キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2011年10月27日(木)
[ 2011年DC道場 ]
この頃のワシントンDCの日の出は大体7時半頃で、当然起きたときにはまだ辺りは暗い。何だかとても早起きをして頑張っている気分になるが、至って普通に7時起床である。朝のテレビニュースでは、Occupy Wall Streetが燎原の火の如く広がっており、オークランドでは警官隊と衝突して催涙弾が飛び交う大騒ぎの様子を報じていた。先日ホワイトハウス近辺でOccupy DCというデモを一度だけ目撃したが、私が見たそれは凡そ120~130名位の行進であり、それ程のものではなかった。警備が厳しいだけに、他の都市に比べてなかなか運動も盛り上がらないのかもしれない。
今日は、日米同盟について考えさせられる機会が二度あった。先ず、フェローとしてお世話になっている某下院議員と昼食をご一緒させて頂いたのだが、日米関係の今後についての話が中心となった。議員曰く、「現在アメリカ合衆国にとって外交的に重要な国は、トルコ、ポーランド、日本の3つだと考えている。」とのことであった。「トルコは中東とヨーロッパの結節点であり、地政学的に重要である。ポーランドは最近国力が増してきており、これはロシアとドイツの間に位置する国として、どちら側により深くコミットするかというのが気になる。ソ連時代はワルシャワ条約機構の加盟国だったのだが、冷戦崩壊後にNATOの加盟国となっている。そして日本だが、太平洋における安全保障という観点からも大事だし、そしてやはり経済的には力のある国である。」
所謂知日派であるこの議員は、日本にも多く友人を持っており、この15年ほど互いに日米を行き来して交流を続けているという。80年代後半から90年代初頭の貿易摩擦の頃に比べると、一般国民の感情としても随分と日米両国の関係は良くなっていると感じるそうだ。安全保障に関しては、「これまでは、東洋人の君なら分かると思うが、儒教的思想にも通じる考え方で兄貴(米国)が弟(日本)を守る義務があるという考えでやってきた。日本も我々の傘の下にいれば安心だった。日本は今や経済的にも非常に力を持っており、兄弟の力の差は昔に比べて随分小さくなった。でも、やはり兄貴は弟を庇う。」という比喩で語ってくれた。言外に「日本も、もう少し負担をしてくれないか。」という意味があるとも取れる。日本の民主党政権については、「まあ、OJT(On the Job Training)の最中だよね。」と笑っていた。第二次世界大戦について話が及ぶと、「本当は広島・長崎に原爆を落とす必要なんて、どこにも無かったんだ。」と神妙な顔つきで仰っていたのが印象的であった。
またまた余談だが、今日の昼食は議事堂内の「The Members' Dining Room」というところで頂いた。議事堂の下院側1階に位置しており、下院議員の同伴が無ければここで食事をすることはできない。1834年、議会で長時間働く議員のために食事を提供したというのが始まりである。1850年代に議会が拡大したこともあり、1858年には当時の下院議長であったJames Orrの指示で「健全にリフレッシュする」という目的の下、議会の現在の部屋に設置された。非常に格式高い雰囲気で、一流レストランのようにレセプショニストが席まで誘導してくれる。ここは一見の価値があるので、もし下院議員に誘われたら絶対に断ってはいけない。味も非常に良い。因みに日本の国会議事堂にも、「議員食堂」がある。こちらもなかなか厳かな内装であるが、議員の同伴が無くても議会内の通行を許可された者であれば利用できる。
夕方からは、Sasakawa Peace Foundation(笹川平和財団のワシントン事務所)が主催するセミナーに参加した。本日のテーマは「Addressing Chinese Expansionism: Maritime Security in East Asia(中国の拡張政策について:東アジアにおける海上セキュリティの観点から)」であり、立命館アジア太平洋大学の佐藤洋一郎教授を講師にお迎えして行われた。日本人の出席者は私を含めて僅か2名、その他は皆アメリカ人である。勿論、全て英語で行われるので、なかなかしんどい。(1)海域での領土紛争については、やはり尖閣諸島を死守することが重要であり、これは大陸棚の論争にも大変な影響を及ぼす、(2)中国の最近の海軍力の増強は、日本のみならず東南アジア諸国にも脅威となっている、(3)日米同盟は今後も太平洋の安全保障にとって重要であり、米国は引き続き日本と協働でオペレーションをしてくれるであろう、(4)沖縄に米軍基地があるのは、現実的な解決策としては今のところそれが最も良いと思う。仮に普天間の問題がこじれたとしても、日本のあちこちに大事な米軍基地は存在し、その問題だけで米軍が日本からいなくなるという事態にはならないと思う。というような内容であった。日米問題に関心のある米国人が多く集まるので、こうしたセミナーに出て人々と挨拶するだけでも有益である。
野田総理は先に行われたオバマ大統領との会談で、「今回の東日本大震災への米国の支援によって、日米同盟が日本外交の基軸であるという信念が揺るぎないものになった」という内容の発言をしていた。「オペレーション・トモダチ」が無ければ、基軸であると考えるには至らなかったのであろうか?自衛官のご子息でいらっしゃるというが、戦後一貫して日本外交の背景には米軍の抑止力があったということは、認識しておられると思うのだが。前の前の総理は「学べば学ぶほど、米軍の抑止力の大切さが分かってきた」と仰った。元々は保守系の与党に在籍されていたと思うが、それまでの議員生活で安全保障については何もお考えではなかったのだろうか?前の総理は、2005年頃の持論として「普天間については、国外、少なくとも沖縄県外に移設」と発言されていたが、総理にご就任されてから「冷戦構造の崩壊等によって、国際情勢が変わったから」と、持論をあっさり引っ込めた。冷戦構造の崩壊は、1989年のベルリンの壁崩壊から数年の話であるが...。政権与党には、そろそろOJTも終わりにして、是非とも実力を発揮して頑張って頂きたいものである。アメリカの退潮と中国の台頭により、アジア太平洋地域において、国際政治の最重要変数であるバランス・オブ・パワーが変質しつつある。これから我が国益のために、どのような外交・安保政策を採るのか。幕末以来、激烈な国際競争の中での生き残りをかけて血の滲むような努力を重ねた先人達のように、21世紀を生きる我々も肚を据えていかねばならない。 (了)
柄山直樹 PAC道場第2期生