外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2011年10月31日(月)

DC道場フェロー・レポート(下院編・10月28日)

[ 2011年DC道場 ]


 下院議員事務所に毎日通っているわけだが、いつも部屋に入る前にドアの前でほんの少し佇む。何故なら、部屋の前に約140人余りの顔写真が貼り出してあって、ある種の感慨に耽るからである。その人々とは当該議員の選挙区出身で、イラク戦争をはじめとする様々なオペレーションにて戦死された方々である。大体が若い人であり、中には女性も4名いらっしゃる。このように、自分の選挙区出身の戦没者を悼み称えるために、名前、顔写真、所属部隊を貼り出している事務所は、結構ある。国防総省の発表によれば、2011年10月28日現在でイラク戦争関連の戦死者は、米軍が4,485人となっており、2番目に多いイギリス軍の179名を遥かに上回っている。開戦当時の大統領であったブッシュは、「イラクによる大量破壊兵器保有」、「イラク国民の解放」、「テロ支援国家のイラクを民主化する」という大義名分を謳った。どの理由もそれぞれに様々な疑惑が指摘されており、どこまでが真実かは分からない。つまり、この戦争がブッシュ前大統領の言わんとする「民主主義を守るための聖戦」であったかどうかは、現段階でははっきりとは言えない可能性がある。

 しかしながら、このオペレーションに従事して命を落とされた方々を、無駄死に・犬死といって貶めるようなことをしてはならない。祖国がひとたび立ち上がるならば、そのために身命を賭すのが軍人の責務であり、その責務に忠実であった彼ら・彼女らは軍人として立派であった。責められるべきは、他にもっと高いレベルのところにいて前線に出てこない方々の中にいるであろう。先日アーリントン国立墓地を訪れたが、荘厳な雰囲気を感じる場所である。1864年に南北戦争の戦死者を葬るために設置され、無名戦士の墓が多い。また、ケネディ元大統領を初めとする著名な政治家や軍人の墓もあり、南北戦争から第1次世界大戦、第2次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争など数々の戦場に倒れた兵士がここに眠っている。米国の大統領は、年に4回献花を行うそうだ。公式に訪米する各国の元首や国防関連の閣僚などは、必ずここを詣でる。護衛兵の交代式で有名な「無名戦士の墓」にある建物の中には、様々な記念品が飾られており、日本の自衛隊幹部や政治家(確認できたのは、自民党のみ)から贈られたものもかなり多くある。このように、米国建国の歴史に携わった人々を祀ることから始まり、今では国のために献身的な働きをしたと認められる人物をあまねく祀っている。そういえば、我が国の靖国神社もその始まりは神社ではなく、欧米列強の植民地支配が進む国際情勢を憂いて国事に奔走し、そして斃れた幕末の志士達を祀る「招魂社」として建立されたのである。

 米国がこの国立墓地をかくも大切にしているのは、国に殉じた人を大切にしたいということと、そのことによって国民の愛国心や団結を確たるものにしたいという思いからである。家族や友人を愛し、故郷を愛し、その延長として国を愛し、そのために献身的な働きをすることは、尊いことである。そして、そうした優しく尊い精神を持った方々に感謝し、語り継ぐことは国民の務めであろう。その戦争が正しかったかどうか、これは歴史の審判を待たねばならず、さらには勝った方のプロパガンダに踊らされてもならず、その判断は常に難しい。しかし言えることは、戦争とは外交の失敗のツケを払わされた結果だということである。その意味では政治家も軍事に対する理解と、そのために命を捧げる一人一人の痛みを己の心に刻みつけるための不断の努力を重ね、己の命を削って職責を果たさねばならない。塩野七生さんはご自身のエッセイの中で、「軍人が一流の軍人であるためには、シビリアンとしても一流で通用する人間でなければならない。」という意味のことを仰っている。裏を返せば、「一流のシビリアンコントロールを行うためには、軍事に対する深い理解と責任感を持っていなければならない」ということになるのではないか。そのためには、軍事に素人であることを自慢するのはいけないし、国家のために殉じた方々をないがしろにしてはいけない。少なくとも、先に述べた米国の姿勢がこれまでの米国の強さの一つの要素であったことは間違いない。経済的に苦境にあり、近年の戦争の意義が疑問視され始めた中、こうした根本精神を失うまいという努力を続ける米国人達も、変わらずにいるのである。


(了)


柄山直樹 PAC道場第2期生