キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2011年10月29日(土)
[ 2011年DC道場 ]
今日の午前は、ブッシュ政権下でDeputy Assistant to Vice President Cheney for Domestic PolicyおよびActing Director of the Office of Domestic Policy, Office of the Vice Presidentを務めたAdo A. Machida(町田亜土)氏にお話を伺った。以下、その概要である。
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米国の政権内には3000人程度の政治任用者がいる。政治任用者の採用においては、大統領選挙後に立ち上がるTransition Team(TT)が重要な役割を果たす。TTは選挙の1週間後に立ち上げられ、①業務引継、②既存の政治プログラムの要否判定(選挙公約に照らして判断)、③ホワイトハウスのロジ回しなどを行いつつ、政治任用者の選定のための最初の調査作業(first vetting)を行う。TTは各省庁についてそれぞれ8~15人程度のチーム(選挙を手伝った人がヘッド)を作り、ファーストラウンドで50~100人程度の政治任用者を決定する。ここで選定基準となるのは、①専門上の適格性(qualification)と②政治的適格性である。政治任用者の多くが当該分野の専門家であるが、選挙の支援者や選挙資金の提供者なども多少選ばれる。なお、選定基準として良く用いられる用語に、①「Washington Post Laugh Test」と、②「SME(subject matter expertise)」がある。①は、「任用しても翌日の『ワシントン・ポスト』紙で笑いものにならないこと」という基準であり、最低ラインを示す。②は担当分野についての専門性のことで、これはより高い基準である。
政治任用者選定のプロセスで、まず用いられるのが前回の政権(共和党であればブッシュ政権)の担当者リストであり、これを中心に名前が挙げられ、就任の意思を確認したのちに、履歴書や面接(2~3回)による審査が行われる。この時、セキュリティ・クリアランスが問題となり、これがとれないと就任できない。特にホワイトハウスの仕事の場合は全員なんらかのセキュリティ・クリアランスを必要とする。但し、一般的な職責においてはそれほど難しくないし、セキュリティ・クリアランスが不必要な職責も多い。最終的には6~12カ月ですべてのポジションが埋まる。なお、政治任用者の在任期間は18~24カ月程度が平均的である。
自分の場合は、1992~95年にドール上院議員の補佐官を務めており、95~96年にはニューヨークでファンドレイジングを行い、96年春にワシントンDCに戻って経済政策のアドバイザーとして働いた。97年からは法律事務所で働いていた。その後、ブッシュ=チェイニー・チームを手伝った。その間、96年にドールが大統領選に出馬したが、この時、ラムズフェルドが選挙対策委員長であった。彼は一緒に仕事をした人の中から、「今後も再び一緒に仕事をしても良いと思う人」リストを作成するという習慣を持っている。このリストに自分の名前も載っていたため、ブッシュ政権から声がかかることになった。
政権発足後、2001年に社会保障、医療保険、経済政策などの担当官として就任を求められたが、これらの分野の仕事は学者的なものであり、政権を去った後のビジネスに結びつかないので断った。予算、歳出、通商、金融、証券、宇宙・環境技術などの分野であれば仕事をしても良いと言ったところ、2002年2月に「それでよい」と言われたので政権に入った。政権が自分を誘ってくれた理由としては、①大統領選挙でアドバイザーを務めていたことから、選挙・政治感覚を持っていると思われた、②共和党のリーダーのスタッフを務め、議会の経験がある、③政策的な専門性がある、④ビジネスのセンスと経験がある(ゴールドマンサックスでの勤務や、ハーバードビジネススクールでの修学)、⑤人的ネットワークがある、などがあったと思われる。なお、一般論としては、①議会経験者、②行政府経験者、③シンクタンク出身者、④ロビイストなどが政治任用の候補となる。
政策決定がどのように行われるかは、誰がチーフアドバイザーを務めるかによって大きく影響される。ロムニーの外交・安全保障チームには、ブッシュ政権下での担当者が多数含まれている。Vin Webber、Paul Wolfowitz、Cofer Black、Michael Chertoff, Eliot Cohen, Eric Adelmanなどの名前が挙がっている。Vin Webberがチーフアドバイザーになるのではないか。名前が挙がってる人のなかに自分の知り合いがいれば、政権に入りたい場合はその人に連絡すればよい。
ブッシュ政権ではアドバイザーたちがディベートして、最終的には大統領が判断していた。ブッシュ政権がすごかったのは、自分が反対していた政策でも、大統領が決断したらそれを実行するという規律があったことである。但し、最終判断が下るまでには激しいやり取りもある。但し、政策決定過程はしっかりしたストラクチャーを持っていた。
米国においても根回しは極めて重要である。スタッフレベルで「issue identification」というのをやるが、これは各省庁がどのような懸念事項を持っており、その理由は何かを明らかにし、これを解決するプロセスである。このプロセスを経て、政策がdeputy principals meetingに持ち込まれる。ここでは案件によってNECやNSCのdeputyが主管して政策決定を行う。これをクリアするとprincipals meetingに持ち込まれ、NSCアドバイザーや閣僚などが決定を行う。ここで、どの案件を大統領まで上げるかが決まる。
大統領まで上がる案件は、ホワイトハウスのウェストウィングで開かれるPOTUS(ポータス=米大統領)Policy Briefing Timeで議論されるが、この場では1度につき1案件のみが議論される。従って、場合によっては週に数回、会議が開かれることもある。通常、3つ程度のオプションが提示され、どれが良いかが議論され、政治的な考慮が必要な場合にはKarl Roveらも呼んで議論を行っていた。2002年にブッシュが鉄鋼製品の輸入関税を導入したとき、自分を含め皆これに反対していたが、ローブが国内政治的に必要と判断し、導入が決まった。そして、この場で決定がなされたのちは、関税導入に反対していた人物もTVで導入賛成の論陣を張っていた。これがブッシュ政権のやり方であった。
なお、ブッシュとチェイニーは木曜日のランチを共にする習慣になっていたが、この場で政策決定がなされたり、決定が変更されたりすることもあった。重要案件をPOTUS Policy Briefing Timeで議論するか木曜ランチで議論するかは副大統領が決めていた。木曜ランチの結果によって、金曜日の朝のDeputy Chief of Staffの会議で「予定が変わった」と政策の変更が発表されることもあった。
自分は民間の仕事より政権の仕事の方が楽しい。国のため、世のため人のために働くのは、やり甲斐がある。給料は良くないが、政権の外に出たあとも人的ネットワーク面で有利になるし、ホワイトハウスがどう動いているか知っているのはメリットである。もし、大統領が再選されれば、政権で働いた経験はさらに4年間有効期間が延びる。自分は2003年末に政権を去ったので、仕事も見つけやすかったし、ブッシュ再選後の4年間も好ましい立場にあった。また、現在も下院は共和党だし、共和党の支持率は高いので悪くない。逆に、政権の末期まで務めた人の中には、職探しで苦労している人もいる。
ロビイングには3つの種類がある。①仕方なくやるもの。これは危機管理的な目的で、企業や業界が自己防衛のためにやるものである。②コスト削減のためのもの。過去に苦い経験をした企業のなかには、ワシントンに事務所を開設するまではいかないが、問題の発生を予防するためにロビイングを利用することがある。③利益を上げるためのもの(profit venture)である。これは、2~5年程度かけて新しい法律の制定を図り、業界に利益をもたらそうとするものである。特に、規制の厳しい業種―エネルギーや交通など―が行うことが多い。
ロビイストに必要な要件は、①政策決定プロセスについての知識(タイミング、ニュアンス、誰がキーマンかなど)、②カギとなる政策決定者との人間関係、③専門知識である。しかし、実は③は必要なく、クライアントの企業が専門知識を持っているのでこれを活用すればよい。
日本企業は以前、議会などに叩かれて仕方なくロビイングを行った経験をもっているため、ロビイングに対して「苦い、ネガティブなイメージ」を持っており、ワシントンでうまくやっているとはいえない。日本企業の多くは、人脈ができたと思ったらローテーションで帰国させてしまうので、うまく行っていない。頻繁に担当者を代えるべきではないとアドバイスしているが、この慣行は変わらない。日本企業には「プレゼンスを維持し、常に情報をモニタリングする」という意識がない。危機になってはじめてカネを出して対応策をとるが、危機が去るとすぐやめてしまう。
また、ロビイング費用についての感覚も大きく異なる。日本企業は情報収集に価値を置いていない。日本では、通常、商社に情報収集を行わせて、契約の時にコミコミで経費を支払うため、情報にカネを出すという文化がない。通常、月々1.5~2.5万ドルが相場だが、日本の企業はかなり低い数字を提示してくる。
日本のシステムで政治任用が機能するのが難しいのは、終身雇用制なので転職するという意識がないところである。米国では、政府で働くときには、①会社を辞職し、②株なども売却しなければならない。しかし、そこまでして政府で働いて、2年後には職がないということであれば誰もやろうとしないであろう。むしろ、政府の人間が政府の外で働くのを促進した方がよいかも知れない。企業から政府に人材を派遣することも考えられるが、利害関係のある部署につけるのは不適切であろう。かといって、利害関係のない部署では本人の能力を活用できないであろう。
米国と本格的な関係を作るためには、米国内にアセットを持ち、色々な関係を持つことが重要である。米国政府や米国人は、「日米関係のためになる」という理由では動かない。「うちの企業はあなたの州で何千人、何万人の雇用を創出しています」という方が重要である。日米関係を考えるときには、それを米国人のレンズを通して、何が求められているかを理解することが重要である。
今後、日本が米国に売り込める分野としては、①国境の治安・取り締まりに用いることのできるID認証技術、②グリーン技術や新世代の原子力発電を中心とするエネルギー技術、③介護のノウハウなどがある。②については、米国と日本は世界のグリーン技術の70%を握っており、うち60%を日本が握っているとのことだ。また、③については、日本は人口動態に関して米国の20年先を走っているので、今後、米国には日本と同様の問題が発生してくる。
現在、日本は次期戦闘機の選定を進めているが、F-35をすぐ導入できないのであれば、つなぎのものとしてF-18ではなくユーロファイターを導入するが良いのではないか。自分が過去にBAEで働いていたからそう言っているのではなく、F-18よりもユーロファイターの方がF-35との相互運用性も高く、性能的にも日本の所要に合っていると思う。米国は最初は怒るかも知れないが、2~3カ月で平静を取り戻すであろう。なお、以前、日本はF-22を買いたがっていたが、F-22は攻撃用の兵器であるため、日本の政策には適合していなかった。何をしたいのかを考えてから何を買うのかを決めるべきである。(了)
道下徳成 政策研究大学院大学准教授・PAC道場第1期生