外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2011年11月4日(金)

DC道場フェロー・レポート(下院編・11月3日)

[ 2011年DC道場 ]


 「米国の連邦議会には付属の議会図書館というのがある」と、いつぞやであったかこのブログに書いたことがある。この議会図書館は、蔵書数、予算額、職員数の全ての点において世界最大規模を誇るそうである。その設立は何と1800年というから、いかに米国が建国の歴史が浅いとはいえ、知的インフラの整備にかける米国人の強い思いには驚嘆する。1814年の米英戦争で蔵書を焼失したが、その後に第3代合衆国大統領を務めたトーマス・ジェファーソンの個人蔵書を買い上げて再開された。議事堂の東側に最高裁判所と隣り合ってそびえ立つ図書館のメインビルは、"トーマス・ジェファーソン"ビルと名付けられており、「独立宣言」起草の中心人物である故人の遺徳を偲ぶ、よすがとなっている。他に"マディソンビル"、"アダムスビル"という別館も隣接しており、規模としても世界最大だそうだ。

 ひょんなことから議会図書館で司書として働く方と知り合いになり、日本に関する歴史的に非常に貴重な文献を拝見させて頂くこととなった。驚くべきことに、世界最古の印刷物と言われる「百万塔陀羅尼」4種のうち、3つが保管されていた。これは天平年間に第48代の称徳天皇(第45代孝謙天皇の重祚)が、恵美押勝の乱(西暦764年)を平定した後に発願なされて、何と100万部の陀羅尼を銅版印刷によって作成し、それを木製の三重小塔に収めて法隆寺等の10の寺に配布されたという。議会図書館には、この木製の三重小塔も一緒に保管されている。続日本紀によれば、百万塔陀羅尼の完成は770年とのことである。何と我が日本は、15世紀半ばに活版印刷を発明したヨハネス・グーテンベルクを遡ること約700年前に銅版印刷を行っていたことになる。我らが先祖も、負けず劣らず知識欲は旺盛であったとみえる。その他にも、江戸期頃に手書きで作成された源氏物語の古写本(全54冊)や、「寶歌集」という狂歌を書き留めた本などを拝見した(狂歌は即興でやり取りする遊びなので、文字として残されているのは珍しいそうだ)。「寶歌集」の中には幾つか挿絵があり、そのうちの一つは葛飾北斎の筆によるものであるという。しかし、この絵に添えられた「元浦」という落款は、北斎の娘の葛飾辰女のものという説もある。このように、日本にいてもなかなかお目にかかれない貴重な代物が、ここには山のように保管されている。 

 最後に見せて頂いたのは、ワシントン海軍軍縮条約の記録を記した日本陸軍の資料であった。海軍の軍縮会議に陸軍からも出席して記録を取っていたということにも驚いたが、何と言ってもその行間から滲み出る日本の先人達の切迫感が堪らない。軍事力を背景にした植民地支配と、それに立脚する経済活動が当たり前であった19世紀~20世紀前半にかけて日本国民が抱いていた恐怖感は、平成の世に生きる我々には想像もつかない巨大なものであったであろう。欧米列強の圧迫を跳ね除けんとして、凡そ考えられないような努力で富国強兵の道を突き進み、日露戦争においては当時最大規模の軍隊を誇るロシアに辛勝(国際政治の思惑等、様々な要因はあれども)した。そして、ようやくどうにかやっていけるのではないかと思い始めたところで、1921~1922年(大正10~11年)のワシントン会議において、艦艇の保有比率に関して英:米:日:仏:伊がそれぞれ、5:5:3:1.75:1.75の割り当てとするという内容の条約を突き付けられたのである。海洋国家である日本が、艦船の保有についてこのような制限を強要されることは、軍事力を背景にした外交が当然とされていた当時にあっては死活問題であったと思う。打ち手を一つ間違えばたちまち欧米列強に飲み込まれるという状況にあって、どのような思いで日本代表団は交渉に臨んでいたのであろうか。このワシントン会議然り、日米開戦直前におけるハル国務長官と野村吉三郎駐米大使との交渉然り、ワシントンDCは我等の先祖達が断腸の思いで過ごした場所であることも、決して忘れてはならないと思った。

 因みにここ2~3年は、議会図書館のアジア部の予算の中では中国課が突出して伸びており、今や日本課の3倍の予算がついている。司書の方の説明では、中国は物価が安いので、予算は3倍でも購入する書籍・資料の数は日本関連のものの数十倍になるという。この一事を見ても、米国の関心が日本ではなく中国にあることは明らかである。本気で中国の研究を始めているのだ。今後の日米関係の展望、即ち国際政治の中での日本の浮沈については中国の存在がとても大きくなり、米中関係の行方を真剣に探らねば日本は打ち手を誤るであろう。我等が先祖の断腸の思いは、あの世でも続いているのではないかと思うと、平成の世に生きる一日本人としては申し訳ない気持ちになる。世界最古の銅版印刷を行い、大国ロシアを破った日本人の涙ぐましい勤勉さを、私達は持ち続けているだろうか。(了)


柄山直樹 PAC道場第2期生