残念な事に世界の人々の心の中に連帯感が失われつつある。アンチ・グローバルに傾いているのだ。こうした事態を踏まえグローバリゼーションを再考する必要がある。
危機に瀕した欧州では指導者が諸国の結束を訴えている。だがその一方で、EUに対して懐疑的な政党が勢力を伸ばしている。英国では「リフォームUK(旧称ブレグジット党)」が他党をしのぐ勢いだ。またドイツでも「ドイツのための選択肢(略称AfD)」が勢力を拡大している。
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筆者は12月に欧州を訪れ友人達の意見を聞いた。友人達はアンチ・グローバリズムを「浅薄でくだらない」と軽視したが、筆者は次のように反論した。英国の優れたメディア『エコノミスト』誌や『フィナンシャル・タイムズ』紙は優れた論説でEU離脱に反対したが英国民はブレグジット党の主張を支持した。またドイツの優れたメディア『ディー・ツァイト』誌はAfDに関して警鐘を鳴らすが、極右政党は勢力拡大を続けている。
アンチ・グローバル派の政党はエリートによる利益誘導(エリート・キャプチャーという現象)を非難し、反エリート主義を民衆に煽情的に語り支持拡大しているのだ。
こうした筆者の意見に対し、オックスフォード大学の友人は、「でも、ジュンはグローバリストだろ?」と聞いた。それに対し筆者は「とんでもない。ボクはグローバリストじゃない。だがグローバル化は賛成だ」と答えた。
グローバリズムとは世界の政治経済、さらには文化までが一体化することを想定した主張と現象である。そうした事態は絶対に実現不可能だ。
他方、グローバル化は、日進月歩の運輸通信技術の発達で政治経済や文化のグローバルな交流が可能となる過程や現象を指す。そして様々な分野において各国が独自にグローバル化を制御、あるいは拒否するため、グローバル化の状態は各国の間で異なるのだ。
グローバリズムの実現可能性を否定する代表的証左は言葉だ。全人類が意思疎通できるように設計されたエスペラント語を話す人は世界で百万人足らず。言語だけでなく、各地の生活習慣や商習慣、価値観や歴史観、更には政治制度が世界共通になるなんて考えられない。
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ただ、芸術やスポーツ分野ではある程度速やかにグローバル化が進展する。例えば昨年のショパンコンクールは演奏者の「国籍」が関係ない事を示した。他方、古今亭志ん朝の落語や神田伯山の講談の魅力を外国人が理解するにはハードルが高すぎる。
グローバル化の進展度合いは分野ごとに政策や各地の文化的な受容性、さらには運輸通信技術の発達によって異なる。
従って我々はグローバル化のスピードを自らのペースに合わせ、しかも他国と協調しつつ発展させる事が重要なのだ。
こう考えた時、米中両国は一種のグローバリズムを全世界に押し付けているように映る。すなわち米国はアンチ・グローバルと称し、自己中心的なアメリカ・ファースト主義を主張している。また中国は新国際秩序と称し、反米的な中国中心的グローバリズムを主張しているのだ。