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新緑の季節は、経済学界では学会や会議が目白押しである。多くの会議で発表された経済学の知見から経済政策への示唆に富むものを紹介する。5月27~28日に開催された日本銀行の国際会議と6月1~2日のキヤノングローバル戦略研究所(CIGS)の国際会議で発表された研究論文だ。
日銀の会議では、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のイヴァン・ワーニング教授が、原油高に対しては、各国が協調して金融政策を行うことが社会厚生を高めると指摘した。
ロシアのウクライナ侵略後、原油の供給制限から財・サービス価格が上昇、それが賃金上昇につながり、全般的なインフレが加速した。各国はグローバルな原油価格を前提として政策を行うが、実際は「各国の政策により原油への需要が変わり、それが原油価格を変える」というかたちで、各国の政策は原油価格に影響を与える。この点を考慮すれば、金融政策は(財政政策も)各国が協調して実施する方が最適になる。
通常、協調しない金融政策は過度に緊縮的になるとされる。しかしワーニング教授によれば、原油価格の上昇に対応する金融政策は過度に緩和的になる。原油需要が国内の経済活動に連動して増える性質があるため、各国ばらばらに金融政策を行うと、過剰緩和のバイアスがかかるからだ。
つまり、原油高に対しては、各国が個別に判断するよりも緊縮的な金融政策を行う方が国民生活を改善する。このロジックは、金融政策を超えて原油の消費量をどうすべきかという問題についても当てはまる。
各国は、原油価格が自分たちの行動ではコントロールできない外部条件とみなして原油の消費量を決めるが、実際は各国の原油需要の増減により原油価格は決まる。これを考慮せずに各国ばらばらに原油消費を決めると、過剰消費になり、原油価格をさらに押し上げてしまう。
国民生活を高めるためには、各国が協調して原油消費を節約することが望ましい。補助金による消費維持は激変緩和措置としては必要かもしれないが、長期的には一層の原油高というコストとして国民生活にはね返ってくる。

(出所)世界銀行
CIGSの会議では、米ノースウェスタン大学のサラ・モレイラ助教授が、価格硬直性は短期的な現象ではなく永続的に続くことを実証、そのためインフレは長期的な経済成長に影響することを理論的に示した。
非耐久財、準耐久財の消費財の販売価格を調べた結果、財の価格はライフサイクルを通じてほとんど上昇しない。そのため新製品の投入時は既存品より10~20%高い価格がつけられ、その後はインフレによって年率2~3%で実質価格が低下していく。また、価格硬直性が激しいセクターほど新製品価格は高くなる傾向があることなどを示した。既存製品の値上げをしにくくする社会規範があるのかもしれない。
新製品がもっていたイノベーション(技術革新)の利益はインフレによって徐々に侵食される。理論的に、インフレはイノベーションと経済成長率に長期的な影響を与えるとわかる。これまでは、金融政策は短期的な景気循環にしか影響しないと思われていたが、その常識を覆す。
ちなみにインフレがイノベーションに影響することを通じて経済成長率に影響を与える可能性は、早稲田大学の及川浩希教授と上田晃三教授も2015年の論文で指摘している。
モレイラ理論では、イノベーションの利益がインフレで侵食されるので、インフレはイノベーションを阻害する効果を持つ。一方で、イノベーションによる新製品投入が価格引き上げのチャンスを与えるため、インフレは新製品投入のインセンティブ(誘因)を高め、イノベーションを促進する面もある。
結局インフレの影響は一概に言えず、モレイラ理論は最適インフレ率について明確にしていない。しかし、経済成長率を最大にする最適インフレ率は当然存在するし、比較的低い数字になると想像できる。金融政策は景気循環を平準化することを目的とするという見方が一般的だったが、長期的な経済成長にも影響を与えるとすれば、より長期的な視野で政策を立てる必要があるかもしれない。
CIGSの会議では、英ケンブリッジ大学のヴァスコ・カルヴァーリョ教授が、格差拡大がイノベーションを阻害し、経済成長を抑えるという説を発表した。
米国の最新の大規模取引データを使い、高所得層を顧客に持つ企業は、特許件数で測定したイノベーションの度合いが低いことを示した。上位1%層は、イノベーションの度合いが低い財・サービスを消費する傾向がある。イノベーションはマスマーケットの財・サービスで生まれるが、主に高所得層が購入するぜいたく品や高級ブランド品は、イノベーションの度合いが低いからだ。
現代の米国は、高所得層が買う「低イノベーション財」の市場が拡大し、イノベーションの度合いが高い大衆財の市場が縮小する経済構造だ。すると企業のイノベーションへのインセンティブが低下し、経済全体のイノベーションが阻害され、経済成長が停滞する。こうして、格差が拡大するとイノベーションが阻害され、経済成長が低下する。
カルヴァーリョ教授の試算では、1980年代(2.13%)から2010年代(1.65%)にかけて生じた米国の1人当たり国内総生産(GDP)の成長低下について、その4割が格差の拡大に起因していた。
つまり、格差是正のための需要サイドの政策(再分配政策)が、間接的に企業のイノベーションという経済の供給サイドに影響し、経済成長を高める可能性があるということだ。
こうした研究から言えるのは、利己的・短期的・一方的(部分均衡的)な政策は、経済に問題を生じさせるということではないか。
ワーニング理論では、原油価格について個々の国が利己的な政策を行うと、原油需要が過度に拡大し、インフレ高進を通じて国民生活に負荷を与える。国際協調のために自国の需要を引き下げることは結局、自国の長期的利益になる。情けは人の為ならずという、ことわざ通りである。
モレイラ理論は、長期的な最適インフレ率と短期的な観点での最適インフレ率は異なることを示唆する。長期の利益に照らして最適なインフレ目標はどの程度か、探求する必要がある。
カルヴァーリョ説は、格差是正がイノベーションを促すことを示唆し、「家計は消費、イノベーションは企業」という部分均衡的でステレオタイプな捉え方に再考を迫り、一般均衡的に経済を捉えることの重要性を鮮やかに示している。
政策を考える際には、全体最適・長期の利益・一般均衡を志向する「マクロ思考」が必要だということを経済学の研究は改めて教えてくれるのである。
記事内の弊所開催会議「マクロ経済カンファレンス」の詳細は、以下リンクよりご覧いただけます。