コラム  国際交流  2026.08.03

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第208号 (2026年8月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

米州 中国 科学技術・イノベーション

AIを巡る米中の技術開発競争が一段と激化している。将来のdigital geopoliticsに関する議論は尽きない。

先月、上海で開催された世界人工知能大会(WAIC)に関して、内外の友人達と意見交換をしている。主な論点は、①Global AI Governanceに関する米中覇権競争、②AI分野における米国の主導的地位を脅かす中国と米国の警戒心、③AIの安全性問題や活用領域だ。

①についてはWAIC初日の習近平主席の演説に関して議論した。冒頭、主席はAIの学術的原点である1956年夏のダートマス会議から70年後の今、上海でWAICを開催する意義を述べ、AIの進歩に関し、(1)公開、(2)信頼、(3)包括、(4)連帯・統治という4点を強調した。筆者は「ボクは中国が(1)諸文明を包括(inclusion)し、(4)連帯(solidarity)・統治(governance)を進める事に疑問を感じる」と語り、「主席は中国提唱の考えに触れ(“AI Capacity-Building Action Plan for Good and for All(人工智能能力建设普惠计划)”や(“AI Plus International Cooperation Initiative(‘人工智能+’国际合作倡议)”)、それらを基に中国主導で組織を作ると語る(“World Artificial Intelligence Cooperation Organization (WAICO)(世界人工智能合作组织)”)。だが、米国や欧州はこの中国の動きを認めるとは思えない。ただアジア諸国やアフリカ諸国は中国側に着くかもしれない」と述べた。

筆者は同時に「主席が中国古典を引用して、今の米国に欠けている点を強調した事」にも触れた—即ち「“一本の弦では美しい音を出せず、一本の木では林を作れない(单弦不成音,独木不成林)”や“賢者は時の流れに従い態度を変え、知者は環境に従い行動する(明者因时而变,知者随事而制)”という話は理に適っている。ボクが上海会議に参加していたら、中国側に着くかも知れないね」と述べた(中国古典とは«達旨»と«鹽鐡論»)。

(これに関し、例えばPDF版2に示したBloomberg誌の“China’s ‘AI for All’ Push Defies US Containment Playbook”、Wall Street Journal紙の“China’s Top AI Event Delivers Message to the U.S.”、Financial Times紙の“Xi Jinping Sets Out China’s Goal to Be Global AI Leader、China’s Xi Pursues AI Diplomacy to Woo Global South”、“AI Is Becoming a Geopolitical Weapon, Warns EU Digital Chief”を参照)

②に関しては、7月17日、北京のstart-up企業「月之暗面(Moonshot AI)」が、米国のClaude FableやGPT-5.6に猛追する勢いでAI model (Kimi K3)を開発したと発表した。翌18日のBloomberg誌は、“Moonshot’s Kim Upends Conventional Wisdom on US Lead over China”と報じた。

AI開発の専門家ではない筆者は正確な技術力の比較が出来ない。だが、米国の警戒感の高まりや中国の燃え上がる対抗心を認識する事は出来る—20日には米国メディア(Business Insider)が米国の関係者の間で対立した意見を紹介した。また21日、米TV番組(Fox Business)でベッセント財務長官は、中国のAI企業がmodel distillation(模型蒸馏)という手法で米国の知的財産を盗用している可能性を指摘し、厳密な精査の必要性に触れた。翻って中国側も保護主義的な態度を示している(例えばPDF版2で示したFinancial Times紙の7月21日付記事“China Weighs Tighter Export Control over AI and Chips”参照)。また衝撃的なKimi K3の発表前、AxiosやPoliticoの共同創業者のジム・ヴァンデヘイ氏は、米国の地位後退を憂慮して、“America Risks Blowing the AI Race”と題する小論を7月9日付のWall Street Journal紙に寄稿した。筆者は今、このような激しい米中技術開発競争の狭間にいる日本が、「AI分野で強みを発揮する戦略とは?」を友人達と議論している。

③に関し先月印象的だった情報は3種類。(1)OpenAIの最先端AIが、AI・機械学習のためのplatform (Hugging Face)に対し、“自律的に”攻撃したという情報(例えばPDF版2で示したBBCの“OpenAI Says Its AI Went Rogue and Launched ‘Unprecedented’ Cyber-Attack”を参照)。次に(2)Princeton大学とChicago大学の専門家の研究。即ち人材採用時の評価に関するAIバイアス問題だ。AIが利用するdataには人間特有のバイアスが含まれているが、それに加え、AI自体がバイアスを“増殖”させる事(PDF版2のMIT Technology Review誌の記事“AI Is More Likely Than Human to Form Biases When Hiring”を参照)。

上述の(1)と(2)の情報を勘案すると、(3)「AIはいかなる分野で、いかなる形で活用すべきか」という情報が必要になるだろう。この点に関しWall Street Journal紙の7月21日付記事(“What AI Can’t—or Shouldn’t—Do for You; 日本語版: AIにできないこと、させるべきでないこと”)が示唆的だ。同紙はAI活用に関し、4つの注意点を挙げた—(a)人間関係で共感が生まれる環境でのAI活用は無理。(b)生身の人間が語る熱い言葉はAI活用では生まれない。(c)結論を導出する際、透明性が求められる分野にはAI活用は無理。(d)職種によってAI活用領域が大きく異なる。

(a)の例として同紙は、信頼関係が重要な非定型的な顧客対応や人の微妙な表情を読み取る精神科医を挙げた。(b)の理由として、「ヒト」の“息遣い”が感じられる言葉に人間は心を動かされる点を挙げた。(c)はAIが遂行責任(responsibility)も説明責任(accountability)も持てない事を指摘している。(d)はAIの有効性が職種で違うために、結果としてAIの生産性向上寄与度が職種間で格差が出る事を示している。

技術的覇権だけでなく、世界秩序に関する米国の主導権に次第に揺らぎが明確になってきた。

米国think tankのPew Research Centerが7月15日に公表した資料は、広く各国で報道された(“People in Many Countries Now View China More Positively Than the U.S.”、PDF版2参照)。資料は、主要36ヵ国において、今年の2~3月にアンケート調査を実施し、約4万2千人に「米国と中国に関する好感度、トランプ氏と習氏に対する信頼度」を聞いた結果である(PDF版の表参照)。

当然の事ながら人々の評価は、時間や環境によって大きく変化する。従って、この調査結果を妄信する事は危険だ。だが、この資料は、世界政治における米中の主導権争いを考える上で非常に参考になる。何故なら、日本の情勢判断が他国と大きく異なっているからだ。

表が示した通り、好感度で米国が中国を大きく上回っている国はIsraelとJapanのみ!! 米国の好感度が僅かに上回っている国はIndia、South Korea、Philippines、Poland等。翻って中国の好感度が大きく上回っている国はPakistan等の中東とMalaysia、Indonesia、Singapore、Thailand等のアジア諸国。欧州諸国は僅かではあるが中国が上回っている。また指導者の信頼度の比較では、トランプ氏が習氏を大きく上回っている国はIsraelのみ。Japanを含め多くの国の両氏に対する信頼度は殆ど変わらない。寧ろ習氏を信頼する国はPakistanとアジア諸国。これに関し、中国側も嬉しい驚きを示した(PDF版2の«环球时报»誌の記事(“美国民调测出中国人气, 是意外吗”))。

この資料は我々に内省を促す—重商主義の中国と孤立・保護主義に回帰する米国。ギリシアのプルタルコスは、“愚かな人は友人づきあいさえ壊してしまうが、賢い人は敵対関係をも利用する(Foolish people spoil even their friendships, while the wise know how to turn to account even their enmities; οἱ μὲν ἀνόητοι καὶ τὰς φιλίας διαφθείρουσιν, οἱ δὲ φρόνιμοι καὶ ταῖς ἔχθραις ἐμμελῶς χρῆσθαι δύνανται)”と語った。技術は進歩しても人は進歩しないのだ。

Robotics分野でも米中間の技術開発競争は激しい。Robot先進国の日本の今後の戦略は?

小誌では、Roboticsに関する世界の動きを、軍民両用技術(DUT)の観点から論じている。先月もこの問題に関し、友人達と様々な—特にAI-powered robotsに関する—資料を基に議論した。米国think tank(CNAS)のポール・シャーレ氏は、最近の論文の中で「Droneが戦争だけでなく経済のダイナミズムを変えてしまった(Drones have transformed not just the dynamics of warfare but also its economics)」と述べ、現在の戦場では、AI搭載の高価なdronesと安価な(Costcoとも呼ばれる)dronesが暗躍する点を指摘した(PDF版2の“Losing the War of the Future: How New Technologies Threaten America’s Military Advantage”参照)。彼の同僚であるステイシー・ベティジョン氏も、小論の中で安価なdronesの製造に苦慮する米国国防産業の課題を指摘した(“Why the U.S. Is Losing the Drone War”)。Drone warfareに関しては、ウクライナが製造・運用両面で圧倒的な優位性を持っていると巷間言われている。しかも、安価な中国製部品を多数使用し、その購入には欧州からの資金援助が絡んでいる事が問題になっている(例えばPDF版2に示したFinancial Times紙の“Ukraine to Buy Chinese Drone Parts with EU Funds”を参照)。

こうした中、IEEE Spectrum誌は、robot先進国である日本に関する記事を掲載した。現在米中両国がhumanoid robotsの開発で白熱した競争を繰り広げているが、一方の日本の状況は? 同誌は、現在の世界情勢下でhumanoid robot先進国であった日本の存在感が薄くなった点を指摘した(PDF版2の“Japan Pioneered Humanoid Robots—Can It Now Catch China? Japan Must Shift Its Approach to Stay Competitive”を参照)。

Physical AIが全世界の話題となっている中、日本の“次の第一歩”は何か。これに関し9月16日、幣研究所(CIGS)は日本工業倶楽部会館で、公開セミナー「フィジカルAIと日本の戦略」を無料で開催する。登壇者として科学技術振興機構、ファナック、早稲田大学、産総研、川崎重工業、大同大学、東京大学の専門家をお招きしている。ご関心のある方々に是非とも参加して頂きたい。

またPhysical AIが政治経済社会に浸透していくに従い、国際標準規格が重視されてくるであろう。国防産業はこれまで国際標準を軽視してきたが、DUT分野が拡大するにつれ、国防関連企業も民生部品を活用する必要に迫られていく。このためにAI・Roboticsを含む先端技術の国際標準化が、経済面のみならず安全保障面でも、主要国の重要課題の一つになってきたのだ。日本政府も日本発の国際標準創出を目的として組織変革を検討中だ。こうした中、中国は、国家标准化管理委员会(Standardization Administration of China(SAC))が定めた350の国家基準を7月1日に施行した。貿易大国の中国の国家標準は、おのずと世界市場での標準となる可能性が高い。それ故に日本をはじめ先進国は中国の動きを警戒している。特にPhysical AIに関して、«人形机器人与具身智能标准体系(Humanoid Robotics and Embodied Intelligence Standard System)»や“智能工厂安全一体化(Smart Factory Safety Integration)”の動きを、我々は注視していく必要があると考える。

大阪を訪れたHarvardの友人達との面談を楽しんだ。今後の知的交流が楽しみだ。

7月初旬、大阪を訪れたHarvard Kennedy School (HKS)の友人達と面談した。筆者のHarvard滞在時、同僚のSenior Fellowで今は講師を務めているマーク・フェイガン氏と6日に面談を行った。彼は2月にAI活用に関する著書を発表した(Governing with AI: How the Public Sector Can Use Artificial Intelligence to Improve Performance)。彼は筆者と同じく、AI開発ではなくAI活用に興味を抱く人間だ。彼がHavard-MIT ComplexでAI開発とAI活用の専門家を集めるから、online会議を始めようと提案してくれた。これから計画を練るつもりである。翌7日には、Research Professorとして学生の指導から解放されて、研究に専念出来る立場になったトニー・セイチ教授と元日銀国際局長の福本智之大阪経済大学教授と3人で、グラス片手に、最近の米中関係を議論した。セイチ教授は今年も何度が中国を訪れているらしい。筆者の関心領域にはDUTも含まれており、訪中は現在難しい。従って、教授が訪中から米国への帰路、東京か大阪を立ち寄り、中国関連の最新情報を教えて頂きたいとお願いした次第だ。

国際環境を推し量る事は本当に難しい。筆者は常に「百聞は一見に如かず。また一見は百見に如かず」と言っている。即ち、見聞は何度も繰り返さなくてはならない。海外だけでなく、国内情勢も時々刻々と変化し、観察者の立場によって情勢判断が全く異なるのだ。従って、吉田松陰先生の言葉「飛耳長目」、またその原典である«菅子»の「一に曰く長目、二に曰く飛耳、三に曰く樹明」を銘記する必要があるのだ。

表面的・皮相的で浅薄な雑談に決して惑わされず、現地を熟知し、現地の言語を理解する人の情報を数多く集めなくてはならないのだ。筆者の中国語は極めて不完全で、20年前まで何度か訪中した際には、セイチ教授や福本教授といった人に大変助けられた。日中関係が、再び改善するまでに、筆者の中国語が少しでも良くなるように心がけるつもりだ。

残念ながら日中関係だけでなく、米中関係にも暗雲が漂っている。米国think tank(PIIE)のSenior Fellowで、インド政府主席経済顧問を務めたアルビンド・スプラマニアン氏は、7月13日、Project Syndicateに論文を掲載した(“The Mother of All Economic Shocks Is Chinese Mercantilism; 中国語: 中国重商主义: 经济冲击之源”)。また連邦議会も対中不信感が強く、6月25日の下院公聴会(“China’s Economic Espionage and Subnational Influence in the United States”)では、小誌前号で触れた本(The Great Heist: China’s Epic Campaign to Steel Amecia’s Secrets)の著者で、元国防情報局(DIA)代行長官のディヴィッド・ジェッド氏が証言した。そして7月22日の下院公聴会(“Protecting Communications Networks and Improving Connectivity”)の時、筆者はGUARD法案を友人達と議論した。GUARD ActとはGuarding the U.S. against Adversarial Robotics Dominance Actの略で、robotに関し、敵国製品を安全保障の観点から審査し、米国から排除する超党派による法案である。当然の事として、対象としているrobotは中国製robotsだ。この法案の行方に関して、日米同盟の観点から我々は注視する必要がある。

7月20日までの約1カ月間は寝不足の毎日であった。勿論、原因は世界的イベントのFIFA World Cupだ。

7月は米英の友人達との会食を楽しんだ。仕事以外で盛り上がった話題は、当然FIFA World Cup 2026だった。英国の友人が、World Cupという“観戦スポーツ(spectator sports)”と“劇場型政治(theatrical politics)”の異同に関して次のように語った。

両方とも素人でも観て楽しめるものだ。また両方とも人間がする事であるが故にミスは避けられない。だが前者の場合、特にWorld Cup のようにprofessionalsが出場する場合、選手は全てprofessionalな指導者が選ぶ。素人は選手のミスや監督の采配に関し自由に“床屋談義(barbershop talk)”が出来るが試合自体に与える影響は殆どない。翻って後者の場合、特に現代の大衆民主主義の場合、政治の舞台に立つ人(政治家)を選ぶのは殆どが政治の素人。即ちunprofessionalな人が政治に関し「素人か玄人か」ではなく、「好きか嫌いか」或いは「得か損か」という基準で政治家を選ぶのだ。かくして“床屋政談(barbershop politics)”が政治自体に影響する—素人に政治が動かす事が出来るのだ。ただスポーツの場合は競技種目が確定しているので玄人の基準が明確だが、政治は範囲が広いため、基準が不明瞭でもある。

こうした違いがある事を理解した上で、今回のWorld Cupの決勝・準決勝で戦ったチームを見ると、全てFIFA Rankingの上位チームだ。他方、素人が「玄人か素人か判別出来ない人」を選ぶために、政治は不安定になり、マイケル・ファラージのような人物が登場するのだ。彼はそう言ってイングランド・チームの話の時とは違って、陰鬱な表情で呟いた。

中国は欧州関係においても、対立が今後激化する危険性を秘めている。

7月16日、中国に厳しい意見を持つドイツのthink tank(Global Public Policy Institute (GPPi))のトーステン・ベナー氏が英語論文を発表した(“The Coming Clash between China and Europe: Why a Trade War Can’t Be Avoided,” Foreign Affairs)。また翌17日に、仏Les Echos紙が、仏大統領と独首相がアウグスブルクで面談し、対中通商問題で共通のroadmapを検討した事を報じた(«Commerce: la France et l'Allemagne préparent une ‹feuille de route› commune face à la Chine»)。だが、筆者は今の脆弱な欧州経済は、中国の輸出攻勢を跳ね返す力を持っていないと考えている。

中欧摩擦は経済だけでなく安全保障面でも生じている。独Frankfurter Allgemeine Zeitung紙は7月6日、「ロシアを援助: 中国のプーチンとの鉄壁の同盟(Hilfe für Russland: Chinas eisernes Bündnis mit Putin)」と題する論説を載せ、「北京が(ウクライナ)戦争を長期化させている(Peking verlängert den Krieg)」と記した。またドイツの中国政治の専門家で英国Nottingham大学のアンドレアス・フルダ氏が、今年3月に発表した本(Wenn China angreift: Ein Szenario; 仮訳: 『中国の台湾進攻』)に関し、欧州の友人達と意見交換した。中国問題はまさしくa global problemである。

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