キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2011年11月8日(火)
[ 2011年DC道場 ]
前回に引き続いて、今回もロビイスト関連の話である。ワシントンDCにロビイストは数多いるが、中には日本人ロビイストとしてご活躍されている方もいる。先日お会いしたのは、25年以上ワシントンDCを拠点に活動している方で、JFKが上院議員時代に首席補佐官を務めていた人物(故人)が在籍していた有力ロビイング・ファームに勤務した後に自身のコンサルティング会社を立ち上げて、現在は国際機関や日米政府機関、グローバル企業のアドバイザー等として活躍中という方である。最近はヨーロッパ諸国にも、活動の場を広げているという。ホワイトハウスや連邦議会に多くのチャンネルを持つ、まごうことなきロビイストである。政治学の勉強をしているアメリカ人と知り合い、その彼がパートタイム的に働いている会社の代表者ということで紹介された次第だ。いろいろと話を伺うと、私がかつてIT関係のロビー活動に従事していたのと同じ時期に、この方も米国某大手企業の代理人として永田町で活躍されていたとのことで、いわば敵同士として戦っていたことが分かって大笑いであった。「縁は異なもの」である。
日本の企業は、なかなかロビー活動を効果的に行えないケースが多い。むしろ、競合他社から仕掛けられてターゲットとなってしまうことが、しばしば起こるという。例えば、2009年から2010年にかけてトヨタ製の自動車がブレーキ制御の問題で突如急加速を起こすという事故が発生し、販売台数より多い数のリコール対応を行うことになった事件。ご記憶されている方々も多いと思うが、米国議会で一斉にトヨタ叩きが始まり、新聞にはでかでかと掲載された豊田章男社長の顔写真の下に「Shame on you! (恥を知れ!)」という文字が躍り、同社長は米国の下院議員の公聴会に呼び出されるという騒ぎになった。結果としては、2010年の7月13日付のウォールストリートジャーナル紙(電子版)の報道等に見られるように、「米運輸省の道路交通安全局が問題となったトヨタ車に搭載されている事故データ記録機(EDR)を解析したところ、アクセルペダルによる加減速を調整する電子制御スロットルは全開でブレーキが使用されておらず、事実上ドライバーの運転ミスであることが分かった。クレームを訴える一部のドライバーは、ブレーキを急にかけようとして、誤ってアクセルペダルを踏み込んだことを意味している。」という事実が判明し、騒ぎは沈静化した。私がお会いした日本人ロビイスト氏の説明によれば、この騒ぎを煽っていたのは韓国ロビーであり、彼等は米国議会に対して凄まじい働きかけを行っていたという。トヨタに不利な証言をしてくれたり、厳しい追及をしてくれたりする人物に対しては韓国製自動車のプレゼントを行う等、それは徹底した攻勢だったそうだ。中国もロビイングには殊の外熱心であり、政府機関等ではトレーニーとしてワシントンDCのロビイング・ファームに人材を送り込み(勿論、給料は中国政府持ち)、ロビイストとしての訓練を施しているという。
トヨタ自動車のように、ロビー活動を仕掛けるどころか逆に仕掛けられてしまうケースがしばしば起きる要因としては、元々日本企業は情報活動に対する感度が鈍いからだという指摘もあるが、この日本人ロビイスト氏によれば原因は必ずしもそればかりではない。1980年代~1990年代前半の日米貿易摩擦が真っ盛りの頃に、やらずぶったくりの悪質なロビイストに大枚を巻き上げられた挙句に、何の成果も得られずにまんまと餌食になった苦い経験があったためでもあるという。それであればこそ猶更、これからの日本企業としては対象国の市場状況や規制・立法の動向、さらには競合他社動向等に関する「正確」な情報収集活動に注力し、その上で自社の戦略を策定しなければならない。戦略とは、如何に自分の得意な戦術を展開するかを考えることであり、展開しやすい環境づくりを考えることである。情報収集なくして戦略策定はできず、戦略策定なくして効果的な戦術展開はできず、効果的な戦術展開なくして勝利はない。我が国の陸軍士官学校で士官候補生の教育に用いられた「統帥綱領」には、「作戦指導の要は、卓越せる統帥と敏活なる機動とをもって、敵に対し常に主動の地位を占め、最も有利なる条件のもとに決戦を促し...」と記されている。主導の地位とは、敵に動かされることなくこちらが敵を動かせるポジションのことであり、これを確保できなければ敗戦は必至である。自分に有利な環境を整えることが、戦いに勝つために不可欠なのだ。また、孫氏の兵法に「爵禄百金を愛しんで敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。人の将に非ざるなり。主の佐に非ざるなり。勝の主に非ざるなり」とある。情報収集・分析活動は、どんな戦いでも最初に行うべきであり、且つ最も大事な活動であり、出費を惜しんでこれを行わないのは愚の骨頂だ。こうした先人の教えを顧みれば、ロビー活動の本当の意義も見えてくるであろう。決して、口利き・ブローカーに類するような活動を行うことではない。「そのような似非ロビイストと付き合ってはならない」という、ワシントンDCに根付いたこの逞しい日本人ロビイスト氏からの忠告には、多くの有意義な示唆が含まれている。(了)
柄山直樹 PAC道場第2期生