キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2011年11月18日(金)
[ 2011年DC道場 ]
早いもので、米国下院議員事務所におけるフェロー活動も、残すところ今日を含めてあと二日となってしまった。そんなわけで、事務所の皆さんが送別会をして下さることになった。当事務所には毎年何人もフェローが来ており、その国籍も様々である。驚くことに多忙なはずのうちの先生は、必ず一人一人のフェローと昼食を共にする機会を一回作って下さる。そこで、各人がどういう人間であり、DCで何をしたいのか、そのために事務所が何を手伝えるか、といったことについて話し合う。常に笑顔を絶やさずに、人間関係、特に多様性への理解や心の大切さということに重点を置いて自らのスタッフ教育を行い、しかし政敵には敢然と立ち向かうタフガイ振りを示すこの先生は、古き良き時代のアメリカとはこうであったのかと思わせて下さるお方である。フェローの送別会は、大抵木曜日の午後に事務所で行われる。それは、先生が木曜の晩には地元に帰ってしまうためである。
議会終盤の慌ただしい中、スタッフも皆時間を合わせてくれた。首席補佐官(バリバリのキャリアウーマンであり、尚且つ気遣いの細やかな人である)お手製のチョコレートケーキを頂きながら(これがなかなか美味しいのである)、この2か月の間に見聞きしたこと、感じたことを話し合った。日米の政治形態の違いや、実際に現場に立ってみて初めて感じ取れることなどについて話すと、皆日本の政治システムについてはよく知らないので、面白がっていた。大統領制と議院内閣制の違いについては自分も詳細は分かっていなかったが、実際に見聞きすると米国は予想以上に三権分立が確立している。他方、日本の政治に関して彼らが知っているのは、最近総理大臣がよく変わる(安倍政権から野田政権までの間に計6人)ということぐらいだ。明らかに知日派の部類に入る先生の事務所にして、こういう状態であるということは、「日米同盟は日本外交の基軸である」と言っている割には、日本の政治家或いは議会関係者が米国議会に浸透していないことの証左であろう。米国の議会関係者からは、「日本の政治家は、国務省としか話をしようとしない。」という不満の声があるという話も聞く。日本の政治的風土の中で育まれた、最大与党が総理及び内閣をコントロールできるという状況を理解してもらうと、日本政府のリーダーシップの弱さも納得してもらえると思う(許容はしてもらえないだろうが)。
会議の為に途中で席を立つ先生が、自ら記念品を手渡して下さった。「東京に帰ったら使いなさい」とのことであるが、一つは連邦議会のロゴの入った革製のノートカバーと、もう一つはスタッフ全員からの寄せ書きであった。思いがけないプレゼントに不意を突かれてしまい、「サンキュー」と言うのが精いっぱいであった。中年のおっさんが瞳を潤ませていてもあまり美しくはないと思うが、しかしこういう攻撃には弱い。内輪だけの心のこもったセレモニーの中で、私は自分がつくづく幸せな人間であると思えた。彼らにとって、現時点で私を事務所に迎え入れることのメリットは無い(先生は、異文化圏の人々と交流すること自体、事務所スタッフに良い影響を与えると仰って下さる)。それどころか、私の方が一方的に「○○について教えて欲しい」とか、「△△に関する人を紹介して欲しい」とかお願いするばかりであった。皆が割と早口で談笑しているときには、全く会話に交わることが出来ずに余計な気を遣わせたとも思う。そんな私に、最後まで彼らは優しく接してくれた。「彼らの為に、何かお返しができるようなことをしたい」というのが、帰国後の目標の一つである。こういう小さな結びつきの積み重ねがあれば、例え日米関係の雲行きが怪しくなったとしても、情報交換のためのバックチャンネルを維持できる可能性が出てくるのではないかと思う。僅か二か月弱の滞在であったが、この経験を起点としてどのような活動に発展させられるか、それが日米双方でお世話になった方々にどのような形で還元できるのか、これからが大変だと気を引き締めた。チョコレートケーキを食べ過ぎて、一向にお腹は引き締まらないのだが。(了)
柄山直樹 PAC道場第2期生