キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2011年11月5日(土)
[ 2011年DC道場 ]
本ブログでも度々、ロビー活動或いはロビイストについて言及している。そもそもロビー活動とは、政策や法案の策定に影響を及ぼすべくロビイストと呼ばれる交渉の専門家が、特定の議員や議会スタッフ、或いは政府関係者等に陳情活動をすることをいう。第18代合衆国大統領であるユリシーズ・グラントが、ホワイトハウス内での喫煙を妻によって禁止されたために、隣接するウィラードホテルのロビーで葉巻を楽しむようになったところ、そこに陳情をしようとする連中が大勢集まってきたことが語源になっているという説がある。同ホテルの創業は1850年であり、ペリーの浦賀来航の3年前になる。1860年には、日米修好通商条約の批准書を交換するため渡米した遣米使節団一行が宿泊した。現在の建物は1901年に建てられたもので、創業者であるウィラード家ではなくインターコンチネンタルの経営になっている。ロビイストが蠢いていた往時を偲ばんと、ロビーを見に行ったことがあるが、古き良き時代のアメリカとはこうであったのかと思われる重厚な作りであり、一見の価値があるのでDCに行かれた際には是非足を運んで頂きたい。
さて、日本ではなかなか馴染みのないロビイストなる存在であるが、先日開催された某団体のシンポジウムにおいて「Differences of Policy Formulation Processes in Japan and U.S. Parliaments: Roles of the Cabinet, Congressional Staff, Government Officials, Lobbyists, Parliamentarians, and Think Tanks (日米の議会における政策決定過程の違い: 内閣・議会のスタッフ、役人、ロビイスト、族議員、シンクタンクの役割)」というお題でのスピーチを聴く機会があり、その中で何故日本ではロビイストが存在しないのか、という点についての話があった。理由として挙げられていたのは、自民党の時代には族議員が官僚に政策立案を丸投げしており、そこに外部の第三者が参入する余地が無いから、とのことであった。確かに、族議員が自らロビイストのような機能を果たしているというケースはある。自民党政権では、議院内閣制の下で議会の最大与党である自民党が、行政の長たる内閣総理大臣及び内閣に対して強い影響力を持ち、党内政務調査会の各部会において所管の役所と事前審議を行うことで業界や利益団体との意見調整を図り、さらには国対を通じて野党の理解・協力を求め、これなら法案として通るというところまで仕上げてから国会にて審議が成されるというスタイルであった。所謂、根回しというやつである。自民党の部会は党所属の議員であれば誰でも参加できるし、たいていの場合はメディアの人間が傍聴することもできる。そして当該案件に関する有識者や業界代表から意見を貰いながら、各議員と官僚が平場にて議論を行うボトムアップ形式だ。これを以て自民党の政策決定過程はオープンであったという人もいるが、必ずしもそうではない。部会において影響力を持つ議員の考えによって、議論がかなりの程度左右されるので、行われている議論が単なるガス抜きでしかない場合もある。では、そこに外部のロビイストが介入する余地は本当に無いのだろうか?部会に影響力を持つ議員に対して強力なチャンネルを持つ人間、或いはそういう議員が頼りにしている官僚に対して強力なチャンネルを持つ人間であれば、ロビー活動を展開することは十分に可能である。自民党型族議員の存在を以て、「外部ロビイストが存在しない」と決めつけるのは早計であろう。但し、一部の人々が自画自賛するようなオープンなボトムアップ型ではなく、クローズドなボトムアップ型のシステムに棲息するロビイストであるが。
では、現政権の民主党はどうであろうか?政治主導を掲げ、官僚依存から脱却するということは、つまり政策決定過程をトップダウン型にするということである。トップダウンによる意思決定を行う場合に何より大事なことは、トップが非常に賢明且つ私心の無い人物であるという前提である。もしそうでない場合は、トップダウンは徒(いたずら)に権力を振り回して現場を混乱させるだけということになりかねない。故に、トップたる政治家に必要な業界情報や意見を届け、政策立案を助けるロビイスト、又は政治任用が重要になってくるのではないかと考える人々もいる。しかし、これまたそのロビイストなり政治任用職なりが、トップである政治家が恣意的に選んだ人物である場合は、政策決定がさらに歪む懸念は一層高まる。キャノングローバル戦略研究所の辰巳研究員による指摘にもある通り、政治任用が当たり前の米国(現在のオバマ政権では、3,000名以上いると言われる)であっても、政治任用職にある人々は実際の業務遂行に際しては官僚組織に依存しており、「政治主導だから政治任用を増やして官僚を排斥できる」という図式にはならない。ステークホルダーに理解・納得をしてもらうための努力としての根回し活動は、必ず必要になる。その意味では、現状は民主党政権での政策決定過程も決してうまくいっているとは言えず、東日本大震災ではその機能不全ぶりが露呈してしまった。現役の官僚に話を聞いても、民主党政権の指揮命令の混乱ぶりに困惑しているという声が多い。野田総理になってから、「政府の意思決定をする際に政調会長の了承を原則とする」と宣言し、マニフェストに明記していた「政策決定の政府一元化」の撤回を表明した。これまで批判してきた自民党型の政策決定を、民主党で取り入れようということである。政権に就いてからこの方、ころころとマニフェストを撤回し続ける有り様については、柔軟性ということにしてその是非は問わないでおく。問題は、果たして民主党がクローズドではないボトムアップ型の仕組みを作れるかどうかである。それによって、ロビイストや政治任用職の在り方も変わってくると思う。(了)
柄山直樹 PAC道場第2期生