ワーキングペーパー エネルギー・環境 2026.07.01
「空前の気温上昇」の捏造的プレゼンテーション
本稿はワーキングペーパーです。
IPCC第6次評価報告書第1作業部会(AR6 WG1)の政策決定者向け要約には、いわゆるホッケースティック型の図が載っている(図1左の(a))。横軸に過去2000年を取り、過去の気温はほぼ横ばい、近代だけが急上昇しているように見える図である。
この図には、幾つも問題がある。まず、温度計で測った近代の気温と、温度計のない時代を間接証拠から推定した気温を並べていることである。
温度計のない時代の気温は、年輪、氷床コア、サンゴ、湖底・海底堆積物などから推定する。だがこれらは「過去の温度計」ではない。地域も季節も偏る。年代もずれる。何十年、何百年も平均化された情報になっていることも多い。他方で、現代の観測値は、年ごと、月ごと、場所ごとにかなり細かく分かる。ところが、2000年前の気温は、そのような精度では分からない。にもかかわらず、AR6の図は、古い時代の不確かな推定値と近代観測値を一本の物語として表示している。読者の目には、黒い線が最後に急上昇する絵だけが残る。それに実際には、過去になるほど、古気候復元の不確実性は大きいはずだが、図ではそうなっていない。
この問題は、2001年のIPCC第3次評価報告書(TAR)で有名になった最初のホッケースティック問題のデジャブである。Mann, Bradley and Hughes の1998年・1999年論文では、主成分分析という統計手法が使われた。ところが McIntyre and McKitrick は、その主成分分析の前処理が通常と違い、20世紀に上向きになる少数の年輪データを過大に拾い上げる仕組みになっていたと批判した。彼らによれば、ほとんどノイズに近い赤色雑音を入れても、同じ手法はホッケースティック型の第一主成分を作り出す。これは単なる統計処理のミスではなく、データの処理が不適切であるためにホッケースティック型の結果が得られたのである。
この主成分分析問題は、「存在しない観測値を捏造した」という話ではない。しかし、データの要約量を作る統計処理が、あらかじめ望ましい形を第一主成分として拾うように働いており、それはデータの捏造に極めて近い。少なくとも「多数の気温代理指標(プロキシ)が一致して同じ結論を示した」とは言えない。
IPCCはもちろんこの論争を知っていた。だからAR6では、同じ過ちを避けるべきだった。ところがAR6は、PAGES2k 2019などに基づく新しい復元を使い、再び政策決定者向け要約(SPM)の冒頭でTAR同様のホッケースティック型のグラフを提示した。方法はMBHと同じではない。しかし、複雑でかつ不確実性の高い古気候復元を、政策決定者向けに一枚の強い図へ圧縮するという構図は同じである。
さらに問題を重大にしているのは、IPCC自身が、この図を報告書の中に置くだけで済ませることなく、その欠陥を増幅させたことだ。すなわちIPCCは、Figure SPM.1専用のプレゼン資料、記者会見スライド、見出し文、ファクトシート、プレスリリースで、同じメッセージをさらに短く、さらに強く発信した。記者や政策担当者の多くが最初に見るのは、分厚い本文ではない。まず見るのはプレスリリースや記者会見スライド等である。そこではホッケースティック型の絵が提示され、「過去数千年で前例がない」といった言葉だけが躍っている。方法論上の限界などは捨象されてしまっている。
例えばIPCCの2021年8月9日のプレスリリースは、報告書本文にある詳しい議論は無視して、「多くの変化が数千年、場合によっては数十万年で前例がない」という強い見出し文で始まる。記者会見スライドでも、「気候変動は前例がない」「人間の影響により少なくとも過去2000年で前例のない速度で温暖化した」というメッセージが大きく表示された。これはもはや学術的な情報提供ではなく、特定のポジションに立った広報である。
AR6のホッケースティック図は、古気候研究の不確実性に関する情報を正確に読者に提供する図にはなっていない。むしろ、不確実性を隠し、近代の気温上昇だけを強調する作為的な図になっている。IPCCの作成したスライドやプレスリリースを合わせて見ると、IPCCは「空前性」を科学的に説明したのではなく、「空前性」を作為的に演出したと言うべきである。これは科学的評価機関であるはずのIPCCがするべきことではない。

図1 IPCC AR6 WG1 SPM Figure SPM.1。左側のパネル(a)がいわゆるホッケースティック型の図。
本稿は、IPCC AR6 WG1 SPM Figure SPM.1、およびそれを再利用したIPCC公式プレゼン資料、記者会見スライド、プレスリリース、Headline Statements におけるホッケースティック型表示を検討する。焦点は、古気候復元を用いて「過去2000年、6500年、10万年で空前」という印象を構成する表示方法である。
第一に、MBH98/99をめぐる主成分分析批判を再検討する。McIntyre and McKitrickは、MBHの calibration-period centering が北米年輪ネットワークの第一主成分をホッケースティック型に偏らせ、赤色雑音からも同様の形状を生成しやすいと論じた。Wegman報告も、de-centered PCAがブリッスルコーン・パイン系列を過大に第一主成分へ押し出したと整理した。この処理は、単なる統計上の瑕疵ではなく、データの要約表現を作為的にホッケースティック化する作用を持つ。
第二に、AR6の Figure SPM.1 はMBHと同一の手法ではないが、制度的には同じ問題を反復している。PAGES2k 2019の複数手法・多数アンサンブル、不均質なプロキシ、時間分解能の差、空間・季節バイアスは、SPMでは単一の全球年平均復元曲線に圧縮された。Esper et al. (2024)が指摘するように、この表示は Common Era の気温史を過度に還元し、不確実性を狭く見せる。
第三に、IPCC公式の広報資料はこの問題を増幅した。2021年8月9日のIPCCプレスリリースは、冒頭で「数千年、場合によっては数十万年で前例がない」と訴え、記者会見スライドはFigure SPM.1のホッケースティックを大きく掲げた。Figure SPM.1専用プレゼンでは、赤丸や拡大図を用いて現代の急上昇を視覚的に強調している。これは、技術的限定条件を伝えるための補助資料ではなく、限定条件を削り落とした広報上の結論誘導である。
IPCCによる、異質で不確実なデータを単一の視覚物語に加工し、政策決定者・記者・一般読者に確定的な「空前性」を印象づける表現は、科学的評価の域を超える。これは「捏造的プレゼンテーション」である。
キーワード:IPCC、AR6、ホッケースティック、主成分分析、PAGES2k、古気候復元、SPM、プレスリリース、科学コミュニケーション、不確実性