キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2011年10月24日(月)
[ 2011年DC道場 ]
今日はリセス最後のウィークデーということもあり、事務所スタッフも完全にリラックスしており、ジーンズで出てきている者もちらほら見受けられる。委員会も何も開かれていないので、ゆっくりとワシントンポストに目を通す。興味を引いた記事は、「Clinton warns Pakistan about havens for insurgents」というもので、木曜日にクリントン国務長官が直々にパキスタンに乗り込み、アフガンのテロ集団である「Haqquani network(ハッカニ)」のメンバーを保護したりせずに排除するよう警告をしたというのである。日本でも報道されているのでご存じの方も多いと思うが、この米国訪問団のメンツがなかなか凄い。クリントン国務長官を筆頭に、David H. Petraeus CIA長官、Martin Dempsey統合参謀本部議長、Douglas E. Luteホワイトハウス顧問(アフガン戦争担当)、Marc Grossman国務省特別代表(アフガニスタン・パキスタン担当)という、通常ではあり得ない布陣であった。記事によれば、ここまでの錚々たるメンバーを揃えたのは、これまでのオバマ政権の混迷した対応ぶりを払拭するという目的があり、アフガニスタンにおけるテロ活動が切迫したものであることや、その対策にはパキスタンの存在が非常に重要であるということを伝えたかったとのことである。米国が勇ましくパキスタンに太い釘を打ってきた、という論調だ。実態はどうなのか、他紙の情報などと突き合わせて考えてみたい。
9.11以降米国は、パキスタンをテロの拠点として非難する姿勢を強めており、先月もMike Mullen前統合参謀本部議長が、アフガニスタンの首都カブールにおける米国大使館襲撃事件に関して、「Haqquaniは、パキスタン軍統合情報局(ISI)の手先である」と発言して米国とパキスタンの関係が一層険悪になっていた。これまで米国は、パキスタンを非難すると同時に対テロの拠点として重要視するという二面外交を続けてきた。パキスタン領内の国境部族地域に根拠地を再建したアルカイダ、タリバンを掃討させるために、パキスタン軍に対する訓練、武器の供与などを拡大し、ここ数年は年額約20億ドルもの援助をしていた。さらに2009年からは、年額15億ドルの経済援助も行ってきた。ところが、最近の財政難も影響して、パキスタンへの経済援助を減らし始めている。そうした流れの中で、インドの経済紙が13日付で報じたところによると、パキスタンはインドへの最恵国待遇を付与することを決定した。カシミール紛争を抱えながらも、パキスタンは経済的な実利を重視した政策にシフトしている。同時にインドはインドで、10月4日にアフガニスタンと安全保障及び貿易に関して戦略的パートナーシップ協約を結んだ。
昨年の7月3日~5日にかけて、インドは首相特使を中国に派遣している。これは、中国とパキスタンの合同軍事演習中であったという。そして翌7月6日には、パキスタンのザルダリ大統領が中国を訪問している。昨年のこの一連の流れからは、中国が印パ両国間の調整に動いていることが想像できるのではないか。中国及び上海機構は、印パを取り込み、米軍撤退後のアフガニスタンを安定化させて影響下に置こうとしているという説を唱える人もいる。但し、中国のインド包囲網的な動きに対してインド側の反発も強く、インドはベトナムとの関係強化を図る等の動きを見せてもいる。
元々、パキスタンの諜報機関であるISIは、植民地支配をしていた英国の関与で設立され、80年代にはアフガニスタンにおける対ソ連軍対策として、MI6とCIAのバックアップでパキスタンやアフガニスタンのイスラム主義者を動員してゲリラ戦をやっていた。タリバンの背後にはISIがいると、ウィキリークスにも掲載されているらしい。その点を鑑みれば、米国がうまくISIを通じて事態をコントロールしそうにも思えるが、9.11以降はかつてのような状況ではないようだ。米国はパキスタンをテロに連なる者として対峙しており、先に挙げた前統合参謀本部議長の発言の他にも、Leon E. Panetta国防長官が「イスラマバードが行わないのであれば、アメリカはパキスタン領土で独自にハッカニをせん滅する用意がある」などの強硬発言があり、それらに続いて今回のクリントン国務長官ご一行の訪問である。しかしパキスタンはこれまでのように米国に頼らずとも、中国との関係を強化してさらにインドとも戦略的に手を結んでいく道を考えている。ロシアのプラウダによれば、2011年5月には、イスラマバードは自国領土内に中国海軍基地を提供する用意があるという情報もあったという。米国の戦略的権益地域であるペルシャ湾地域の近くに中国海軍が進出という事態が現実になれば、米国にとっては大変な脅威となるであろう。中東における米国のプレゼンスは、確実に低下しつつあるように見える。この低下が本当なのか、或いは遠大な計画に基づく撤退なのか、その見極めは難しい。常にargumentとcounter-argumentを戦わせて、己のargumentが正しいという結論にもってくるのが英米の思考法である。argumentの存在を確たるものにするために、counter-argumentの確立にもしっかり関与するのが米国流だ(二枚舌とかマッチポンプとか、いろいろ呼び方はある)。パキスタンのシェド・ユーセフ・ラザ・ギラニ首相は、「アメリカは、パキスタンとうまくやってはいけないが、さりとてパキスタンなしでも生きられない」と絶妙な言い回しを使った。因みに、今回の交渉は物別れに終わったという。 (了)
柄山直樹 PAC道場第2期生