キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2011年5月27日(金)
[ 米国 ]
5月22日深夜、オバマ大統領は6日間の欧州歴訪に出発しました。オバマ大統領はアイルランド、イギリスを訪問した後、フランスで開催されるG8首脳会談に出席、その後ポーランドを訪問して欧州外遊を締めくくります。特に、米国大統領として初めてウエストミンスター寺院内の英国議会での演説を予定しているイギリス訪問、そしてG8首脳会談に出席するフランスでは、今年7月に予定される米軍のアフガニスタン撤退開始後の米国のアフガニスタン政策についてオバマ大統領がどのような発言をするかが注目されています。
そのような背景があったからでしょうか、オバマ大統領は、欧州歴訪に出発する直前の5月19日、国務省で中東・北アフリカ政策に関する大きな演説を行いました。今回の演説は、オバマ・ビン・ラーデン殺害、中東・北アフリカ諸国で次々に起こる民主化運動など、めまぐるしく動く中東・北アフリカ情勢に対して、在任期間2年をきったオバマ政権がどのような方針で対応していくのかを明確に示したものです。とは言え、イラク・アフガニスタン情勢やビン・ラーデン殺害については冒頭で完結に触れられたのみで、演説の大半は中東・北アフリカ諸国で続く民主化に向けた動きに対するオバマ政権の対応と、イスラエル・パレスチナ紛争に対する米国の方針の明示に割かれました。
前者についてはこの演説の中でオバマ大統領は過去6ヶ月間にチュニジア、エジプト、シリア、バハレーン、リビア各国に広がりを見せる民主化運動を「歴史的な機会」と位置づけ①米国はこの地域の民衆に対する暴力に反対する、②米国は一連の普遍的権利(言論の自由、平和的集会の自由、宗教の自由、法の支配に基づく男女平等、国民が自らの指導者を選ぶ権利)を支持する、③米国は中東・北アフリカにおいて、普通の人々の正統な希望(aspiration)に応えることができるような政治・経済改革を支持する、という3つの原則を打ち出しました。
この演説が話題を呼んだのは後者、つまりイスラエル・パレスチナ紛争に関する大統領の発言です。イスラエル建国以降、米国は国内のユダヤ人が持つ政治的影響力も手伝い、歴代の米政権は民主、共和を問わず、イスラエルとの関係を重要なものと位置付けてきました。このことは毎年、国連総会でパレスチナ側が提出するイスラエル批判決議への反対票投票などの行動にも現れていますが、さらに、パレスチナとの紛争問題に関してイスラエルの立場に対する表だった批判をしない傾向も生んできました。しかしオバマ大統領は19日の演説の中でこの禁を破り、「我々の関係は共有された歴史と価値観に深く根付いている」「我々のイスラエルの安全に対するコミットメントは揺ぎ無い」と前置きしつつも、「現状を維持し続けることは不可能だ」「恒久的平和に向かって進むためにはイスラエルも大胆に動かなければならない」と述べた上で「ヨルダン川の西側にすむパレスチナ人が増えていることは事実である・・・国際社会は結果を生まない(和平)プロセスに飽き飽きしている。ユダヤ人による民主国家の夢は恒久的支配によっては達成できない」といい、領土問題については「1967年当時の国境線に基づき、双方合意の上での領土交換」が交渉のスタートラインであるべきだ、と述べたのです。
イスラエルに対するこれらの発言の前に、オバマ大統領はパレスチナに対しても「イスラエルの正統性を奪おうとする努力は失敗に終わる」「毎年9月にイスラエルを孤立させるために取る象徴的行動によっては独立国家は生まれない」「イスラエルが存在する権利の否定によっては独立は決して達成できない」ときちんと注文をつけています。いわば「喧嘩両成敗」なのです。しかも内容自体は「歴代政権が取ってきた実際のイスラエル・パレスチナ情勢に対する政策をはっきりと言葉にしただけ」(CNNニュースキャスターの発言)です。それでも、イスラエルへの批判を主要外交演説の中で口にしたことは大きな話題となりました。米国内でのユダヤ人の影響力の大きさの現れでしょう。
ちなみに、オバマ大統領は、この演説の翌日の20日に、当のイスラエルのネタニヤフ首相とホワイトハウスで会談しています。もともと、波長が合わないことで知られていたこの二人、会談後に行われた記者団との共同記者会見の際、オバマ大統領もネタニヤフ首相も「米国とイスラエルの深い関係」を強調していましたが、会見オバマ大統領の発言をよく読むと「非常に有益な議論」「○○について深く議論した」と言った言い回しが散見されるだけでなく、「正確な方程式や文言については、明らかに我々の間には相違が存在する」という表現が散見されます。しかも、米・イスラエル間で見解に「相違」があることを明言しているところからすると、実際はかなり緊張したやり取りが行われことを窺わせます。両者の間には明らかに冷たい空気が流れていた、と翌24日のワシントン・ポスト紙でも報じられていました。
一方で21日には米国最大の親ユダヤ人・ロビー団体のAIPACの夕食会で演説し、「イスラエルの安全に対する米国のコミットメントは鋼のように硬い」と述べ、場内から大きな拍手を受けている様子が報じられました。やはり「喧嘩両成敗」の演説をしたものの、大統領選を来年に控えるオバマ大統領としては、イスラエルへの気配りは忘れてはいけない、ということでしょうか。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員