コラム  外交・安全保障  2026.09.28

ロシア下院選、結果が決まっているのに、なぜこれほど大がかりな選挙をするのか ――プーチン体制を支える「選挙」という巨大な儀式

ロシア

9月18日から20日までの3日間、ロシアでは5年に一度の下院(国家院)選挙が行われた。ウクライナへの全面侵攻後としては初となる国政選挙とあって、国内外で注目されたが、予想通り、プーチン大統領の支持母体である与党「統一ロシア」の圧勝という結果に終わった。

シナリオ通りに進められるロシアのこうした選挙は、もはや政権による一種の「儀式」に過ぎないように見える。民意によって政権を選択するという、民主主義本来の選挙の機能が著しく失われているからだ。

だがその一方で、この「儀式」をやり遂げるために、ロシアの当局者らによって多大なエネルギーと行政資源が割かれていることもまた事実である。反体制候補者の徹底的な排除に始まり、企業や学校を通じての有権者の大動員、「ブラックボックス」と化した電子投票の拡大、それでも足りなければ票の不正投入や投票結果の操作まで…。ロシアの独立系メディア「メドゥーザ」は、今回の選挙を「プーチン時代で最も汚い議会選挙」と総括した。

政権が結果をコントロールできるなら、なぜわざわざ3日もかけて選挙を実施し、膨大な行政資源を投入してまで「選挙」という「儀式」を維持する必要があるのだろうか。

進められてきた準備

ロシアの下院選は、450議席が比例代表(225議席)と小選挙区制(225議席)で争われる。9月25日の中央選管の発表によると、与党「統一ロシア」の比例代表による得票率は58.2%と前回に比べ8ポイント以上上昇。小選挙区の大半でも勝利を飾り、過去最多の349議席を占めることが確定した。

この他、比例代表で議席を獲得したのは、「共産党」(13.5%)、「自由民主党」(8.9%)、「新しい人々」(7.8%)、「公正ロシア」(5.3%)の4党で、いずれも「体制内野党」と称される政党だ。政策上の細かな違いはあるものの、プーチン政権に正面から対立することはない。

政権に実質的に対抗する勢力は、選挙の前から排除されてきた。著名な反体制派のアレクセイ・ナワリヌィ氏は2024年に北極圏の刑務所で獄死。同年の大統領選でウクライナでの停戦を求めて出馬を阻まれたボリス・ナデジディン氏もまた、今年7月、事実上スパイを意味する「外国の代理人」に指定され、この度の下院選の出馬資格を喪失した。今回候補者を擁立できた政党のなかで、唯一反戦を掲げた「ヤブロコ」もまた、幹部や党員が逮捕されるなど圧力を受け、最終的には比例代表から除外された。

選挙の監視・検証を可能にする仕組みも、近年相次いで縮小されてきた。2022年には、各政党や候補者が投票所に人員を送り込み、選挙プロセスを監視することを可能にしていた制度の一つが廃止された。

また、投票所に設置されたカメラによる映像のライブ配信も、2021年以降一般市民は閲覧できなくなった。過去には、例えば2011年12月の下院選で、カルーセル投票(同じ人物が複数回投票を繰り返す)や選挙関係者らによる票の大量投入といった不正疑惑が、選挙監視員や一般市民が撮影した動画・写真によってSNSに大量に投稿され、その後の大規模な反プーチン・デモに繋がった経緯がある。選挙不正の可視化が政権を脅かす政治運動へと発展したことは、プーチン政権にとって苦い経験となった。

大動員、そして票の水増し

今回の下院選では、投票率も59.8%と2021年の51.7%、2016年の47.9%に比べ高い数値を示した。ロシアでは近年、こうした選挙が3日間にわたって行われるようになったが、これは有権者を組織的に動員する上でも好都合だ。今回も、平日である初日の金曜日には、国営企業や行政関連組織で投票を促す「大動員」が行われた。

「メドゥーザ」によると、国営企業や公的機関など政権に依存する組織の幹部らは、「企業・組織ぐるみの動員」を強化するよう大統領府からの指令を受けていた。現場では、職員を小規模なグループに分け、各グループに「動員担当者」を配置、職員たちが投票したかどうかを監視する仕組みが取られたという。

同じく独立系の「ヴョールストカ」によると、こうした職場では、金曜の正午になってもまだ電子投票を済ませていない職員の名簿が全員のチャットに送られてきたという。こうした事例は数多く報告されており、中には解雇をちらつかせて投票を促すケースもあったとされる。また、ヤクーツクの学校では、教師たちが自分自身の投票状況だけでなく、生徒の保護者が投票したかどうかまで報告するよう求められたという。

こうした大規模な動員に加え、直接的な不正を示唆する分析も相次いでいる。59.8%という投票率について、大統領府の国内政治部門に協力する選挙コンサルタントは、この数字は「非常に汚いやり方で作られた」と「メドゥーザ」に証言している。「統一ロシア」が獲得した58.2%という数値についても、各地方当局に対して50%以上というノルマが課せられた結果、一部の政府関係者からも「やり過ぎ」と受け止められるほどの数字になったのだという。

実際、独立系の「ノーバヤガゼータ・ヨーロッパ」が、物理学者セルゲイ・シュピリキンが開発した有名な手法を用いて調べたところ、不正がなかった場合の「統一ロシア」の得票率は34%程度だったと推定している。公式結果との差は実に24ポイント。つまり、同党の得票率は大幅に水増しされていた可能性があるということだ。

また「メドゥーザ」も、投票率や得票率が不自然に「切りのいい数字」に集中するなど、統計上の異常が過去の下院選を大幅に上回る規模で確認されたとしている。こうした統計上の異常は、投票箱への大量の票の不正投入や、集計結果そのものの書き換えによって起こる可能性が指摘されている。

なお、今回複数の地域で紙の投票と並行して用いられた「電子投票システム」について、多くの識者らはもはや「ブラックボックス」と捉えている。システム内部で票の書き換えや集計結果の操作が行われても、外部からそれを検証することは極めて困難だからだ。

正統性の演出とエリートの再編

こうした実態を見れば、ロシアの選挙などもはや単なる茶番にしか見えない。結果を自由に操作できるのであれば、最初から適当な数字を発表してしまえば済むようにも思える。

しかし実際には、ロシア政府はむしろ膨大な行政資源を投入し、国営企業や学校まで動員して、できる限り多くの有権者を投票所へ向かわせようとしている。ここに、現在のロシアにおける選挙の意味を読み解く鍵がある。つまり、プーチン政権下の選挙には、政権にとって有用ないくつかの重要な機能があると考えられる。

第一は、よく指摘されるように、こうした選挙には政権の「正統性」を国内外に示す役割がある。プーチン大統領自身、法学部の出身であり、たとえ形式上であっても「法に従う」ことを重視する姿勢が、同氏個人の傾向としてもうかがえる。今回の選挙結果も、ウクライナでの戦争を含む政権の路線が「国民の支持を得た」と主張する際の材料になり得るほか、戒厳令下で選挙が行えていないゼレンスキー大統領の「正統性」に疑問を呈す材料としても活用しようとするだろう。

なお、こうした選挙は、今回も含め、ロシアが一方的に「併合」を宣言したウクライナのクリミアや東部・南部4州でも行われている。占領地でも選挙という実績を積み重ねることで、これらの地域の領有の既成事実化を図る狙いも指摘し得る。

第二は、エリートの選別・更新・再配置としての機能である。今回の選挙は、ウクライナでの従軍経験者らを新たな政治エリートへと押し上げる舞台ともなった。下院選だけで約200人、同時に行われた地方議会選挙まで含めれば1,600人を超える従軍経験者らが擁立された。実際に下院議員に当選した従軍経験者らは46人にとどまったものの、ロシアでは、従軍経験者らを将来の行政・政治エリートとして育成する「英雄の時代」という人材育成プログラムも大統領府主導で進められており、プーチン政権が彼らを新たな「愛国エリート」として育成しようとしていることは明らかだ。

もっとも、この新旧エリートの交代はすんなり進んでいるわけではない。ロシアの著名な政治評論家アレクサンドル・バウノフによれば、既存の文民官僚層は、退役軍人を対等な立場で自らの中に受け入れることに抵抗している。一部の官僚は、ウクライナでの戦闘に「ライト」な形で参加し(例えば短期間の後方支援など)、自らも「特別軍事作戦参加者」という肩書とキャリア上の優位を得ることで、新たな退役軍人エリートの台頭で既存のエリート秩序が揺さぶられるリスクを抑えようとしているという。

統治システムの再生産と国民の参加

選挙にはさらに重要な機能もある。第三として、選挙を行うこと自体が、ロシアの統治システムを再生産するという機能である。ジャーナリストのアンドレイ・ペルツェフは、プーチン政権は四半世紀にわたる治世の間に、選挙で望ましい結果を保証する「企業・組織ぐるみの動員」システムを構築し、その核心は、国家に直接・間接に依存している人々を行政資源として投票に動員する能力だと指摘している。つまり、選挙とは単に有権者が投票する場ではなく、国家に依存するさまざまな組織を上から下まで実際に動かす機会にもなっているのである。

政治アナリストのエカチェリーナ・クルバンガレエヴァもまた、現在のロシアの選挙において重要なのは、政治的アジェンダではなく、いかに上から設定された投票率や得票率を達成するかという点にあると指摘する。その意味で、ロシアの選挙はあらゆるレベルの権力にとって重要なイベントとなっており、選挙なしには現在のロシアの政治システムは成り立たないという。

クルバンガレエヴァによると、各地域の首長は中央に対し、自らの地域を完全にコントロールしていることを示さなければならない。そのため、中央から地域、自治体へと投票率や得票率の目標が下ろされ、それを達成するための動員がその下の末端の組織にまで求められる。こうして、各地域の知事からその下の自治体の首長、さらにその下の学校や公的機関の責任者へとつながる非公式の「一本の鎖」が、選挙を通じて「忠誠のマトリックス」として維持され、再生産されていくのである。

また選挙は、こうした統治システムが実際に機能しているかを試す場でもある。この点で、選挙は国家統治システムの大規模な演習としても機能する。こうした指摘は、今回の選挙にこれほどまでの行政資源が割かれた背景を理解する上で非常に重要であろう。

このほかにも、第四として、選挙は国民自身をこうした政治的儀式の参加者にすることで、社会そのものを現行の政治システムに包摂する機能も担っていると考えられよう。半ば強制的な動員が背景にあったとしても、また選挙が単なる儀式だとしても、投票所に赴く、あるいは電子投票で一票を投じることは、結果的には現行政治システムへの「参加」を意味する。政権への積極的な支持までは必要ない。実際に投票させ、政権が必要とする選挙結果を作り出すプロセスに国民自身を参加させることに意味があるのである。

結果があらかじめ決められた選挙であっても、プーチン政権にとり選挙は必要なのである。その際、むしろ重要なのは、選挙の結果そのものだけではない。その結果を作り出す過程にこそ意味がある。

中央から地方へと連なる統治機構を動かし、その忠誠心と動員能力を試し、新たなエリートを政治システムに組み込み、さらには国民自身を投票という行為に参加させる。選挙とは、プーチン体制を支えるさまざまな主体を数年ごとに一斉に動かし、その結びつきを確認し、再生産する巨大な政治的儀式なのである。

政権が単に望ましい投票率や得票率を発表するのではなく、膨大な行政資源を投入してまで「選挙」という形式にこだわり続ける理由はここにある。