キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2011年11月12日(土)
[ 2011年DC道場 ]
昨日の世界銀行支部での稽古によって、朝から筋肉痛がひどい。この痛みの具合からすると、明日の金曜日にも続きそうな感じがする。嫌でも年齢を感じざるを得ない。大学体育会の元主将も、随分と衰えたものである。しかし明日は、Veterans day という国民の祝日で下院議員の事務所もお休みなので助かる。まさに"TGIF"である。日本でベテランという言葉を用いる際は、「老練な」、「経験豊富な」といった意味で用いるのが一般的かと思うが、英語では先ずは「退役軍人・復員軍人」を意味する言葉である。勿論、日本と同じ意味合いで使う場合もある。第一次世界大戦において、ドイツが休戦協定に調印して公式に戦闘が終了した11月11日を、国民的祝日としている。元々は休戦記念日という名称だったものを、復員軍人を称える意味を持たせようという運動が起こって、1954年に今のような名称になったとのことである。米国社会では外交の一手段としての軍事というものが多くの国民に認知されており、軍人は、感謝・尊敬される対象なのである。キャリアの中でも、軍歴が結構ものを言う場合があるそうだ。こちらで知り合った上院議員のスタッフ(Legislative Director)も、しばらく事務所を離れて軍に入隊するという。これは、将来選挙に出るための布石だと周囲の人間は見ている。国のために命を懸ける覚悟を示すことが、政治家の資質の一つと目されていることは間違いない。そう言えば以前、ブッシュ元大統領(息子の方)は、徴兵制が布かれていたベトナム戦争当時に徴兵を忌避したことで、相当非難を受けていた。
米国の軍事活動は、全てその大義名分が「世界に民主主義を啓蒙する」、「民主主義を守るために、独裁国家やテロリストと戦う」ということになっている。だから国民も気持ちよく、米軍を支持できる。戦争を行う場合に大義名分が重要であることは、特に敗戦国である我々日本人は身に染みて知っている。それについては、話が尽きないのでこれ以上は述べない。さて、その正義の軍事大国・アメリカの大統領がオバマになってからは、撤退のための大義名分作りに注力しているように見える。イラクから米軍が撤退することになった大きな原因は、「イラク政府が駐留米軍兵士に対する不逮捕特権を、来年以降認めないこと」だと報道されている。しかし、オバマ政権は不逮捕特権を獲得するための努力をしてきたのだろうか?ブッシュ政権の時には、必死の交渉によって不逮捕特権を獲得していたが、オバマ政権ではこの問題に関する協議を夏以降に打ち切って、放置していた様である。ブッシュ政権は不逮捕特権についてイラクの内閣(マリキ首相は親米派と言われる)と交渉して認めさせたが、オバマ政権はさらにイラク議会(国粋主義者が多数を占める)の批准を求めて譲らないため、交渉が座礁に乗り上げてしまった。アメリカウォッチャーの中にはこの動きを、「オバマはイラク・アフガンからの撤退を実現するための大義名分として、わざと決裂するしかないような交渉をして意図的に失敗させ、戦争継続を主張する軍産複合体等に対しても大義名分が立つ形で撤退を目論んだ」と類推する向きもある。そうだとすれば、そこにはどういう意味があるのだろうか。
「オバマ政権のピラー(政策の柱)は、安全保障だよ。ブッシュ政権の時のNSC(国家安全保障会議)は100人程度の陣容だったが、オバマ政権では300人に増やしている。」そう教えてくれた、米国政治に通じた人物がいる。NSCを増強している一方で、軍事行動についてはイラク・アフガンからの撤退を進めている(アフガンからは、2014年に撤退予定)。イラクにおける米国のプレゼンスが低下すると、シーア派つながりでイランのプレゼンスが高まることが予想される。石油利権をがっちり押さえこめるイラン・イラクの連携が出来るとすると、中東のパワーバランスは劇的に変わるのではないか。イランが昔日のペルシア帝国の復活を考えるならば、中東から米国の存在を排除して、対立軸となる中露と接近するという方策を採ることも有り得るかもしれない。実際にこれまでも、米国が経済制裁を行うほどに中露との経済的交流は進む傾向にあり、制裁によって日本やヨーロッパの企業が撤退した後に中国企業が入ることが多く、中国とイランの貿易が3割ほど増えたという報道もあるようだ。イスラエルとしてはイランの台頭は身近に迫った危機であり、IAEAが9日に発表した報告書で再度イランの核問題について批判をするのも、イスラエルロビーが背後で動いているのかもしれない。因みに中露は今回の報告に基づく追加制裁に、反対らしい。
米軍のイラク撤退の余波はイスラエルにとってのみならず、日本にとっても大変な影響を及ぼす可能性があるのではないだろうか。中東における米国のプレゼンス低下は、先ず、石油の確保という点でよろしくない。そして、中国・ロシアとイランとの接近により、ユーラシアから中近東に跨る非米同盟が強力に成長するというシナリオを考えてみる。米国はこれから10年に亘って、インテリジェンス予算を二桁カットするという話がDCで囁かれている。インテリジェンス機能も軍事行動も縮小し、経済的には世界のマーケットであることを止めて売る方に回ろうとしている(韓国とのFTA、或いはTPP)。これから先、米国が内向きになっていくと想定した場合、最悪の場合は日米同盟破棄というシナリオもあり得るかもしれない。その時に日本は、どう立ち回るのだろうか。最悪を想定したシミュレーションも、しておく必要があるのではないか。オバマ政権がNSCを増強しているのは、軍事的な撤退をしつつもどうすれば米国の国益を保てるかということを、国防総省に対抗して考えるためのものと思われる。決して、日本をどうやって守ろうか考えるためではあるまい。日本が国益に適えば同盟を維持するし、逆ならば破棄も厭わないであろう。
リベラルで知られるブルッキングス研究所のアジア問題の専門家にインタビューをした際には、「米中のG2が国際政治を動かすという予想は、あまり現実的ではない。中国だって今の国際的な枠組みの中で利益を享受する方が良いのだから、覇権を求めるような行動が不利益になることは分かっている。大切なのは、米日の同盟を堅持して中国の方向を誤らせないようにすることだ。」という意見を頂戴した。その通りと言いたいところだが、それは米国が世界に展開してきたプレゼンスを保ち続けるという前提があっての話だ。中国の人民解放軍が北米大陸まで攻め込むことは無いと思うが(やっても勝てないだろう)、米国が太平洋におけるプレゼンスを縮小して防衛線を下げた場合、日本は危険に晒される。米国は軍事行動を起こすにしても、国内での議論や、世論との調整(大義名分作り)という民主的手続きが必要になるが、中国共産党には国内的に面倒な手続きは無い。大国の後ろ盾を無くした小国に対しては、即断即決で行動に出るだろう。そのような観点から、これから10年のアメリカの対中政策や対中東政策を睨みつつ、日本が何をなすべきか考えていかねばならない。(了)
柄山直樹 PAC道場第2期生