キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2011年10月19日(水)
[ 2011年DC道場 ]
午後は、下院外交委員会のスタッフであるデニス・ハルピン(Dennis Halpin)氏に、仕事内容についてお話を伺うことができた。
外交委員会の任務は多岐にわたるが、なかでも重要なのは米国の外交政策に対する監督・調査(oversight and investigation)である。特に、大統領は民主党員、下院は共和党が多数を握るという「ねじれ」のもとでは、外交委員会が政府の政策に厳しい批判を浴びせることも少なくない。大統領の所属政党と上院の多数党が一致している場合には委員会は行政府の静かな支持者となりがちだが、現在はそうではないということである。
さて、それでは委員会のスタッフの仕事はどのようなものなのであろうか。
まず、外交委員会のスタッフ数は60人であり、うち共和党系が40人、民主党系が20人である。また、60人のうち20人程度は、7つある小委員会にそれぞれ3人ずつ割り当てられている。つまり、本委員会に約40人、小委員会に約20人という配分である。小委員会は、「監視・調査」「テロ、不拡散、貿易」という2つの機能小委員会と、5つの地域小委員会で構成されており、アジアに関するものは「アジア・太平洋小委員会」である。
次に、スタッフの具体的な仕事内容であるが、①委員会の開会の辞の起草、②書簡の作成(例えば、バイデン副大統領に対するものなど)、③外国の賓客に対する歓迎スピーチの起草、④法案の起草、⑤決議案の起草、⑥論点メモの作成、⑦来客対応(ロビイストや研究者など)、⑧国務省とのやり取り、などがある。
スタッフの仕事のなかでも、ロビイストへの対応は重要な位置づけとなる。アジアでは台湾と韓国がロビー活動に積極的であり、日本やフィリピンは普通、中国は低調なのだという。また、韓国のロビーについては、140万人程度の韓国系アメリカ人の存在も重要であるとのことだ。
韓国ロビーは極めて熱心であり、特に2007年に慰安婦問題についての非難決議が当初の予想を覆して下院で可決されたことで自信をもつようになり、その後、米国へのビザなし渡航認定や米韓FTAの締結などについても重要な役割を果たした。過日、李明博大統領が上下両院合同セッションでスピーチを行うことができたのも強力なロビーの賜物であるという。こうした努力の結果、韓国の大統領は、金泳三、金大中、李明博と、次々に議会で演説を行った。日本では小泉総理が議会演説を行う可能性はあったが、靖国問題で実現しなかった。
その他にも、インド系アメリカ人やフィリピン系アメリカ人も、母国に関係する問題が発生した場合には熱心に活動するという。マレーシアにおけるインド系住民の不当待遇問題についてはインド系アメリカ人が声を上げたし、米国統治下で軍人として勤務したフィリピン人の退役軍人の恩給が打ち切られたときにはフィリピン系アメリカ人が立ち上がった。最近では、南シナ海における中国の動きもフィリピン・ロビーの関心事になっているようである。
これに比べて日本ロビーの存在感は薄い。日本のロビー活動としては、①東シナ海の資源をめぐる問題についての議会におけるブリーフィング、②慰安婦決議の時の反対活動、③2010年の尖閣事案の時の議会への説明などが挙げられるという。最近では、藤崎大使が大震災への支援に対して、議会に感謝の意を伝えに来たという。しかし、一般的に日本からの声については、「We don't hear too often.」であるという。
こうした差の背景としては、台湾については「議会以外に台湾を代弁してくれる組織が存在しない」ということで分かりやすいが、韓国が熱心な理由は明確に説明するのは難しいとのことだ。「日系に比べて韓国系の方が移民してからの日が浅い」というのも一説ではあるが、やはり「文化的な違い」という説明に落ち着くようだ。ハルピン氏は、「自分が日本人だったら、もっと積極的にロビー活動を行うだろう」と語る。なぜなら、アメリカ人は「ダイレクトにメッセージを伝えてもらうと納得するから」なのだそうだ。アメリカ人は、韓国による激しいロビー活動に苛立つこともあるが、結局は韓国側の主張を受け入れるとのことである。
また、アメリカにはアジア系以外にも、ユダヤ系、ポーランド系、アイルランド系、ギリシャ系、アルメニア系など、活発にロビーを行っているグループは枚挙にいとまがない。血縁上の「母国」に対する支持を明確に打ち出している議員も多いが、これが悪いことであるとの認識はない。外交委員長のマンズーロ(Manzullo)議員はキューバ系アメリカ人だが、キューバ系も影響力がある。また、くだんの慰安婦決議は上院では通らなかったが、これは日系のイノウエ議員がいたからでもあった。つまり、ロビーは「やるのが普通」なのである。
最後に、ハルピン氏は日米関係における今後の課題として、①普天間問題、②北朝鮮政策についての政策協調、③対中政策についての政策協調、④TPPの締結、などが重要であると述べた。特に、議会の方に「日本には中国や韓国とのFTAを先に進める」との噂が伝わってきており、こういう状況は憂慮に値するとのことである。
ところで、去る9月に台湾の野党・民進党党首である蔡英文が下院を訪れたとき、イノウエ議員がわざわざ上院から彼女に会いに来たのだが、これには下院の皆が驚いたという。その理由の1つは高齢のイノウエ議員が杖をつきながら下院まで足を運んできたからであり、もう1つは、一般に「上院議員は上院の方が格上だと思っている」との認識があるためであったという。(了)
道下徳成 政策研究大学院大学准教授・PAC道場第1期生