コラム  国際交流  2026.07.09

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第207号 (2026年7月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

科学技術・イノベーション

米中両国を中心とするPhysical AI/Embodied AIに関して内外の友人達と議論をした。

6月5日、『週刊エコノミスト』誌が、「ロボット技術は弱くない日本がAIは負けていた」と題し、尾形哲也早稲田大学教授に対するinterview記事を掲載した。教授は、「必ずしも『勝つ』必要はない。置いていかれないことが大事」と述べられ、「米中との差は簡単には埋まらないが、遅れず、ついていくことが大切」と語られている。その直前の5月28日、中国の«新浪财经»紙は、BYD社がrobots販売を計画している事に関し李柯執行副総裁に対するinterview記事を掲載した。李柯氏は「中国のrobotはbrain (AI)が弱く、米国のrobotはbrainが発達しているが、手足が弱い(中国的机器人就是缺一个大脑,那美国的机器人大脑很发达但四肢不发达)」と述べ、中国がrobotのlead marketとなる事を予言した。またこれに関して、Forbes誌は6月12日付記事で注目する企業を11社挙げたが、残念な事に全て米中企業ばかりである(PDF版2参照)。尾形教授が示唆した通り、我々は激しい開発競争を繰り広げている米中両国に遅れる事なく、独自の開発を進めなくてはならない。

また6月5日、OECDは調査資料“Policy Brief: AI and Skills: What We Know So Far”を公表した。資料はAIの技術的側面に注目するよりも、むしろAIを使いこなす人の技能(skills)を注目する事の重要性を強調している。そして製造業や中小企業の従業員のAI関連技能の習得が不可欠である事を記した。またAI活用にはdigital技術やdata分析に関した技能、更には問題解決や創出能力に関連した技能が重要で、このため一段と高度の教育訓練を受けた労働者が求められる事を記している。こうした状況の下、企業は労働者に対してretrainingやupskillingを行う事が求められ、政府にはAIに必要な技能の変化を観察し、その変化に対応した政策を考案するよう提言している。
資料はgenerative AIを導入した中小企業に関し国際比較を掲載している。労働不足や技能不足に対してAIが貢献していると回答した比率では、日本が最も高い。即ちAIの普及率を上げる日本の中小企業政策は、効果が期待出来るかも知れないのだ(PDF版2の図1参照)。

黎明期にあるロボットには楽観と悲観、双方の見方が存在する。例えばシンガポールのメディア(Straits Times紙)は6月9日、深圳のservice robotを試した事に関した記事を掲載し、実用化は未だ先である事をほのめかした。翻ってWall Street Journal紙の6月11日付記事は楽観的である(“House Robots Are Coming”)。また労働人口が減少に転じた中国がロボット開発に対する注力する姿を、Financial Times紙が6月24日付記事(“Robot Nation: China Bets to Beats Its Demographic Decline”)で紹介している(PDF版2参照)。

小誌で何度も強調している通り、AI・Roboticsは軍民両用技術(DUTs)だ。これに関し6月5日、米国大統領府がメモランダム(NSPM-11)を発表した。米国はAIを安全保障上最も重要な技術であるとして、このために留意すべき政策方針を示した。これに関して、think tankの戦略国際問題研究所(CSIS)が10日に発表した小論が興味深い(“Defining Autonomy: Why Software, Not Drones, Will Decide the Next War”)。著者は、ウクライナ戦争の状況を観察した上で、多数のdroneを統括的に制御するsoftwareこそ、将来、安全保障上最大の課題だと論じた。確かにその通りだが、欧州や中東での戦闘を見ればdronesの活躍は否定出来ない。しかも米国もdronesの開発に熱心に取り組んでいる(例えはPDF版2のBreaking Defense誌を参照)。筆者が注目したのは、ホルムズ海峡で撃墜されたヘリコプターの乗員を水上drone(Unmanned Surface Vehicle (USV))が救出した事だ(PDF版2のHill紙、“Helicopter Crew Rescued by Unmanned Navy Vessel near Strait of Hormuz”を参照)。
AI・Roboticsの平和利用を推進するため、日本の技術者達が、この事例を参考にして海難救助等で救出・救命のためのinnovationを創出してもらいたいと願っている。

米中間の技術開発競争が激化する中、人材獲得競争も激しくなっている。両国間で歩み寄りの望みは…。

技術開発競争の激化で人材の国際的な交流・移動に変化が生じている。米国の技術的覇権を打ち崩すために、中国は国際的人材移動に神経を尖らせている(例えば中国の人材“囲い込み”政策に関する米think tank(SCSP)の“China’s Top AI Talent Can’t Leave the Country—Here’s What Beijing Is Afraid of”やStraits Times紙の“China’s Tech Giants Dangle Annual Pay Packages from $200K to Woo S’pore Trained AI Grads”、PDF版2参照)。
当然の事として、米国側もAIの情報・人材の中国への流出を警戒している。これに関し6月15日、Stanford大学Hoover Institutionが、大変興味深い報告書を公表した(“Update: DeepSeek AI an the Great Talent Competition”)。報告書はDeepSeek社の研究者について調べたものだ。同社は米国の研究者を脅かす程、才能豊かな人材を擁し、また人材の半数以上が海外経験を持たないという。こうした事態は、中国国内で高度なAI人材育成体制が既に確立された事を示していると報告書は述べている(PDF版2の図2参照)。

このように米中両国共に相手に対する警戒心を高める事こそすれ、信頼醸成に努めようという態勢を取っていない事が明らかである。筆者は友人達との機論の中で現況を表現する適切な言葉を、米国防情報局(DIA)の元高官が昨年著した本のから引用した(The Great Heist: China’s Epic Campaign to Steel America’s Secrets, December)。その言葉とは、国家安全保障の専門家マット・ポッティンジャー氏の言葉である。即ち「米国の至宝(the crown jewel)であるAI関連技術を中国から守るには、バイデン政権の“小さな庭に高い塀(small yard with high fences)”という策では不十分で、“ブローニングM2重機関銃で守られた壁(walls guarded by .50-caliber machine guns)”で守る」という対中不信感が溢れる言葉だ。

地政学的に分断化した現状では、米中だけに注目していては「木を見て森を見ず」という状況になるが…。

国際情勢が深い霧に包まれている状況では、内外の友人達との頻繁な情報交換が不可欠だ。海外の友人達からの情報を基に整理して、自分なりの世界観を日々確認している。こうした中、6月15日、ドイツの友人達が独経済復活に関する論文集を公表したと伝えてきた(Germonomics: Neue Antworten für Wachstum und Wohlstand; 仮訳: 『ジャーマノミクス: 成長と繁栄への新たな解答』)。論文数は約90本。残念だが全て読解する事は不可能で、そうした制約下で友人達と議論したのは、①フラウンフォーファー研究機構によるinnovation strategy (Innovationskraft entfesseln: Wie Deutschland sein Potential nutzen kann)、②Ifo経済研究所によるindustrial policy (Moderne Industriepolitik zur Förderung von Innovationskraft und Anpassungsfähigkeit)、③独人工知能研究センター(DFKI)によるAI Strategy (KI für Deutschland Agenda)、④ブリュッセルに在るthink tank (Bruegel)によるmacroeconomic policy (Gemeinsame europäische Verschuldung: wie stark sind die Argumente?)だった。

前述のGermanomicsに加え、Sanaenomicsに関しても海外の友人達と議論する毎日だ。

日本の政治経済社会に関し、海外の友人達から様々な意見が届く。その中で特に変わっていたので笑った意見は、或るドイツの友人が、Der Spiegel誌の昨年10月4日に掲載した高市首相に関する記事についての意見だった(„Die Eiserne Lady von Tokio“)。彼は、首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります(»Arbeiten, arbeiten, arbeiten, arbeiten, arbeiten«)」という発言に感動し、「メルツ独首相も日本の首相のように懸命に働き、leadership (Führung)を発揮してもらいたい」と語りかけた事だった。
筆者は「危機に直面するドイツは、アデナウアーの“宰相民主主義(Kanzlerdemokratie/Chancellor democracy)”の如く、強引な指導が必要」と応え、日本に関しては、吉川洋東京大学名誉教授が5月に刊行した本(『日本—没落か再生か: 時代精神とアニマルスピリッツ』)に触れて応えた。同書は、我々が豊かに暮らすには経済の健全性が不可欠として、MITのスザンヌ・バーガー教授等が著した(Made In America, 1989)の中の言葉—To live well, nation must produce well—に冒頭触れた。次いでシュンペーター先生の1911年にドイツ語で著した『経済発展の理論(Theorie der wirtschaftlichen Entwicklung)』中で論じたinnovationに触れた(英訳版(The Theory of Economic Development)は、1926年の第2版に基づき1934年に刊行された)。初版と第2版は大幅に異なり、筆者は28歳の若きinnovativeなシュンペーター先生が著した初版が大好きだ。
教授は、日米両国の“時代精神(Zeitgeist/spirit of the age)”の変化、“人の心”の変化を指摘している。米国では「マネーゲーム」化が進み、日本では“戦中派”の退場と同時に「リスクを取る」事が消失していったのだ。そこで教授はケインズ先生の次の有名な文章に触れている: 
企業活動とは、「アニマル・スピリッツ、即ち不活動というよりも自然と湧き上がる衝動的行動の結果であり、数値化された利得に数値化された確率を乗じた加重平均の結果ではない(a result of animal spirits — of a spontaneous urge to action rather than inaction, and not as the outcome of a weighted average of quantitative benefits multiplied by quantitative probabilities)」のであり、「企業の活動は、南極探検と殆ど大差ない程の正確さを有する将来の利益計算に基づくもの(Only a little more than an expedition to the South Pole, is it based on an exact calculation of benefits to come)」。

また教授は、SONYでPlaystationを生んだ久夛良木健(くたらぎ・けん)氏の言葉にも触れているが、それは本当に印象的だ: 
今の日本は、かつてのローマ帝国と同様「時計」が止まってしまっているのではないでしょうか? それは、「チャレンジしないサラリーマン経営者」たちの存在です。失敗を恐れて自ら決断しない、まだまだ何とかなると高をくくっているサラリーマン経営者たちに共通するのは「低いアンテナと高いプライド」。かつての幻影に囚われ、内向きの課題対応に追われるうちに、多様な可能性や、破壊的なイノベーションに触れるチャンスをみすみす逃しています。

また同書は、嬉しい事に筆者が大好きなサン=テグジュペリの有名な言葉—肝心なものは目に見えない(L’essentiel est invisible pour les yeux)—にも触れている。そして後半には現在の日本の“時代精神”のより良き変化を期待し、オランダの歴史家ホイジンガの『中世の秋(Herfsttij der Middeleeuwen/The Waning of the Middle Ages)』の最後の言葉に触れた: 
“生活の調子”、人々の心が変わる時、初めてルネサンスが到来する(De Renaissance komteerst, wanneer de levenstoon verandert/The Renaissance comes first, when the tone of life changes)。
教授は、『淮南子』や『荘子』、夏目漱石や森鷗外、更にはニーチェにも言及している。読者諸兄姉も是非読んで頂きたい良書である。

6月17日、オランダ訪問中の天皇陛下のスピーチが素晴らしい。

オランダ国王・王妃主催の晩餐会で、陛下は世界情勢を踏まえ思慮深い内容の演説をされた。宮内庁のwebsiteで観る事が可能である。日蘭両国の交流と世界における両国の役割について、ジョークを交えた品格の高い英語で語られた。
陛下は、4世紀を超える両国の交流の歴史を顧みると同時に、第二次世界大戦時の悲劇にも丁寧に触れられた。周知の通り、昭和天皇や平成天皇の訪蘭時、騒然とした反日活動が続いた。なぜならオランダの大戦時の記憶は消えてないからだ。日本軍の捕虜虐待に対する辛い記憶が今尚残っているのだ。残念な事に蘭語が理解出来ない筆者だが、オランダの友人達に依れば、日本軍による虐待を記した本が多数存在するらしい。また記録に依れば、戦勝国別で見たB・C級戦犯の死刑執行事例は、オランダが最多で英国や米国よりも多いのだ。

こうした史実を認識された上で、陛下はスピーチの中で次の様に仰った:
“We must . . . never forget that there was once a time of suffering. It is truly sad that many precious lives were lost and many people were injured, including a large number of civilians, during the last world war. We must always strive to be modest in learning from our past history, listen to the pains and sorrows of the people with compassion, and must pass on our tragic experiences and hardships to future generations so that such sorrow is never repeated. Bearing in mind that there are those who continue to bear the pain of that time to this day, we must continue earnestly our efforts for peace.”

幸いな事に、上皇陛下と天皇陛下の真摯な姿勢により、次第にオランダ国民の態度が変わってきていると聞く。この友好的関係が続く事を切に願っている。だが前大戦が残した心の傷は深く、海外の友人の中には、父や祖父の時代に日本軍と戦ったという人が多くいる。筆者もHarvardやOxford、そしてNational University of Singaporeで、気軽に何でも話し合える関係になると、悲しい家族の歴史を語ってくれるようになる。戦争とは、国が敵味方に分かれただけで、見知らぬ人間の間で残酷な行為が生まれる残酷なものなのだ。

6月4日の米国大統領府発表の資料にも注目したい。

日米関係を注視している人は既にご存知と思うが、6月4日、ホワイトハウスは次の様な発表をした—“America 250: Presidential Message on the Anniversary of the Battle of Midway”。即ち6月4日はミッドウェー海戦の戦勝記念日だ。日本の優れた戦史家の大木毅氏が先月発刊した『ミッドウェイ海戦』は、帝国海軍の拙劣なる作戦をコンパクトにまとめた良書だ。特に作家である澤地久枝氏が著書『ミッドウェー海戦』を通じて帝国海軍が隠蔽した史実を明らかにした点を称えている。

両書を読めば、この海戦が「負けるべくして負けた海戦」だった事が理解出来る。両書に加えて、敗戦時、連合艦隊作戦参謀の千早正隆中佐は、戦後の著書『日本海軍の驕り症候群』の中で、敗因を反省する事が「海軍部内でも連合艦隊でもついに行われなかった」と記した。また敗戦時、駆逐艦「初桜」の航海長だった左近允尚敏大尉は、戦後の著書、『ミッドウェー海戦—「運命の五分間」の真実』の中で、「会敵の前に、日本は敵についてほとんど知らなかったのに対し、アメリカは敵についてほとんど知っていた」と記している。そして帝国海軍最後の軍令部総長豊田副武大将は、戦後の1950年に『最後の帝國海軍』を著したが、その中で、「私は、海軍の機密電報が敵側に解読されていたというハッキリした情報は、きいたことがない」と記し、また「潜水艦戦に関する限りは日本が世界第一だというぐらいに、自惚れを持っておった」とも語っている。帝国海軍の暗号が解読されていた事実は、ミッドウェー海戦直後に米マスメディアが暴露し、米国海軍自身が日本側に察知されないよう気をもんでいた。また潜水艦戦に関しては、ニミッツ提督が戦後著書の中で、“the poor showing of the Japanese submarines in contrast to the remarkable success of the American boats”と記した。かくして残念ながら、日米両提督の“頭脳”の差は明らかである。

戦訓を学ばず、慢心に浸る事の恐ろしさ。これは今の日本においても貴重な教訓である。筆者には太平洋戦争の歴史を詳細に知る米国の友人を数多く持っている。彼等と今後とも、両国が学ぶべき歴史の教訓について語り合ってゆきたい。

西太平洋情勢が気になる。台湾に関しては陸奥宗光の『蹇蹇録』の中の谷干城の意見を思い出している。

内外の友人達と、西太平洋情勢について議論している。議論の基になる主な近著はNaval Institute Pressの本だ—①Londonに在るthink tankのRowen Allport氏の著書(War Plan Taiwan: OPLAN5077 and the U.S. Struggle for the Pacific, Feb. 2026)、②中国海軍専門家—Toshi Yoshihara氏とJames R. Holmes氏による著書(Red Star over the Pacific, Third Edition: China's Rise and the Challenge to U.S. Maritime Strategy, Mar. 2026)、そして③元人民解放軍(PLA)将校でCentral Oklahoma大学の李小兵教授による著書(China’s Mahan: Admiral Liu Huaqing and the Rise of the Modern Chinese Navy, Mar. 2026)。そして今、谷干城が日清戦争後、台湾取得が将来の禍を招く事を警告していた事を思い出している。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第207号 (2026年7月)