コラム 国際交流 2026.02.09
小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。
米中欧におけるAI・Roboticsの社会実装が本格的に開始するとの情報が筆者の許に届くようになった。
小誌でAI・Robotics関連技術は未だに“黎明期”の段階であるとこれまで述べてきた。だが、今年になって社会実装を試みる段階に移行しつつある事を実感させる情報が筆者の許に届くようになった。
先月初旬に米国のLas Vegasで開催された世界最大級の技術見本市(CES)を訪れた知人から「今年のCESは従来の新技術の“紹介の場”から、新技術の社会実装を“提案する場”に変化したという印象を受けた」という感想を聞いた。残念な事に二次情報に基づいた判断しか出来ないが、中国系企業は出展者の4分の1を占め、彼等はAI・Roboticsの実用化に熱心らしい—例えばMIT Technology Review誌は次の様に伝えている。Humanoid robotsの技術自体は未だ黎明期の段階だ。そして将来の発展に必要なものはtext dataではなくてphysical world dataだ。従って中国に在る様々な製造現場がPhysical AIのためのデータ収集基地となり、Humanoid robotics育成産業が出現・発展している。かくして近い将来、「中国で製造、世界で販売、そして米国市場で新製品実装化実験(Build in China, sell to the world, and treat the US market like the proving ground)」となる(PDF版2参照)。
また軍民両用技術(DUT)であるAI・Roboticsに関する情報にも注視している。例えば米国think tankのRAND Corporationが1月22日に公表した報告書はAI warfareに関する4領域の大変革を論じている(“How Artificial Intelligence Could Reshape Four Essential Competitions in Future Warfare,” PDF版2参照)。また米空軍は米英加3ヵ国合同の戦闘管理(Battle Management)の計画立案実験を公表した。その結果は、AIを活用した場合の方が人間のみで立案した場合に比べて良好な成績を残している(PDF版2の“Human-Machine Teaming in Battle Management: A Collaborative Effort across Borders”や“Air Force Says AI Tools Outperform Human Planners in ‘Battle Management’ Experiment”参照)。欧州でも社会実装の動きは報告されている。例えばマルク・ルッテNATO事務総長は、1月28日、DUT技術(Counter-Unmanned Aerial Systems)の会合に出席し、NATOがdrone warfareに備える取り組みを論じた(PDF版2の“NATO Secretary General Joins Industry during NATO’s C-UAS Week”を参照)。
先月、Harvard時代の友人達と語り合う機会に恵まれた。
Harvard大学の講師で一橋大学での集中講義のため先月来日したジェイ・ローゼンガード氏と元日本銀行国際局長の福本智之大阪経済大学教授、そして筆者の3人が神楽坂に集まった。米政権と対立するHarvardの現状を聞ける貴重な機会だ。彼に依ると、中国人学生・研究者はHarvardで以前と同様の生活を過ごしているらしい。Harvard International Office(HIO)の統計に依れば、昨年度の中国人の総数は2,126名でコロナ禍以前より僅かに減っただけだ(PDF版のBloomberg誌1月13日付記事や表を参照。因みに日本人は260人)。ただ福本教授や筆者がHarvardに居た時代に比べると米中・日米共に交流活動は随分落ち着いてきているとのこと。また政府の研究助成金削減を受け、教授達は自主的減給を受け入れ、また職員の一部は解雇されたらしい。米現政権下では大学の受難は続くと予想される。
以前弊所に半年間滞在した中国専門家のトニー・セイチ教授は学生の指導から解放され、故ナイ教授や故ヴォーゲル教授と同様に自由に研究出来るResearch Professorの職位を得て優雅な研究生活を過ごしているらしい。そして彼が以前務めていた役割はOxford大学から移ったラナ・ミッター教授が引き継いだ。セイチ教授やミッター教授が先導し、米中関係に知的で冷静な雰囲気を呼び戻してもらいたい。
以前弊所に1年間滞在したIndiana大学のヒラリー・ホルブラウ助教授の著書が昨年12月15日に出版された(Future Is Foreign: Women and Immigrants in Corporate Japan, Cornell University Press)。彼女を知ったのは、Harvard大学の日米関係プログラムExecutive Directorの藤平新樹氏が日本企業の人材開発を研究する同プログラムの米国人の受け入れを筆者に依頼してきた事がきっかけだ。聡明な彼女は日本語で敬語も上手に使えるために安心して弊所に迎える事が出来た。そして弊所の堀井昭成理事・特別顧問に経済同友会とのコンタクトをお願いし、また筆者が長年お世話になった三菱金曜会事務局にも紹介する事が出来た。同書は文献調査に加え、アンケートやインタヴューを通じ、巷間流布する(男性サラリーマンが支配的な内向きの日本企業社会という)固定観念(stereotype)を再点検した良書である(小誌前月号の2参照)。
今年のダボス会議(World Economic Forum (WEF))に関して友人達と議論した。
Harvard大学時代はWEFに参加した故ハンティントン教授からDavosでの裏話を聞いて楽しんでいた。だがそれ以降は一般公開されたWEFのvideoや資料を時折一瞥するだけだった。だが、今年は国際情勢が大きく変化している時。従って今回だけは世界の指導者の政治経済や技術に関する発言に関心を抱きvideoを観た。例えば①昨年のノーベル経済学賞を受賞したホウィット教授やアギヨン教授による“Return of Creative Destruction”、②ブリンニョルフソンStanford大学教授やタイソン元大統領経済諮問委員会(CEA)委員長による“Preventing Jobless Growth”、③ロゴフHarvard教授やフォーブスMIT教授による“Dedollarization or Redollarization?”、④“China’s AI+Economy”に出演したTencent(腾讯)の汤道生氏や世界工学機関連盟(WFEO)会長を務めた柯公氏の話に興味をそそられた。
今年のWEFで友人達と最も数多く意見交換したのはカナダのマーク・カーニー首相の演説だ。筆者は首相の事を殆ど知らない。だが、videoを観て確かに名演説だと思った。彼の演説の反響は本当に凄い。直後からこの演説に関して数多くの海外メディアが取り上げている(例えば21日のFrankfurter Allgemeine Zeitung紙や22日のLe Monde紙。また25日のEconomist誌や27日のFinancial Times紙、PDF版の2参照)。
首相は冒頭フランス語で語り、英語で演説を始めた。そしてツキジデスの『戦史(The History of the Peloponnesian War; Ιστορία του Πελοποννησιακού Πολέμου)』の中の有名な「メロスの対話(the Melian Dialogue; Διάλογος Αθηναίων-Μηλίων)」(第5巻第89章)を引用した—「強者は出来る事を為し、弱者は当然の苦難を受ける(The strong do what they can, and the weak suffer what they must: δυνατὰ δὲ οἱ προύχοντες πράσσουσι καὶ οἱ ἀσθενεῖς ξυγχωροῦσιν)」。
筆者は「メロスの対話」を20日の首相演説の直前、15日にグレッグ・グラディンYale大学教授がNew York Times紙への寄稿文の中で触れていたので感激もひとしおだった(“Trump Picked the Right Stage to Act Out His Imperial Ambitions”)。そして友人達とは中仏独の3言語で、この言葉を語り合っている(强者可以为所欲为,弱者只能承受苦难; Les forts agissent selon leur volonté et que les faibles en subissent les consequences; Die Starken tun können, was sie können, und die Schwachen leiden müssen, was sie müssen)。
「米国の民主主義が“変調”をきたしているのでは?」と感じているのは筆者だけではあるまい。
前述したHarvard大学のジェイ・ローゼンガード氏との会合で、同じくHarvardのスティーヴン・レビツキー及びダニエル・ジブラット両教授の著書(Tyranny of the Minority: Why American Democracy Reached the Breaking Point (『少数派の横暴: 民主主義はいかにして奪われるか』))についても議論した。原書の出版から1年経た2024年秋に邦訳が出版されたため、多くの読者諸兄姉が読了していると思うが、ここでは極めて簡単に筆者の感想を述べる(原書約250ページ、邦訳本約300ページを要約するため、著しく偏った感想である事をお許し願いたい)。
現在の米国政治は正当な民主主義の原理に反して、選挙結果を受容せず、また政治的暴力が横行し、その結果、過激派勢力が国家の頂点に登り詰めている。こうした状況下で、著者は民主主義衰退の原因を見極め、更には民主主義を回復ざせるための処方箋を提示する。
現在の米国では、白人社会の多数派が所謂「人種的置き換え理論(great replacement theory)」を信じている。即ち台頭する非白人及び移民が、少数派になりつつある我々(白人)を政治の舞台で“置き換える(replace)”のでは、という危機感が出現している。このため2020年の大統領選挙では、現職の大統領が米国史上初めて選挙結果を否定し、大多数の共和党系の人々も否定するという暴挙に出た。そして2024年の大統領選では、選挙人団(electoral college)等の国政選挙上の制度的欠陥が原因となり、米国民全体で考えたならば本来は少数派が“捏造された多数派(manufactured majorities)”となって、正当な選挙制度に基づき政権交代を認めるという民主主義的原理に反する形で勝利したのだ。
衰退した民主主義を回復させるために、著者はノーベル平和賞受賞者のジェイン・アダムスの言葉「民主主義の病弊の治療は民主主義の更なる強化(The cure for the ills of Democracy is more Democracy)」に言及し、現在特別に擁護された少数派の権利を修正し、健全な形で多数派が勝利するような制度改革を提示する。即ち選挙人団や恣意的な選挙区変更(Gerrymandering)の廃止、更には最高裁判所の判事に対する任期制限等の15種類の処方箋を提示する。処方箋は困難だが、著者は「変化に対する最大の武器は沈黙(The most powerful weapon against change is silence)」であり、彼等が怯んで沈黙すれば「非改革派の主張が自己成就する予言になる(Non-reform is a self-fulfilling prophecy)」と警告する。
19世紀のトクヴィルは『米国の民主主義(De la démocratie en Amérique)』の中で、またミルは『自由論(On Liberty)』の中で“多数派の専制(Tyranny of the Majority)”に警鐘を鳴らした。今は国内の少数派(だと危機感を感じた白人社会)内部での“多数派の専制”が問題となっているようだ。
カナダのカーニー首相の言葉が秘めた重要性: 「世界秩序の断絶、美しい物語の終焉、そして残酷な現実の始まり」。
前述したカーニー首相は、演説の冒頭、フランス語で「世界秩序の断絶、美しい物語の終焉、そして残酷な現実の始まり(la rupture de l'ordre mondial, de la fin d'une fiction agréable et du début d'une réalité brutale; the rupture in the world order, the end of a nice story, and the beginning of a brutal reality)」に関して語り始めた。
首相の演説に対してトランプ大統領は直ちに反発したが、大多数の友人達はカーニー首相の難局における冷静な判断を支持している。1月23日に米国戦争省(DoW)が公表した「国家防衛戦略(NDS)」を読むと、やはり「残酷な現実の始まり」を実感する。これに関して米国think tank(戦略国際問題研究所(CSIS))が、27日に20ページの資料を公表した(“The 2026 National Defense Strategy by Numbers”、PDF版2参照)。、資料は過去の政権による同様の防衛戦略と比較した上で2026年のNDSを評価している。特に第1期トランプ政権時のNDSと比べると、優先事項が“大国間競争(great power competition)”から“米国本土防衛(America First)”へ変わり、ペンタゴンの使命も「戦争抑止と国家安全保障(deter war and protect the security of our nation)」から「力による平和を念頭に剣と盾を(nation’s sword and its shield for lasting peace through strength)」へと変わった。ところで資料の中で筆者が思わず笑った部分がある。第1期政権のNDSにはトランプ氏の名前や姿は出ていなかったが、今回のNDSにはトランプ大統領に言及した文が47ヵ所、また彼の写真を含む姿が5ヵ所。まさにトランプ色に染まったNDSだ。
NDSと昨年12月4日発表の「国家安全保障戦略(NSS)」を読んでも具体的な国防予算は分からない。だが1月8日にトランプ大統領は、27年度国防予算について1.5兆ドルと前年度比で6千億ドルの増額を議会に要求すると語った。確かに「力による平和(peace through strength)」には高額の費用を要する。そして「西半球を守り、しかも“Golden Fleet”構想等で中国との建艦競争を行い、国内に盤石な国防産業基盤(Defense Industrial Base (DIB)を整備すれば巨額の国防予算が必要だ」と友人達と語り合った(例えばPDF版2の議会予算局(CBO)資料の図(出典は“The Congress, the Golden Fleet, and the Shipbuilding Industrial Base in 2026,” Jan. 15.)、また1月8日のReutersの記事や9日のDumbacher氏の解説を参照)。
ロシアの脅威に直面する欧州は既に「残酷な現実」が始まった。独Frankfurter Allgemeine Zeitung紙の1月15日付記事を見て驚いた—「独海軍総監カーク中将、海軍は“嘗てない程の現実味を帯びた”戦争の脅威を目の当たりにしている(VizeAdmiral KaacK: Marine sieht Kriegsgefahr „konkreter denn je“)」。独海軍最高位の将官であるカーク中将は15日に「2026年所感(„Meine Absicht 2026“)」を公表した。彼は「バルト海及び北海での緊張状態(eine hoch angespannte Lage in Ost- und Nordsee)」を指摘し、「戦備不足の状態は、武力対立回避の戦略たり得ず(Harmlosigkeit ist keine Strategie zur Kampfvermeidung)」と語った。筆者は友人に対し「日本には諺『備えあれば憂いなし』がある。ドイツ語では„Gute Vorbereitung für alle Fälle“と言ったら良いか?」と伝えた(またラトヴィア中銀総裁の危機感を伝えたPDF版2のFinancial Times紙1月17日付記事も参照されたい)。
故ジョセフ・ナイ教授達と楽しんだコロラド州に在るアスペン研究所での知的交流を思い出している。
1月27日付Forbes誌の記事(“No Davos Invite? These 6 Leadership Conferences Are Great Alternatives (世界経済フォーラムだけじゃない: 2026年、真に価値あるリーダーシップ会議6選)”を読み、故ナイHarvard大学教授や国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めた故スコウクロフト将軍と語り合ったコロラド州アスペンに在るthink tank(Aspen Institute)を思い出していた(PDF版2参照)。
Forbes誌の記事はダボス以外で集うべき本年の“場”を6ヵ所提示している。即ち①SXSW Conferences & Festivals (March 12~18, Austin, TX)、②Lead Where You Stand (June 4~5, Santa Barbara, CA)、③ALIVE: Intentionally Evolving Our Futures (April 23~25, Asheville, NC)、④The Future of Everything Festival (May 4~5, New York)、⑤Harvard Flourishing Summit (March 18~19, Cambridge, MA)、⑥Aspen Ideas Festival (June 25~July 1, Aspen, CO)だ。
提示された6ヵ所のうち、筆者が過去に参加したのは⑥Aspen Ideas Festivalだけだ。アスペンでは様々なイベントが同時並行的に開催されており、多様な分野の人々が集い、楽しい会食や演奏会が開催されている。同研究所はシカゴの実業家ウォルター・ペプテ氏が資金提供し、シカゴ大学のロバート・ハッチンス総長の助言を基に設立されたthink tankである。1949年夏、文豪ゲーテ生誕2百年を記念し、ノーベル平和賞受賞者のアルベルト・シュヴァイツァー博士や哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセット等の教養ある人々が集い、think tankの設立準備を祝った。
リゾート地であるアスペンでは急流下り(rafting)や乗馬(horseback riding)等を討論会の合間に楽しむ事が出来る。そうした活動が嫌いではないが、筆者は自習を選択して、スペインの友人から哲学書を教わっていた。彼が『ドン・キホーテに関する考察(Las Meditaciones del Quijote)』を筆者のために読んで聞かせてくれた事が懐かしい。アスペンに集った人々との交流を思い出し、米国の現政権はどうして彼等のような優れた人々の智識を政策に生かさないのか、と不思議でならない。知的活動に関する彼等の努力は全く無駄になっていると嘆息するのは筆者だけでは無いはずだ。
こうした中、敬愛するオルテガ先生による上述した本(Las Meditaciones del Quijote)の中の有名な文章を思い出している:
19世紀の英国探検家であるウィリアム・パリーは、次のように語っている。北極での旅で、丸一日、犬橇(いぬぞり)を勢い良く走らせて北に向った。夜になって自分の位置を緯度で調べてみると、驚いた事に到着地点は朝よりも更に南だったのだ。即ち彼は南に向かう海流に浮かんでいる巨大な氷山の上を、一日中懸命に北上していたのだった。
(Cuenta Parry que en su viaje polar avanzó un día entero dirección Norte, haciendo galopar valientemente los perros de su trineo. A la noche verificó las observaciones para determinar la altura a que se hallaba y, con gran sorpresa, notó que se encontraba mucho más al Sur que de mañana. Durante todo el día se había afanado hacia el Norte corriendo sobre un inmenso témpano a quien una corriente oceánica arrastraba hacia el Sur.)
確かに努力は必ずしも報われない。アスペンに集まる鋭い国際感覚を具えた人々は今、上述の「人種的置き換え理論(great replacement theory)」を信じ込んだ人々から「人種置き換えに熱心なエリート(replacist elites)」という烙印を押され、政策立案過程の圏外に置かれているのだ。