本稿執筆現在、ホルムズ海峡の事実上の封鎖が続いている。これは戦後最大の日本のエネルギー危機となり、更には大恐慌以来の世界経済危機に発展する可能性すらある。石油の中東依存を等閑視してきた日本のエネルギー政策は完全に破綻した。脱炭素を最優先に据える方針を抜本的に改め、化石燃料および原子力によるエネルギー供給の多様化・強化を断行すべきである。
日本は原油の95%と天然ガスの約1割を中東に依存してきたがその殆どは、イランに面するホルムズ海峡経由であった。既に積み出しは1月半余り滞っている。仮に戦闘が停止しても、中東情勢は不安定なままであり、またいつ海峡が封鎖されるか分からない。
日本だけでなく世界全体、とりわけアジアが多大な経済影響を受ける。中東は世界の石油生産の34%を占めるが、その74%はアジア大洋州向けであるためだ。日本より備蓄日数の少ないアジア諸国では既に石油不足が起き、ガソリンスタンドに行列ができ、自家用車利用の制限なども始まっている。今後は、日本製造業へのサプライチェーンへの影響も顕在化してゆくだろう。
資源エネルギー庁は1973年に、資源とエネルギーの安定供給を使命として設立された。ところが菅義偉首相が2020年に2050年CO2ゼロを掲げて以来、脱炭素を最優先とする組織に変貌してしまった。その結果、石油の中東依存が極めて高いという致命的な問題が、たびたび指摘されながらも、何らの手も打たれず放置されてきた。これは同庁の存在理由に関わる問題である。
1973年、日本はエネルギー供給の実に75%を石油に依存していた。そして石油ショックの反省から、いまでは石油35%、石炭24%、ガス21%とバランスは改善した。だが石油については、極端な中東依存が等閑視されていた。
いま日本はホルムズ海峡以外からの石油輸入に奔走しているが、供給がどこまで確保できるかは全く楽観できない。調達先を変えようとしても同じ事情を抱える諸国との競争になる。加えて、輸送するタンカーが足りない、積み出し港湾が足りない、原油の質が日本の製油所に合わない、といった問題が生じてくる。
教訓は明らかだ。平時から取り組んでおかないと、にわかに供給源を多様化することは容易ではない。今後、中東からの輸出が回復するとしても、日本は世界各地からの調達を強化し、多様化を図らねばならない。
有力な候補は、南北アメリカ大陸である。近年の採掘技術の発達によって、中東に匹敵する一大石油生産地に成長した。米国、カナダ、ブラジルの3か国だけで2023年には日量3200万バレルを生産している。日本の石油消費は日量334万バレルであり、その一部でもこの大陸から輸入すれば、供給源の多様化になる。
日本は天然ガスについてはこの多様化が出来ていた。すなわち、官民連携のもと、ガス開発の上流に投資し、出資額に応じて一定量のガスを現物で受け取る契約を結んだ。また調達においては、数年にわたる期間契約を締結した。このため、今回の危機においても、深刻な供給不足に陥る心配はない。これをお手本として、石油についても供給の安定化を図るべきである。
エネルギー源の多様化も図らねばならない。石油とガスの代替としては、原子力の再稼働を急ぐことは勿論のこと、石炭火力をフル活用すべきである。将来的にも、石炭火力を維持しておけば、緊急時には焚き増しによって電力供給を維持でき、平時には電力価格を安価に保つことができる。
ところがここ数年、日本政府は脱炭素のためとして、石炭や石油の消費を抑圧するような政策ばかりを実施してきた。
特に大問題なのはこの4月から本格導入された排出量取引制度である。これは約400社の大規模排出者に排出枠を設定し、それを超える企業に政府ないし他企業からの排出枠購入を義務付けるものだ。制度の名前こそ取引制度だが実態はCO2の総量規制である。
日本全体の排出削減目標が2013年比で30年46%減、40年73%減、50年100%減という無謀な数値に設定されている中で、かかる総量規制が導入されれば、事業者は、いつ排出枠を大幅に減らされ、高額の排出権購入を余儀なくされるか分からない。
この制度が廃止されなければ、石炭火力発電所は死刑宣告を受けたのも同然で、次々に閉鎖されるだろう。石油の利用も抑圧され、企業は資源開発への投資や多様な調達先の開拓をする動機を失う。
脱炭素政策、なかんずく排出量取引制度は、石炭と石油という重要な選択肢を日本から奪い、エネルギーの多様化というエネルギー安全保障上の要請に完全に逆行するものだ。
火力発電はもとより、高炉製鉄、石油化学などのエネルギー多消費産業においても、新設はおろか、既存設備の維持投資すら手控えられるようになるだろう。これらの重厚長大産業が支えてきた幾つもの地方で経済は衰退する。
現行のエネルギー基本計画は再エネ最優先を掲げ、2020年時点で全電力の1割に過ぎなかった太陽光・風力発電を2040年には3割から4割にするという。だが天気任せの再エネを大量導入すれば、発電しすぎたときは電気を捨てることになり、それを避けるためとして蓄電池を導入したり送電網を増強するなどすれば、さらにコストが嵩む。これは電力系統統合コストと呼ばれる。これを勘案すると、政府試算によれば発電コストはキロワット時当たり30円前後となる。普通の火力発電や原子力発電であれば10円前後であるから、3倍にもなる。これでは光熱費は高騰し、経済は疲弊する。政府は脱炭素により「グリーン成長」すると唱え続けてきたが、成長などするはずがない。
エネルギー安全保障には、緊急時と平時の2つの要素がある。戦争などで供給の途絶が起こる緊急時への備えはむろん必要である。これに加えて、平時には、安価なエネルギー供給を実現せねばならない。それが強い製造業、経済、ひいては技術力、防衛力に直結し、長期的には国の安全保障に直結するからである。太陽光・風力はこれに逆行する。
高市首相は「安定的で安価な」エネルギーを目指すと施政方針演説で述べた。その言や善し。だが脱炭素を最優先するという日本のエネルギー政策は、未だ前任者のときから何ら変わっていない。
さて、いま世界の地政学を大きく変えつつある中東危機であるがこれは世界経済を大きく変えつつあるAI(人工知能)革命の只中で起きた。AIは経済成長の原動力であるのみならず、防衛においても兵器を制御するための死活的に重要な技術である。そして、それが利用するデータセンターの操業や半導体生産のためには莫大な電力を必要とする。
この関係を認識した米国は、2025年12月に発表された「国家安全保障戦略」において、豊富で安価な供給によってエネルギー優勢(ドミナンス)を確立し、以てAIをはじめ技術で先行し、経済と軍事において世界を圧倒するとしている。
米国はいま日本の4倍の電力を消費しているが、今後10年ほどで更に日本1つ分の電力需要が増える見込みとされる。その大半は安価な天然ガス火力で賄われることになる。他方で中国は、1年間で5千万キロワットもの石炭火力を建設している。これは日本の石炭火力設備容量の合計に匹敵する。日本が何十年もかけて建設してきたのと同じだけの石炭火力を中国は毎年建設している訳である。
中国というと再エネの推進ばかりが喧伝されるが、じつは原子力や天然ガスなどあらゆるエネルギーの開発を並行して進めている。そして発電のなお6割を占める石炭火力はいまも猛烈な勢いで増強が続いている。
米国は天然ガスで、中国は石炭で、安定的で安価な電力を豊富に供給することでAI競争に勝とうとしている。
日本も国家安全保障戦略において、エネルギーを柱として位置付け、安定的で安価な電力を供給すべきだ。今後10年程度でAIのために電力供給を増やすには、日本も火力発電に頼るほかない。火力発電を滅ぼす政策を続ければ、電気は不足し高騰し、日本はAI産業にとって投資不適格となり、競争に敗ける。
一方で、いま政府が描いているグリーンイノベーションとは、規制や補助金による政策的誘導によってCO2を排出しないエネルギー供給を実現するというものだ。だが対象は再エネなど高価な技術ばかりで、政府支援が切れれば自立できない。
そもそもエネルギー供給におけるイノベーションは、成熟した技術である火力発電や原子力発電等と競合するため、実現のハードルが高い。それよりも、エネルギー供給については火力発電を筆頭に既に確立した方法で安定的かつ安価に供給した上で、AI等のエネルギー利用技術のイノベーションを促す方が現実的である。これがエネルギーとイノベーションのあるべき関係だ。
気候が危機にあるがゆえに直ちに脱炭素が必要だという言説も非科学的である。台風や大雨などの災害の激甚化は統計的に観測されておらず、不吉な予測をするシミュレーションは過去の再現すらできない。脱炭素には世界全体の協調が必要とされるが、現実には諸国はいま石油・ガスの争奪戦を繰り広げており、また石炭を埋蔵する国は増産に一斉に舵を切っている。この中で、仮に日本が2050年にCO2をゼロにしても、それによって下がる気温はせいぜい0.006度に過ぎない。
高市政権は、責任ある積極財政を旗印に新たな成長戦略を取りまとめるという。ならば脱炭素を止めるべきだ。メガソーラー乱開発への規制強化は実施することになったが、これだけでは足りない。
政府は脱炭素のためとして巨大なステルス増税をしている。再生可能エネルギー賦課金は既に年間3兆円に上っている。そしてグリーントランスフォーメーション(GX)計画では今後10年間で官民合わせて150兆円のグリーン投資を制度的な規制や補助で実現するとしている。この原資は年間15兆円もの国民負担となる。
政府はいま、一方ではガソリン減税をしたり光熱費補助金を給付したりしながら、その裏では、何倍もの負担をもたらすGX制度化を着々と進めているのである。高市政権は、歴代自民党政権の下で進行してきたこの欺瞞を国民に正直に告白し、GXには大鉈を振るうべきである。
自民党政権はこれまでGXによって経済成長するとしてきたが、これは虚構である。太陽光、風力だけではなく、アンモニア発電、水素利用なども推進されているがいずれも光熱費を高騰させる。洋上風力についても、三菱商事グループの撤退によって、コストが高いことが改めて露呈した。
米国のゼルディン環境保護庁長官は、バイデン政権期までに導入されたCO2規制を悉く撤廃し、史上最大の「1兆ドルの規制緩和」を実現すると表明した。
英国とドイツでは、極端に脱炭素を進めてきた帰結として、光熱費の高騰と産業空洞化が進み、政権与党の人気は地に墜ちた。支持率で勝る保守系の野党は脱炭素の放棄を公然と主張しており、政策変更も時間の問題になっている。
そして世界は既に、脱炭素の野心を競うという虚栄の競争から、エネルギーの安定供給とコストをめぐる現実の競争へ移っている。
高市首相は総裁選中、「これ以上私たちの美しい国土を、外国製の太陽光パネルで埋め尽くすことには猛反対」であるとした上で、「補助金制度の大掃除をして、本当に役に立つものに絞り込む」と発言していた。ならば一般会計だけでなく、特別会計に積み上がったエネルギー関係の補助金、賦課金などの大掃除をすべきである。加えて、再エネ導入義務化などの数多の規制も撤廃が必要だ。これも国民のコスト負担を招く点でステルス増税に他ならないからだ。
世界では原子力への回帰が進んでいる。AI革命による電力需要の増大に加えて、ウクライナおよびイランでの戦争によるエネルギー供給ショックが重なり、各国の本気度が増してきた。
2026年4月時点で建設中の原子炉は72基に上った。中でも、中国は35基と突出している。その他はインド8、ロシア5、エジプト4、トルコ4、韓・英・バングラデシュ・ウクライナ各2基などとなっている。
欧州においても、原子力について肯定的な意見が強くなっている。象徴的であったのは、2026年3月10日にパリで開かれた第2回原子力エネルギーサミットでの、ドイツ出身の欧州委員会委員長フォンデアライエンの発言である。欧州が原子力のシェアを落としてきたことは「戦略的な誤り」だったと述べ、原子力を「信頼でき、手ごろな低排出電源」と位置付けた。
欧州ではフランスなどの原子力推進派と、ドイツなどの反対派が、長い間にわたって、原子力を再エネ並みに推進すべきか否か、と不毛な論争を続けてきた。だがここにきて、推進派の意見が勝るようになってきた。
フランスは大型原子炉「EPR2」を6基建設する国家プロジェクトを進めている。総事業費は約728億ユーロに達し、2038年の運転開始を目指す。さらに最大8基の追加も検討されている。
東欧でも原子力回帰が進んでいる。ポーランドは初の原発として「AP1000」3基を計画している。チェコはドゥコヴァニにおいて新設することが決定した。ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアも新増設を進めている。
米国でも活発な動きがある。米原子力規制委員会は2026年3月、テラパワー社のワイオミング州におけるケンメラー発電所計画について、ほぼ10年ぶりに、商業炉の建設の承認をした。加えて、複数の方式の小規模モジュール炉(SMR)技術開発が進められている。米エネルギー省は、総額9億ドルの「第3世代プラスSMR」原子炉支援事業に乗り出し、テネシー渓谷開発公社(TVA)のBWRX-300計画やホルテック社によるSMR-300計画を採択した。
その一方で、日本の再稼働の歩みは遅い。
原子力規制委員会は2026年4月、テロ対策設備(特重)の完成期限について見直しを行い、5年という期間は維持しつつ、その起算点を従前より遅らせて「運転開始時点」とした。これは正しい方向への一歩ではあるが、課題は山積している。
日本の原子力規制の問題点は、「リスクを合理的に管理する規制」ではなく、「リスクゼロを目指す何重もの規制」になってしまっていることだ。
既に、東日本大震災の教訓を踏まえて、複数の非常用電源を配備したり建屋に水密扉を設置するなど、津波対策は何重にも強化されている。
現実を見れば、原子力発電所を動かすリスクよりも、動かさないことのリスクこそ顕在化している。いまの危機において原子力発電所を止めたままでは、電力が不足するかもしれない。あるいは電力料金が高止まりし、日本はAI競争に敗けるかもしれない。
再稼働が遅れると、それだけ化石燃料に頼らなければならない。原子力発電所は、通常の運転状態にあれば、装荷済みの燃料および装荷待ちの在庫の燃料だけで、最長で3年間にわたって発電することができる。エネルギーの殆どを輸入に頼る日本にとって、仮に海上封鎖を受けても発電を継続できるこのメリットは極めて大きい。
原子力安全についてだけリスクゼロを追い求めると、国全体としての安全保障と経済のリスクが大きくなる。リスクを総合的に管理し、合理的な再稼働を進める政策への転換が必須である。
イギリスの元首相チャーチルは1911年に海軍大臣に就任すると、英国海軍の主力艦の燃料を石炭から石油へ転換する政策を推進した。当時イギリスは石炭を豊富に産出していたが、石油は本土ではほとんど採れなかったため、安全保障上の懸念が提起された。
これに対してチャーチルは、「石油の安全と確実性は、多様性の中に、そして多様性の中にのみ存在する」との箴言を述べた。
英国はこれを実行していった。すなわちペルシャ湾に加え米国、中東、インドネシアなど複数地域から石油を調達する体制を構築した。こうして供給源の多様化によって海軍のエネルギー安全保障を確保したのである。
石油の中東依存を放置する一方で脱炭素に邁進してきた日本のエネルギー政策は破綻した。国民の安全と財産を守るためには、エネルギー政策を国家安全保障の柱に据えなおし、化石燃料資源の多様な調達強化と原子力の再稼働を急ぐべきである。
「再エネ大量導入によるエネルギー自給自足」では光熱費は高騰し安全保障に逆効果となる。
燃料の多様化、供給国の多様化、電源の多様化の3つのレベルの多様化によって安定的で安価な供給を実現することがエネルギー安全保障の要諦である。