キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2012年1月8日(日)
[ 日本の防衛政策 ]
昨年20日、防衛省は航空自衛隊のF4戦闘機の後継機取得のための次期戦闘機プログラム(F-X)にロッキード・マーチン社のF35を選定した旨、発表しました。F35は、F-Xプログラムの候補機の中で唯一、いわゆる「第5世代」と言われる飛行機で、同じように候補機として名乗りを上げていたボーイング社のF-18,BAEシステムス社のユーロファイターと比べてステルス性能が優れているというのが一般的な評価で、中国が同じく第5世代の戦闘機の開発・配備を急ピッチで進める中、今回の「本命」であると言われ続けてきました。F35の最大の弱点は候補機であった3機種の中で唯一、まだ実戦配備されていない戦闘機であるということで、防衛省が求めているように2016年までに第一号機を納入することができるのかどうかが最大の懸念材料となっていました。
この、「F35が防衛省が求める2016年の納期に間に合うのか」という不安を一層掻き立てられる記事が年末のワシントン・ポスト紙に載っていました。12月27日付けのワシントン・ポスト紙に掲載されていた、ウォルター・ピンカスというベテラン記者による「F-35 production troubling sample of Pentagon spending」という記事です。この記事は通常の内政や外交ニュースではなく、連邦政府の注目される動向についてのトピック記事が載る「Federal Page」という欄に載っており、半ページを独占するかなり大きなものです。
「フォートワースのロッキード・マーチン社では現在、56機のF35ライトニングIIが最終組立に入っている。しかし、米国の戦闘爆撃機史上、最先端のこの航空機は試験の20%程度しか終わっておらず、各機とも、おそらく、数百万ドルの修理費が必要になるだろう」というなんとも不吉な書き出しで始まるこの記事の中では
(1) F-35は現在進行中の米国の兵器システムプログラムの中で最も費用がかさんでいる(現時点で総額3850億ドル、今後1機あたりの単価はさらに上昇する可能性大)
(2) 既に組立が終了している15機もまだ軍には納入されていない
(3) F35の戦闘能力の大半を担うソフトウエアが実際にF35ライトニングIIに導入されるのは最も早くて2015年6月
(4) 12月上旬にAOLのインタビューでF-35プログラムの責任者であるベントレット中将は「(F35開発の)ペースを遅延させることを勧告した」旨発言
(5) 12月15日にマケイン上院議員はF-35開発プログラムを「滅茶苦茶(mess)」と上院本会議での発言の中で批判
(6) 会計検査院(GAO)の報告書では、現在から2016年1月までの間にF-35にはさらに1万箇所以上のデザインなどの変更があると予測
と、F35の開発のさらなる遅れの可能性と価格の上昇を感じさせる事実を列挙しています。これに加えて、現在米空軍が運用するF22が開発開始当初の1986年には750機の調達が予定されていたものの、2006年には予定調達機数がその約半数の381機にまで削減、さらに開発コストのかさみ過ぎや予算の制約を理由に、最終的には187機しか調達されなかったことを引き合いに出し、開発当初、空・海軍及び海兵隊が保有する戦闘爆撃機の後継機として3000機の調達が予定されていたF35も同じような命運をたどる可能性が十分にあることを指摘し、「いまからF35の調達機数を抑え、代わりに2031年の安全保障環境にいかなる技術が必要とされるかを考慮しながら新たな技術を検討するべきだ」と結論付けているのです。
防衛省の一川大臣はF35の開発の遅れについて12月20日の記者会見で尋ねられ、納入期限については守られるという確約を得ている、と答えています。しかし、万が一納入が遅れた場合、F4の延命がこれ以上できない現状では、日本の防空体制に穴が開くリスクが高まります。また、さらなる開発の遅れが確実になったことで、オーストラリアは既に、短期的な国防上のニーズを満たすために、F35の完成を待たずにF18を導入することを決めていますが、当初F35の購入を予定していた他国が今後、オーストラリアと同様の措置を取る可能性はゼロではありません。米国でも、空前の財政赤字を抱えている現状を踏まえると、国防省がF35の調達機数の削減を余儀なくされる可能性も否定できません。例えば財政赤字削減に取り組むための勧告を行うために組織された超党派の諮問委員会「財政上の責任と改革に関する全米委員会(National Commission on Fiscal Responsibility and Reform)」は、2010年11月に公表した最終報告書案の中で「国防省はその保有する航空機全てがステルス機である必要はない」という理由で空軍と海軍の調達機数を半減し残りをF16乃至F18でそれぞれ代用、さらに海兵隊用のF35については開発中止を勧告しています。
このように不安材料の多いF35ですが,これだけのリスクを負っても、F35という最新鋭機の調達を「今」決めたい、というのが航空自衛隊、そして防衛省の判断だったということでしょう。日本の防衛のためにも、今、ささやかれている懸念が杞憂に終ることを願わずにはいられません。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員