外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2011年1月16日(日)

ゲーツ国防長官の慶應大学演説

[ 米国 ]


 ゲーツ国防長官は訪日最終日となる1月14日に慶應義塾大学にて特別講演を行った。ゲーツ長官はかねてより日本でのパブリックスピーチの場を求めていたようだが、私が本務とする慶應大学が講演をホストできたことは幸いであった。ゲーツ長官は同日午前のうちに次の訪問地の韓国に向かわなければならない。そのため、講演会は早朝にスケジュールされ、学生たちは午前8時半までに会場入りする必要があった。ただでさえ授業の定刻を守らない学生たちが集まるだろうか、と主催者側は心配を募らせたようだが、定刻には会場は学生たちで満員となった。
 ゲーツ長官は演説で、1) 日米両国が直面する地域安全保障の複雑な様相と、2) 日米両国の防衛協力の重要性という二つの重要性を強調した。前者では、今日の同盟関係が「軍事的な挑発を抑止し、安全保障の傘を提供する」という伝統的な役割とともに、北朝鮮、海賊、自然災害、テロリズム、サイバー攻撃、核拡散、平和維持などの多くの領域での協調の基盤であると位置づけた。同演説では、こうした広範な問題領域で、日米がどれほど緊密な協力をしているかを例示し、「かつて小切手外交と批判されていた日本が、他の民主主義国とともに正しい道を進んでいる」と持ち上げた。後者の日米防衛協力について、12月に策定された防衛大綱が①より動的要素を重視し、②警戒監視(ISR)能力を強化し、③防衛の力点を南西方面へのシフトする要素は、日米の同盟協力をさらに強化する基盤となると評価した。とりわけ③南西方面シフトについて「米軍の前方展開戦力の重要性」を裏打ちするものとして高い評価が下された。これが「もし米軍の前方展開戦略がなければ」、北朝鮮はさらに挑発活動を続け、中国はさらに周辺諸国に強硬となり、自然災害での救援活動に支障をきたし、日米の共同訓練が困難となり、日米の情報共有もできなくなる、といったIF論の問題提起となった。ゲーツ国防長官の演説では、ASEAN国防相会議、北朝鮮に対応するための日米韓協力、六者協議といったアジア太平洋地域の安全保障の制度institution)をさらに強化する必要性も強調された。そして「現在米軍の規模、構成、予算をめぐる激しい議論があ
る」なかで、アジアの安全保障には「能力がありかつコミットする安全保障のパートナーが必要」とも指摘した。ゲーツ国防長官のかねての持論である「同盟国・パートナー国のキャパシティを高める」ことにより、米国の地域安全保障戦略が成就するという考え方である。
 民主党政権が発足し、その外交・安全保障政策に対する厳しいブローを発したのは、他でもない1年前のゲーツ長官だった。今回の演説では、アジア太平洋地域の複雑な課題に対して、日米の安全保障協力が果たす役割に対する再評価がなされている。今春の菅直人総理の訪米では、15年ぶりの日米安全保障共同宣言が策定される予定である。この宣言において「共通の戦略目標」を再定義し、また日米防衛協力のありかた、地域諸国とのパートナーシップの方向性を位置づけることが期待されている。これができてこそ、日米同盟が「アジア太平洋地域の礎石」であり続ける条件であろう。

神保 謙  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員