コラム 国際交流 2026.09.03
小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。
先月もAIが政治経済社会に与える影響に関し、海外の最新情報を基に内外の友人達と議論をした。
先月、内外の友人達と次の3つの内容に関して毎日のように議論した—①経済に与えるAIの影響、特に“規制の虜(regulatory capture)”、“コモンズの悲劇(the tragedy of commons)”、更には雇用への悪影響及び格差問題。②米中間AI開発競争とdigital geopoliticsとの関係、そして③現時点でのAIの実用性、という3点。
①では最初に、規制される側の企業が規制する側の政府を“虜”にするという“規制の虜(regulatory capture)”に関し議論した。7月24日、The Economist誌のinterviewの中でイーロン・マスク氏が意見を表明している(“The Insider: An Interview with Elon Musk”)。AIは日進月歩で、将来に関しては誰も予測出来ない。しかもrogue AI agentsも出現するために、AI governanceは政府だけでは不可能と彼は主張した(約85分のinterviewはYouTubeで観る事が出来る。“規制の虜”の問題は最初から約14分経った時の話。またサム・アルトマン氏やデビス・ハサビス氏による関連した考えにも触れたWall Street Journal紙の記事(“A Rogue Hack and China at the Door Spark a Great AI Panic”)はPDF版2に示している)。
8月6日、The Economist誌が記事「AI版のコモンズの悲劇出現(“The Tragedy of Commons: AI Edition”)」を掲載した。“コモンズの悲劇”とは「或る集団の共有資源を個人が好き勝手に利用した場合、資源の枯渇が危ぶまれるという悲劇」を指す経済・環境現象だ。同誌はそうした悲劇が英国の労働問題に関する法廷で出現した事を伝えた。従来“コモンズの悲劇”の典型的事例は、漁獲資源乱獲、環境汚染問題、公共施設の利用だ。記事は、AIが新たに法廷という公共機関における「コモンズの悲劇」に絡んだ現象を伝えている。英国労働問題に関して素人の筆者だが、AIの社会的影響という事で、この記事に驚いた。そして今後、増大する事が確実視されるAI絡みの“コモンズの悲劇”の事例—例えばdeepfake出現によるa trustful communityの崩壊—に関して情報交換しようと友人達と語り合った。
次に、一国の生産性や労働市場に対しAI技術が与える影響に関連して、米国での二つのinterviewを巡り友人達と議論した。一つ目は、(a)7月23日にBloomberg誌が、journalistのカレン・ハオ氏に対し行ったinterviewで、二つ目は、(b)7月31日にMcKinsey社が、AI分野における最も優れた経済学者の一人、エリック・ブリニョルフソンStanford大学教授に対し行ったinterviewだ。
(a)では、MIT出身の彼女が自著(Empire of AI, May 2025)を基に、巨大AI企業があたかも“帝国”の如く、個人のdataや知的財産権を奪い、また労働者からも搾取している現状を指摘した(邦訳は7月末発売—『Empire of AI: 新しい帝国が生まれる時』)。本の中で言及したノーベル経済学賞受賞者ダロン・アセモグルMIT教授の本(Power and Progress, 2023 (邦訳は『技術革新と不平等の1000年史』))に触れて、技術進歩が必ずしも幸福を人々に届けない事を指摘し、彼女もregulatory captureの問題点を語った。ケッサクだったのは30分のinterviewの最後に、interviewerに語った言葉だ—質問「ClaudeとChatGPTのどちらを使い、日頃は何を使っているか」に対して、彼女は「何も使わず頭で考える(Neither. None, my mind)」と答え、次の問い「それでは不便では」には、「むしろ自由になれる(It actually liberates me)」と答えたのだ。筆者は、このinterviewを笑いながら観た後に、友人達と意見交換を楽しんだ次第だ。
(b)では、ブリニョルフソン教授がAIの経済的影響という話題を中心に30分のinterviewに応じた(“Is the AI Productivity Story at a Turning Point?”)。冒頭、interviewerが巨額のAI関連投資に対し成果が未だ把握出来てない事を指摘し、McKinseyでは“AI paradox”と呼んでいると語り、教授の見解を求めた。教授は「新技術の恩恵を享受するには、組織改革、労働者の再教育、更には新たな財・サービスの開発が不可欠」と述べた。そうした組織・個人による新たな対応が一段落するまでは、投資の成果は出現しない。教授はこうした生産性の変化の過程を“J-curve”と呼ぶ。また新たな対応にはきめ細かい分析が必要だと説く。そして留意すべき点は、AIの真の機能が労働者の代替ではなく、労働者と協働・補完という新たな関係を築く事だと語った。従ってAI投資は、新たな対応策の“定義”、“実行”、“評価”を伴って測る必要がある。その結果として、新対応策に関し成功した企業は、AI活用に失敗した企業に比して10から20倍の成果を上げているらしい。
教授は続けてStanfordの学生が抱く雇用不安にも触れた。「AIが就職機会を奪う」という学生の不安に対して教授は「AIをartificial intelligenceではなく、amplifying intentionと捉えるように」と語り、「創造性を発揮する機会と捉えるべき」と述べた。また賃金水準に対するAIの影響に関して教授は、現在ADP(Automatic Data Processing)社のdataを基に分析をしていると語った。最後に教授は企業にとって、新たな対応策は“a collective-action problem(全員が一体的に協力・協働する行動の問題)”であり、そのためにはdynamismが不可欠である事を強調した。
②は米中技術開発競争がtechno-economic areaのみならずnational security areaへ拡大している現象だ。小誌で過去に筆者は、習近平主席の言葉を2度触れた—科学には国境は無い。(しかし)科学者には祖国がある(科学无国界,科学家有祖国; Science has no national boundaries, but scientists have their motherlands) (2023年3月(167号)、2025年5月(193号)を参照)。技術は人間同士を協力させる一方で、人間同士を争わせもするのだ。このようにして技術は或る時には幸福や平和をもたらし、また或る時には、上述のEmpire of AIが示す通り不幸や戦争までももたらす。
人類は石器時代以来一貫して軍民両用技術(DUT)を利用している。第一次世界大戦時、天才的科学者で愛国者義者のフリッツ・ハーバーは「平時は人類のために、戦時は祖国のために(Im Frieden der Menschheit, im Krieg dem Vaterland; In peace, to humanity; in war, to the fatherland)」として研究に励み、1918年にノーベル化学賞を受賞した。彼は平和時には人類を幸福にする化学合成技術を発明した一方で、大戦時には祖国愛からドイツのため毒ガス兵器を開発した。だがユダヤ人であったが故にNazi政権下で国外追放に遭う。そして放浪の英国滞在時、最先端技術の兵器開発に対して倫理的に反発するアーネスト・ラザフォード達からは面会を拒絶された。こうして、科学技術、祖国愛、そして倫理の関係は複雑に絡まっており、昔も今も即座に判断しかねる問題であり、単純明快なる解答が提示出来る訳ではない。
そして今、AI技術の飛躍的な発展に伴い、再び科学技術、祖国愛、倫理観、更には政治経済的競争が絡み、様々な議論が噴出している。これに関し、新興IT企業Palantirの共同創業者兼CEOのアレクサンダー・カープ氏が、昨年2月に発表した著書の中の一節は印象的だ!—現在、世界の先進国の間で新たな形の軍拡競争が行われている。意識的に或いは無意識的に、AIの軍事利用を躊躇するならば、我々は将来むくいを受ける事になる(Leading nations of the world are now engaged in a new kind of arms race. Our hesitation, perceived or otherwise, to move forward with military application of artificial intelligence will be punished.)(The Technological Republic; 邦訳本は本年3月発売の『テクノロジカル・リパブリック』)。
DUTに関連して、米Bulletin of the Atomic Scientists誌は、7月27日、AIとbio-terrorismの危険性に関する記事を掲載した(PDF版2参照)。また独Frankfurter Allgemeine Zeitung紙は、8月7日付記事「Bio-security: 今ではAIがウィルスを創る(Biosicherheit: KI designt jetzt auch Viren)」を掲載して、「AIは新たな能力を発揮して、絶えず我々を驚かせる(Künstliche Intelligenz überrascht immer wieder mit neuen Fähigkeiten)」と述べた。そしてHamburg大学の専門家であるミルコ・ヒンメル氏の言葉を引用した—「科学の進歩のため、研究の自由と安全性に配慮した制限下での研究との間で適切なバランスが重要。だが、国際的法規制のための制度が未確立である(„Für den wissenschaftlichen Fortschritt ist es entscheidend, die richtige Balance zwischen Forschungsfreiheit und der Regulation sicherheitsrelevanter Forschungsaktivitäten zu finden)」。
③はAIの使用法に関連する話だ。邪悪な人間はAIで悪事を働く。それだけでなくAIに悪意があれば、人にたとえ悪意が無くても、人は不幸になるのだ。例えばThe Economist誌は先月、AI agentsが“裏切り行為”をする可能性を示唆し、またAIが自律的にhackingする危険性を指摘し、人類が未だ完璧な防御策を持っていない現状を記した(PDF版2に示した“Here’s Why AI Agents Lie and Cheat to Reach Their Goals”や“Should AI Labs Be Treated Like the Owners of Dangerous Animals?”を参照)。このように我々が利用領域と利用方法を巡り十分注意を払うべきである事を忘れてはならないのだ。繰り返しになるがブリニョルフソン教授が指摘した通り、我々は創造力を発揮して、AI利用に関し、“定義”、“実行”、“評価”というprocessを繰り返す事によってAI技術の政治経済社会への普及を進めなくてはならない。
The Economist誌は、別の視点から簡潔かつ面白い表現で、AI利用に関して警告を与えている—AIはemailを上手に作成し、長めの散文を一応作れる、だが、詩の作成は悲惨だ(“Bots can spew out emails (excellently), longer prose (passably) and poetry (poorly)”)。そして大規模言語モデル(LLMs)はおべっか使い(sycophants)であり、うさん臭いような媚びる調子(smarmy tone)で、往々にして的はずれ(off-key)な事を語ると記している。
また研究者達は、botsに政治批判の文章作成をさせると、中国製botsのみならず米国製botsでさえ、中国等の専制国家に対する批判を“拒否”する事を発見した。UC San Diegoのマーガレット・ロバーツ教授は5月15日、完全に中国共産党の息のかかった中国系メディアがLLMsに与えた影響に関する論文を、Nature誌に掲載した(“State Media Control Influences Large Language Models”)。またMetaの監督委員会は、LLMs—Anthropic、Google、OpenAI、Meta等—が、“意図せざる”形で中国系メディアの影響を受ける事を公表した。こうした現象が起こる根拠としてオーストラリアのQueensland工科大学(QUT)のニコラス・スゾール教授による研究論文を示している(“An Export We Don’t Want: How AI Models May Be Globalizing Restrictions on Our Speech,” July 16)。LLMsはdataとして国際政治関連情報を世界中からあまねく収集する。その結果、国益のためにバイアスをかけた専制主義国の情報も不可避的な形で、大量に取り込んでしまう(これに関し、Wall Street Journal紙の8月12日付記事(“Chinese Censorship Is Leaking into Answers from American AI; 中国式审查正渗入美国AI模型的回答中”も参照されたい)。
上記に示した様々な課題を抱えながらもAI関連産業は驚異的なスピードで拡大している。7月28日に発表された“Fortune Global 500”でも、今年初めてAmazonがWalmartを抜いて首位に躍り出た。日本企業の動向も含め今後の動きが楽しみである(PDF版表1、2を参照)。
AIだけでなく、Roboticsの分野でも、新たなトレンドが政治経済社会の中に出現している。
中国におけるhumanoid robotsの発展が世界から注目を浴びている。8月10日、Bloomberg誌は中国のhumanoid robotsが世界的に圧倒的存在となっている事を報じた(“China Humanoid Makers Hold 97% of Global Shipments, Report Says”、PDF版2参照)。また製品市場に加えて金融市場においても中国系robotics企業は活発な資金調達を行っている(例えば、PDF版2の記事(“Unitree’s IPO May Be Just the Beginning of an Investor Frenzy over Humanoid-Robot Stocks; 宇树IPO或只是前奏, 人形机器人股票的投资热潮还在后头,” Market Watch, August 11)を参照)。
中国Roboticsの急速な発展は、米国の警戒心を強めている。7月28日、米連邦通信委員会(FCC)は、安全保障の観点から中国製robotsを輸入禁止対象リスト(covered list)に加えた。日米関係を念頭にすれば、この米政府の動きは“対岸の火事”として静観する事は許されない(例えばPDF版2に示した米国政府(FCC)の声明に加え、IEEE Spectrum誌の記事(“What Robotics Companies Think about the U.S. Foreign Robot Ban”)やMIT Technology Review誌の記事(“Trump’s AI Protectionism Has Come for Robotics”)を参照)。
Robotics分野では、小誌先月号同様drone関連情報が筆者の許に届いた(PDF版2を参照)。米側の対中輸入制限に対抗し、中国側も軍民両用技術(DUT)関連の対米輸出を規制した(例えば、Wall Street Journal(WSJ)紙の“Trump Announces Drone Tariffs to Protect National Security”やPDF版2の中国商務省(MOFCOM)による“加强无人机相关两用物项对美国出口管制”を参照)。また軍事用dronesではウクライナが圧倒的優位を示している(Financial Times紙の“Ukrainian Drones Hit Wildberries Warehouses in Overnight Strikes”や露メディア(«Лента.Ру»)の“Ukrainian forces attacked a logistics center in the Urals region with drones”、更にはWSJ紙の“U.S. and Ukrainian Forces Went Head-to-Head in an Exercise. Ukraine’s Drones Won”や“See the Battlefield Innovations Reshaping the Russia-Ukraine War”を参照)。ロシア側もdroneの開発に忙しい(Economist誌の“Europe Must Do more to Guard Its Airports from Russian Drones”やWSJ紙の“Russia’s Drones Test Europe’s Defense”を参照)。また独政府は、Leipzig/Halle空港での露製Kamikazedrohne(神風drone)発見して、警戒感を高め、昨年末設立のドローン防衛センター(GDAZ)で防衛策を練っているらしい。
日本が敗戦を経験してから81年目を迎えた8月、正確な第二次世界大戦史の重要性を感じている。
貴重な歴史的教訓として筆者はたびたび戦史に触れている。7月の新刊書(『虚構の昭和史—海軍善玉論、石原莞爾名将論の陥穽』)を読み、筆者自身が所謂“証拠無き俗説”に惑わされ、誤った知識や見解を読者諸兄姉にお伝えしてはいけない、と改めて心に銘記した次第だ。
同書は3人の優れた歴史家による対談を基にした本だ。彼等は、「戦史が如何に誤って伝えられているか」を語り、同時に「正確な史実を如何にして後世に伝えていくか」を論じている。筆者も「海軍善玉論」や「石原莞爾名将論」には、おぼろげながら疑念を抱いていただけに、それを確認出来て喜んでいる。先ず、彼等は軍人の回想録や軍人の遺族の話、そして「生き残りの一人」として戦時の事を語る高齢者の話を鵜呑みにする事の危険性を指摘している。そして信頼出来る証言がもはや望めないため、怪情報が氾濫する将来を憂慮している。
戦史の素人ならば誰でも、阿川弘之氏の『山本五十六』や司馬遼太郎氏の『坂の上の雲』を通じ、「海軍善玉論」を知らず知らずのうちに信じてしまう。両氏が意図せずに「海軍善玉論」に寄与したのも無理もない。「予備学生で入隊し激戦地の太平洋から遠く離れ、諜報担当海軍将校として勤務した」阿川氏と「陸軍の理不尽さを体験した反動から海軍に憧れた」司馬氏が綴った(史書ではなく)歴史小説だからだ。同書は「司馬さんが描いた秋山真之を信じてしまうと…率直な秋山自身の証言を読んでも、その意味が理解できなく」なる事を警告している。
また同書は、帝国海軍の一部の将校が、ミッドウェイ海戦の結果や特攻作戦の立案過程で、「推理小説に出て来るアリバイ工作」のような隠蔽を通じ「海軍善玉論」を醸成した事を記した。更には「日本の公刊戦史である『戦史叢書』にも、『大東亜戦争開戦経緯』の部分は、陸海軍別々に2種類ある」事を挙げ、その理由が「海軍にとって一番の敵は、アメリカよりも陸軍」であり、両者の見解が違う事を記した。
同書は淵田美津雄・奥宮正武の著書(『ミッドウェー』)の英訳が米海軍の教科書であった事を記した。筆者は、史実を隠蔽したこの英訳をジェイムス・スタヴリディス米海軍大将の著書の中に発見して、彼も騙されたかも? と不安を感じた昔を思い出している(Sea Power, 2017; 邦訳: 『海の地政学』)。今は、この大日本帝国海軍軍人による隠蔽を鋭く指摘した澤地久枝氏の著書が英訳される事を願っている。
因みに筆者は、陸海軍の将官に関して「善玉・悪玉」という区別よりも、正確な海外情報に基づく情勢判断と軍紀に関して「正しいか・間違いか」という区別を重視している。また筆者の父と伯父3人は海軍兵学校に進んだが、長兄が67期生で全員が下級将校故に、有益な情報を殆ど得る事なく終わった。今後は、出来るだけ多くの内外の資料を検証し、自らの国際情勢判断に役立ててゆくつもりだ。