外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2011年2月26日(土)

東アジアの拡大抑止が『旬』?そのココロは・・・?

[ 米国 ]


 今週は、「東アジアにおける米国の拡大抑止」というテーマがワシントンでは流行りのようです。2月24日にニクソン・センターが東京財団と共催で「東アジアにおける戦略的安定と拡大抑止」のテーマでセミナーを一日かけて行います。加えて、何という偶然でしょうか、同じ日の午後にブルッキングス研究所でも「東アジアにおける拡大抑止」というパネル・ディスカッションが開催されます。
 
 二つのセミナーの違いは、ニクソン・センターで行われるセミナーは参加者の数を絞った非公開のセッションで、ブルッキングス研究所のディスカッションは一般に公開されたものであるということです。一般に公開されているだけあり、ブルッキングスのセッションのスピーカーはリチャード・ブッシュ同研究所北東アジア政策研究所長とビクター・チャ前NSCアジア部長(現在はCSISとジョージタウン大学の二足のわらじを履いています)と気合が入っています。
 
 日頃から尊敬するこの二人(特にブッシュさんは、ワシントンDCの中国専門家の長老格の方なのに、私のような若者(?)にもとても気さくに接してくれて色々教えてくれるので、私は彼の大ファンです)の話、ぜひとも聞きたいところですが、この日、私は同時進行中のニクソン・センターのセミナーの方にパネリストとして呼ばれているため、やむなく出席を断念することとなりました。
 
 それにしても、なぜ「東アジアにおける米国の拡大抑止」というテーマが最近、注目されているのでしょう。私がパネリストとして出番を与えられているセッションのテーマに答えの一部が隠されているような気がしています。私の出番は、セミナーの最終セッションで、テーマは「アジアにおける米国の安全保障上の保障:どれだけ重要で、どれだけ信頼性があるのか?(US Security Guarantees in Asia: How Important, How Credible?)」なのですが、このセッションで私と一緒にプレゼンテーションをするのが「税制改革を支持するアメリカ人」という保守系NGOの団体の人なのです。およそ、外交とは縁がなさそうな感じです。
 
 あまりにも不思議だったので、先日、主催者のニクソン・センターの人と事前の打ち合わせをした時に「なぜ、この人?」と質問したら、このような答えが返ってきました。彼の答えを要約するとこんな感じです。

 「米国の財政赤字はいよいよ深刻で、国防予算もかつてのような聖域ではなくなりつつある。特に、昨年の中間選挙で多数当選した茶会運動(tea party movement)を支持層に持つ共和党の議員は、連邦政府の歳出を削減することのみに関心を持っているといっても過言ではなく、彼らは国防予算にも遠慮なく、メスを入れようとするだろう。特に、米軍が海外でプレゼンスを維持するための予算が、『本当に必要なのか』というこれまでにない厳しい視線に晒されることは充分可能だ。だが、このような米国の国内の雰囲気は、おそらくアジアの同盟国の政府関係者には伝わっていないだろう。だから、今回はちょっと異色のパネリストだとは思うが、そういう米国の内政状況を知ってもらう良いチャンスだと思って、この人にお願いすることにしたんだ」。
 
 なるほど、と思いました。確かに、日本では米国の政治状況については中間選挙の結果や、選挙結果がオバマ政権の政権運営に与える影響についての分析が選挙直後にされるぐらいで、あとは何か目立つ動きがあったときに報道がある程度です。ですが、ワシントンでは現在、「財政赤字をいかに解消するか」「そのためにどの程度、今、『痛み』を伴う予算削減措置をするべきか」が、大きな政治問題です。特に2月14日にオバマ大統領が予算教書を発表してからというのも、予算削減措置が当初の期待以下であることへの批判が、主に共和党側から噴出しています。
 
 このような中で、国防予算もますます厳しい目にさらされつつあります。スティムソン・センターでも、外交・国防予算の効率化の研究を専門にするチームがありますが、このチームは、国防予算削減の一環として、東アジアの米軍プレゼンスの縮小も唱えています。この点についてこのチームで分析をしているアナリストの一人に話を聞いたのですが、「東アジアはもちろん、米国にとって大事だ。だから我々が提唱する縮小幅もヨーロッパの方がはるかに大きい。が、正直、東アジアで武力行使を伴う事態が発生する蓋然性は低い。そうであるにも拘わらず、米国の財政がこのような状況の今、従来の規模の前方展開プレゼンスを維持し続けるのは政治的に難しい。地域の同盟国にも、もっと自国の安全保障上の利益を守るために、より多くの負担をしてもらわなければならない」というようなことを言っていました。このような考え方が支配的とは言わないまでも、存在し、議会などで注目を集めていることは確かです。彼らのプロジェクトの成果発表会が、連邦議会の上院議員会館で行われることが、本件に関する議会の関心の高さを示しています。
 
 こういった中で、米国が、ある日突然、駐留米軍縮小の決定をしたらどうなるでしょう。日本でも韓国でも、「米国は我々を見捨てるのか」「米国の我々との同盟へのコミットメントの低下なのではないか」という議論がメディアや所謂知識人の間で噴出するのではないでしょうか。それを防ぐには、今のうちから、米国の財政状況の現状や、それが国防予算を見る目に与えている影響について、今から情報発信していくしかありません。また、このような場に、ともすれば内政や予算の話にしか関心を持たない人を引き込むことで、予算のさじかげんで米国の対外政策にどれぐらいの影響が出るのかについても理解してもらう切欠として又とない機会になります。そういうことであれば、東アジアの安全保障と一見、無関係に見える人の話が実は、日本が今後、日米同盟のあり方について考えていく上で、とても貴重なものになるかもしれません。
 
 「東アジアにおける米国の拡大抑止」をテーマにすると、中国の軍事力動向や北朝鮮情勢に力点が置かれがちになりますが、ニクソン・センターのセミナーのテーマ設定は、なかなか鋭いなぁ、と感心させられました。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員