外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2011年11月16日(水)

DC道場フェロー・レポート(下院編・11月15日)

[ 2011年DC道場 ]


 西側にポトマック川を湛える政治都市・ワシントンDCの街並みは、整然としていて非常に美しい。リンカーン記念館と国会議事堂を結ぶラインと、ホワイトハウスとジェファーソン記念館を結ぶラインが、ワシントン記念塔を中心に交差して巨大な十字架を形作っている。四六時中世界各国から要人が訪れる、正にアメリカ合衆国の顔として申し分のない美しさである。その美しさを保つ要因は幾つかあるが、先ずは高い建物が全く無い。最も高い建物でも12階建て程度のものしかなく、且つ幅広い道路が碁盤の目のように整備されているので、東京都心部の景観を見慣れた目からすると非常にすっきりとして見える。連邦議会の議事堂より高い建物を、建ててはいけないらしい。広大な土地を有する国ならではのこの種の鷹揚さは、狭い東京と比べると羨ましい限りだ。DCの景観を美しくするもう一つの要因としては、緑が多いことが挙げられる。緑の景観の中でも特徴的なものとして、Circleと呼ばれる文字通り円形の公園の様な場所がある。碁盤の目のような道路の他に斜めに走っている道路があるのだが、それらはこのCircleを起点としている。美味しいレストランが多く集まり、日本人にも人気のエリアとなっているDupont Circleという場所がある。この辺りのレストランで人と会う約束をし、もしその刻限より早く到着してしまった場合、Dupont Circle内に置かれた雰囲気の好いベンチで暫く時を過ごしたくなる。しかし、正に腰かけんとしたその瞬間に、はたと思い出した。ここは同性愛者が集まる場所だという噂を聞いたことがある。私はベンチで過ごす優雅なひとときを諦めて、少し早いが約束の店に向かった。

 やや早めに指定されたレストランに着き、腕時計に目をやった丁度その時に、待ち合わせていた彼が到着した。彼は、日本の某企業のワシントンDC駐在員である。活動の中心は、その企業が取扱う商品に関する連邦議会動向のモニタリングだ。当該委員会の様子などは後で上院・下院それぞれのサイトに動画がアップされるし、議事録もPDFで読める。その作業だけならば、極論すればネットに接続さえできれば、日本にいてもこなせる仕事かもしれない。しかし敢えてこのDCに事務所を構え、選りすぐった人員を配置しているのは、偏に人脈作りのためであろう。インテリジェンス活動においては、オープンソースで集めた情報の分析が作業の9割方を占めると言われる。しかし最後の決め手として、ヒューミントが重要視されている。企業活動においても情報活動というものは恐らく同じであり、入手可能な情報は山のようにあるが、その真贋を見極めてジグソーパズルの最後のピースを正しくはめ込むために必要なのは、良質な人間関係によってもたらされる良質なインテリジェンスである。

 良質な人間関係とは何かと問われて、一概にこうと言えるものではないが、互いに信頼できるかどうかが大事な要素であることは間違いない。信頼を勝ち取るにはどうすれば良いのかというと、これまた一概には言えない。だが基本姿勢として、誠を尽くすということは欠かせない。古来より「百術一誠に如かず」と言われる通り、如何に知識・技術において優れていようとも、一片の赤誠をも持たぬ人間は信頼されない。赤誠とは何から来るかと言えば、一つには魂の熱さとか情熱であると思う。情熱無くして、偉大な仕事などできるものではない。情熱を伴わない理性などというものは、真の理性ではなく、単に小賢しい理屈である。情熱のあるところには、志が生まれる。志とは自分の人生を如何にきちんと使い切るかという切実な思いであり、それは己の名声を高めたいとか、良い地位に就きたいとかいう野心とは根本から別物だと、私は思う。

 私と同世代に属するこのジャパニーズビジネスマン氏は、最近では東京の本社に対して「業務をきちんとこなせる人間よりも、人間としての付き合いを深めていきたいという熱い気持ちを持った奴を送ってくれ」と要請しているという。彼は、自分のようなビジネスマンがDCにいる意味とは、人間同士の付き合いを深め、ビジネスという観点のみからではなくて、広く国家社会という観点でものを考えることが大切であり、そのことが後々の自分の人生に強烈に効いてくるのではないか、という意識で日々を過ごしている。赴任する際に前任者からは「ビジネスマンという枠から外れて、ポトマックフィーバー(ワシントン熱)に罹ってこい」と言い渡されたという。ポトマックフィーバーとは、この世界最大の政治都市の空気を胸いっぱいに吸い込んで、極大的にでかい大局観でものを見よというような意味かと解釈したい。そう言えば、私がDCに発つ前に「ポトマックフィーバーに罹患してきて下さい」と仰って送り出して下さった方も、かつてDCに赴任して罹患した日本人ビジネスマンであった。外から日本を見つめ直してみること、私利私欲ではない本物の志を研ぎ澄ましてみること、大局観を養う努力をすること...、ポトマックフィーバーによるこれらの症状は、至誠を尽くす人間であればあるほど重症になるように思える。私の症状は、まだまだ軽い。この同世代の重症患者に負けないよう、精進していきたい。(了)


柄山直樹 PAC道場第2期生