本稿は公開情報に基づいて、その整理と視覚化を行ったものであり、分析は暫定的なものである。今後随時更新をする。
本研究ノートは、ホルムズ海峡をめぐる供給障害が世界のガス市場に及ぼした影響を、世界ガス供給、LNG貿易、地域別需給の三つの範囲に分けて検討する。2025年の世界ガス需要は約4,193 bcm、LNG貿易は約603 bcmであり、LNGが占める割合は14.4%である。平時にホルムズ海峡を通過するLNGは112 bcmで、世界LNG貿易の18.6%に相当するが、世界ガス供給全体に対しては2.7%にすぎない。ホルムズ通過量が世界供給の約2割に達する石油と比較すると、ガス市場全体への直接的な影響は小さい。ただし、LNG依存度の高い国およびスポット市場への影響は、この世界平均より大きい。
供給面では、2026年3~6月のカタールおよびアラブ首長国連邦(UAE)のLNG積出量が前年同期比35 bcm減少した。これに対し、ホルムズ海峡を経由しない供給が27 bcm増加したため、世界のLNG生産量の純減は8 bcm、4%に縮小した。米国の増加分13.6 bcmはEIAの2026年1~5月実績から算出でき、カナダの6.6 bcmと合わせると北米の増加は20.2 bcmとなる。平時のホルムズ通過量が世界LNG貿易の約2割を占めることと、危機発生後の世界LNG生産量の純減が4%にとどまったことは、それぞれ潜在的な途絶規模と供給増加による相殺後の実績を示している。
価格指標は供給障害の影響を明確に示したものの、上昇幅は2022年の欧州危機を大幅に下回った。2026年3月のJKM相当価格は20.8ドル/MMBtu、TTFは17.7ドルであり、2022年8月の54.2ドルおよび70.0ドルには達していない。日本のLNG通関価格も4月に15.7ドルへ上昇した後、7月には11.8ドルへ低下した。非湾岸供給の増加、危機前に確保された在庫、需要側の調整により、これまでのところ広範な物理的不足は生じていない。
需要面では、中国によるLNG輸入量の調整が国際市場の需給緩和に大きく寄与した。2026年3~5月のLNG輸入量は前年同期比で月平均0.93 bcm減少した。だがこれは中国のガス需要全体の2.7%に過ぎない。国内ガス生産の増加、石炭火力・水力・太陽光発電の増加、在庫の取り崩しによって、輸入量の減少が吸収された。ただし、輸入は5月以降回復しており、同規模の輸入抑制を冬季まで継続できるとは限らない。
欧州では、ガス需要の相当部分が建築物の暖房用および産業用であるため、石炭火力による代替可能量は限られる。2026年春から初夏にかけてのLNG輸入量の減少は、最終需要の大幅な削減ではなく、主として貯蔵施設への注入量の抑制によって調整された。この結果、当面の輸入負担は軽減された一方、冬季に向けた在庫水準は低下した。供給源はロシアから米国、ノルウェー、北アフリカ、英国、アゼルバイジャンなどへ分散したものの、欧州は引き続き追加的なLNG調達の限界価格を形成する市場である。
日本の2026年1~5月の発電量は前年同期比7.25 TWh減少した。減少は2~3月に集中しており、とくに記録的な高温となった2月の暖房需要の減少が大きく影響したと考えられる。韓国では原子力および再生可能エネルギーによる発電量が13.96 TWh減少したが、これは主として計画予防保全の集中に伴う原子力発電量の15.21 TWh減少によるものである。ガス火力はほぼ横ばいで、石炭火力は15.27 TWh増加した。
南アジアでは、LNG輸入量の減少が電力部門と非電力部門に異なる影響を及ぼした。パキスタンでは、2026年1~3月のガス火力発電量が減少した一方、石炭、原子力、再生可能エネルギーによる発電量が増加し、純発電量は6.37 TWh増加した。他方、2025/26年度7~3月の一般産業向けガス供給量は前年同期比29%減少した。家庭向け供給はほぼ横ばいで、肥料向け供給も維持されたため、供給制約は主として一般産業に及んだ。バングラデシュでも発電用ガスの減少は石炭火力によって部分的に代替されたが、3月には肥料工場4か所が停止し、7~8月にはLNG受入基地の事故により工場、家庭、発電所への供給が減少した。
今後についての予想であるが、2026年9月~2027年2月の6か月について、世界のLNG供給が大幅に減少する場合を考えると、最初の大規模な調整手段は既存石炭火力によるガス火力の代替である。主要アジア諸国とEUを合計したガス削減可能量は29~47 bcmであり、このうち中国を含むアジアが24~38 bcm、約8割を占める。中国だけでも9~14 bcmの削減余地があり、必要な石炭火力発電量の増加は同国の年間石炭火力発電量の0.9~1.3%に相当する。世界全体で29~47 bcmを代替するには、石炭火力発電量を156~253 TWh増やし、一般炭を約62~100 Mt追加的に確保する必要がある。
厳しい供給不足ケースでは、6か月間の世界LNG需給に35~65 bcm程度の不足が生じ得る。石炭火力によるガス火力の代替とガス在庫利用で不足の相当部分を吸収できるが、石炭の供給・輸送や発電設備の運用に制約がある場合には不足が残る。この残余分は、2022年の欧州で観察されたような産業部門の操業縮小、ガス多消費製品の輸入増加、節約および供給制限によって調整される。2022年のEUではガス需要が55 bcm減少し、産業用需要25 bcmのうち約13 bcmが操業縮小によるものであった。今回の危機では石油供給も制約されるため、当時のガスから石油への転換7 bcmは調整手段として見込めない。
石炭火力による発電代替とガス在庫を使い切った後にも不足が残る場合、需要削減が欧州のガス多消費産業、スポットLNGへの依存度が高い南アジア諸国など、価格や資金制約の影響を受けやすい部門・国から生じる。2022年第3四半期のアジアLNG指標と欧州ガス指標は平均46.7ドルおよび58.8ドル/MMBtu、同年8月は54.2ドルおよび70.0ドルであった。したがって、2022年型の大幅な需要削減が発生する場合の国際スポット価格は概ね30~60ドル/MMBtuの水準に入り、一時的にはそれを上回る可能性がある。