニー・ブリンケン氏は、バイデン副大統領が上院外交委員長だったとき、民主党側の委員会スタッフ事務局長である。
第二期オバマ政権の外交・安保人事が「バイデン副大統領のお友達人事」だったとは・・・これから先の中堅幹部人事を見る視点がまた一つ増えた。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員