日本では、「脱炭素は世界の潮流であり、日本も遅れてはならない」という説明が政策の前提になっている。本稿は、2026年7月までに確認できる選挙、世論調査、政府方針、エネルギー消費動向、金融機関と企業の行動を基に、この説明が現実に合っているかを検討する。結論を先に述べれば、世界は脱炭素へ一方向に進んでいない。多くの国が実際に優先しているのは、安定供給、エネルギー価格、産業競争力、安全保障である。
英国では、ネットゼロ政策の廃止を掲げる改革UKが2026年7月の世論調査で24%となり、保守党と労働党の19%を上回った。保守党のケミ・バーデノック党首も、2050年ネットゼロ目標は実現できないとして批判を強めている。ドイツでは、気候法や石炭火力の廃止に反対する「ドイツのための選択肢」(AfD)が、2025年の総選挙で第2党となり、2026年の世論調査ではキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と首位を争っている。フランスでも、EUの脱炭素規制に批判的な国民連合(RN)が国民議会の大きな勢力となり、2027年大統領選挙の世論調査ではマリーヌ・ルペン氏が第1回投票で36%の支持を得ている。もちろん、これらの政党が支持を伸ばした理由は脱炭素政策だけではない。移民、生活費、治安、防衛、EUへの不満なども大きい。そのうえで、電気料金や規制の負担、製造業の不振をもたらした脱炭素政策が、既成政党への不満を強める争点の一つになっている。
米国の政策転換は、トランプ大統領だけの考えではなく、共和党の総意によるものだ。共和党は2024年の党綱領で、石油、天然ガス、石炭、原子力を活用する「エネルギー・ドミナンス」を掲げた。マルコ・ルビオ国務長官、J・D・バンス副大統領、クリス・ライト・エネルギー長官、リー・ゼルディン環境保護庁長官も、ネットゼロ政策やグリーン・ニューディールを厳しく批判している。一方、民主党内でも、気候政策を前面に出すことで労働者層との距離が広がったという反省が出ている。気候問題について語らなくなる「クライメート・ハッシング」も広がり、ガザ戦争や物価、AIなど別の問題へ関心が移っている。
世界の石炭消費は増え続けている。中国は太陽光と風力を増やしているが、同時に石炭、原子力、天然ガス、水力も増やしている。再生可能エネルギーだけに移る政策ではない。インドは石炭消費を2050年まで増やす見通しを示し、東南アジアでも発電用石炭への依存が続いている。ホルムズ海峡をめぐる危機でLNG供給が滞ると、南アジアと東南アジアでは石炭利用が増えた。世界の石炭消費量は2008年の約60億トンから2025年には約90億トンへ増えており、長期的な減少には転じていない。
金融機関の国際的なネットゼロ・アライアンスも相次いで縮小・解散した。保険、資産運用、銀行の各分野で、大手金融機関が離脱し、共通目標や報告義務が弱められた。ネットゼロ目標を掲げてきた企業もそれと乖離した行動をしている。BP、シェル、エクイノールなどの石油・ガス大手は再生可能エネルギーへの投資計画を縮小し、石油・ガス事業を再び重視している。AI向けデータセンターの建設が急増したため、マイクロソフト、アマゾン、グーグルの排出量は大幅に増加している。RE100加盟企業が日本で実際に調達した再生可能エネルギー電力は、日本の総電力需要の約1.8%に過ぎない。
脱炭素目標や再生可能エネルギー目標は今なお多くの主体によって掲げられている。しかし宣言と、実際の政策・投資・燃料消費の動向は乖離している。日本の脱炭素政策を正当化する理由として「世界の潮流」であるという説明がなされてきたが、これは妥当ではない。日本は、原子力と化石燃料を活用し、エネルギーを安定的かつ安価に供給することを政策の中心に据え直すべきである。