脱炭素政策を実施するなら、政府はまず、二酸化炭素(CO2: carbon dioxide)を1トン削減するためにいくらかかるのかを示さなければならない。政府が政策として認める1トン当たり便益Bから、その費用Cを差し引いたB-Cが正にならない政策は、脱炭素政策として実施してはならない。光熱費抑制法案は、この単純な規律を、補助金、規制、料金制度、基金、税制、技術開発政策に横断的に及ぼすものである。
本稿は、脱炭素政策に伴う国民負担を抑制し、電気料金、ガス料金その他の光熱費への転嫁を制限するための新法として、光熱費抑制法案を提案する。焦点は、脱炭素政策の是非そのものではない。国民に負担を求める政策であれば、政府はその政策がCO2を1トン当たり何円で削減するのかを明示し、B-Cが正であることを示すべきである、という行政統制の原則にある。
本稿では、CO2削減1トン当たり費用をC、政府がCO2削減1トンに認める政策上の便益額をBと定義する。脱炭素政策として実施を認める基本条件は、B-C>0である。Bは、炭素の社会的費用(SCC: Social Cost of Carbon)に近い概念として説明できるが、本法案では科学的に一義的に推計される値ではなく、政府が設定し公表する政策変数として扱う。
日本には、規制影響分析(RIA: Regulatory Impact Analysis)の制度が既に存在する。しかし、脱炭素政策は、法律上の規制だけでなく、基本計画、告示、判断基準、補助金、基金、賦課金、料金算入、税制上の特例を通じて実施される。現行のRIAだけでは、これらを横断してB-Cを算定し、実施可否を判定する制度にはなっていない。光熱費抑制法案は、既存のRIAを否定するものではなく、脱炭素政策についてRIAを実質化する制度である。
さらに本稿は、独立色の強い第三者機関として光熱費抑制委員会を設置し、Bの設定、Cの算定方法、評価書の審査、事後評価、国会報告を担わせることを提案する。技術開発政策については、キル・メトリクス(kill metrics)を導入し、一つでも達成できないと判明した場合には、当該プログラムを脱炭素政策として停止することを明記する。
本稿では第I部で法案の概要について説明し、第II部では国会提出資料一式の案を提示する。
キーワード:光熱費、脱炭素政策、費用便益分析、規制影響分析、B-C、キル・メトリクス、政策評価