メディア掲載  エネルギー・環境  2025.12.18

ETS導入は延期すべき GXはDXに転進を

エネルギーフォーラム(2025年12月11日発行)に掲載

エネルギー政策

経済産業省は排出量取引制度(ETS)の設計を進めている。来年度4月の施行に向けてということだが、ドタバタで排出量の割当などの制度の細則を定めようとしている。だが、性急なことは止め、ETSの導入は1年、延期すべきである。その間に、根本的な問題を抱えるGX(グリーントランスフォーメーション)について抜本的な再検討をすべきだ。

経産省はこの制度の害毒をよく理解しないまま導入を決定した。だが細則を企業と議論しているうちに、この制度の害がいかに大きいか、政府の担当官は思い知らされることになった。

石炭火力発電や、エネルギー集約産業である製鉄、セメント、石油化学などは、この制度が導入されれば、もはや新規の設備投資は行わないであろう。既存の設備についても、維持費すら支払わず、生産が縮小していくことは必定である。排出枠を買ってしまえば利益など吹き飛んでしまうから、生産を止めてしまう方が合理的になる。

政府の担当官の説明はまるで高利貸しようだ。少なくとも最初の年はほぼグラウンドファザリングになる、つまり排出量に応じて排出枠が与えられることになり、経済的な負荷は生じないという説明である。その一方で、排出枠は年々削られていく。そしてその先には、2030年46%、40年73%、50年100%という国のCO2削減目標が控えている。本当に実施するかは別として、ひとたび制度が導入されれば、何時排出枠を絞られ、経済的なペナルティが致命的になるか分からない。このように制度的不確実性が高い中では、当然日本国内に設備投資を行う企業など無くなる。もしもそのような資金があれば、インドなり米国なり、どこかに設備投資をした方がよほど合理的である。

これらの重厚長大産業は、日本の地域経済を支えており、また多くの雇用を生んでいる。一つ大きな工場が止まるということは、その周りにある多数の中小企業が潰れることを意味し、街全体の経済が沈むことを意味する。かかる経済的な自滅を、なぜ経産省が推進するのであろうか。

政府はグリーン経済で成長する、などということを言っている。だがそんなことは起きない。太陽光発電や風力発電を導入しても、電気料金は高騰するばかりである。三菱商事グループが洋上風力から撤退して再入札が行われるようだが、価格は極めて高くなる見通しだ。また火力発電についてはCCS(CO2回収・貯留)、水素、アンモニアなどを導入すればよいというが、これで発電をすれば既存の石炭火力やLNG火力発電に比べてコストが2~3倍、あるいはそれ以上するものばかりだ。海外の水素プロジェクトは今まさに次々に頓挫している。こんなことは初めから専門家には分かっていたことだが、ようやく、経産省の担当官も思い知るようになった。

世界は脱・脱炭素に向かう 米国はもとより欧州でも終焉へ

世界を見回しても、もはや脱炭素は潮流などではない。完全に逆である。脱炭素は終焉に向かっている。世界第1位の排出国である中国は、23年の1年間だけで5000万kWの石炭火力発電所を運転開始させている。5000万kWといえば、日本の全ての石炭火力発電所を合計した設備容量に匹敵する。排出量第2位の米国はパリ協定から離脱して、化石燃料利用を国家安全保障の重要な柱に据えている。このことは先日公表された国家安全保障戦略文書に明記してある。排出量第3位のインドはロシアからの石油の購入を止めず、また石炭火力発電所の新設を進めている。排出量第4位はロシアだが、ロシアが石油やガスの採掘を自ら減らすなどということは全く考えられない。ロシアの経済、そして軍事力は石油とガスで賄われているからだ。

日本の排出量は世界で第5位であり、その排出量はわずか3%である。日本より排出量の多い大国がCO2を増やし続けているときに、なぜ日本が経済自滅的なCO2削減をしなければいけないのか。

しかも、日本がCO2を削減しても地球環境にはほぼ何の影響もない。今から日本が年間10億tのCO2排出量を50年までに直線的にゼロにすれば累積125億tのCO2削減になるが、これによる気温の低下は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表している過渡気候応答の数字を使って計算すると0.006℃に過ぎない。

ヨーロッパにおいてすら、もはや脱炭素(ネットゼロ)は終焉に向かっている。温暖化防止国際会議・COP30において、EUはNDC(国別目標)を提出することができなかった。東欧諸国などが抵抗したからである。

国ごとに見ても、いずれも人気の高いイタリアのメローニ政権、ハンガリーのオルバン政権は、EUが規制を強化しようとするたびに反対している。

英国、ドイツ、フランスにおいても、もはやネットゼロへの反対勢力の方が強くなっている。

英国では政権与党である労働党の人気は地に堕ちている。支持率が30%程度とダントツでトップの改革UKは「スクラップ・ネットゼロ(ネットゼロ撤廃)」と綱領に書いている。支持率を20%弱で労働党と競う野党保守党も、やはりネットゼロの廃棄を明確に政策文書に記している。英国の次の総選挙は29年1月までに実施されることになっているが、労働党が政権を失い、改革UKまたは保守党が勝って政権を取る可能性は極めて高い。つまり英国はネットゼロを放棄する政権に変わる。

ドイツでも、CDUとSPDからなる今の連立政権の人気は極めて低い。今、支持率トップはAFDである。AFDもネットゼロに反対する立場を明確にしている。共同党首アリス・ヴァイデルは、演説のたびに移民問題とネットゼロの問題を取り上げる。再生可能エネルギーの導入に強く反対し、「恥の風車」を無くせと述べている。英国でもドイツでも、光熱費が高くなったことに国民は怒っている。ガソリン車の禁止などの規制にも怒っている。
ドイツの総選挙は29年に予定されている。今のままならAFDが圧勝するだろう。そうなれば、これまでAFDとの連立を拒んできたCDUも連立に参加せざるを得なくなる。AFDが政権を取るならばドイツもネットゼロを放棄する。

フランスではマクロン政権がネットゼロを推進してきた。だがマクロン政権は極めて支持率が低く、指名した首相は次々に辞任に追い込まれている。最も有力な野党はマリーヌ・ルペンらが率いる国民連合であるが、やはりネットゼロに否定的である。フランスでは制度上、大統領の選挙は27年の4月か5月ごろまでに実施することになっているが、次の大統領は国民連合から出る可能性がある。そうなればフランスもネットゼロをやめるだろう。

英国、ドイツ、フランスのいずれも、現政権は、寛大な移民受け入れ、DEI(多様性・公平性・包括性)、ESG(環境・社会・統治)、ネットゼロなど、あらゆる左翼的政策を進めてきた。だが国民はこれにうんざりしている。これはトランプ政権が誕生した米国とよく似た状況だ。つまるところ、普通の国民は普通の暮らしをしたいだけなのだ。男は男、女は女。自分の街に、どこの誰だか分からない人々が押し寄せることを嫌がる。ガソリン車に普通に乗りたい。安い光熱費で済ませたい。ただ普通に生きたいだけである。トランプは自らの政策を「常識革命」と呼んでいるが、欧州の右傾化と呼ばれる現象も、実態としてはほぼ同根のものだ。

早ければ26年にも、欧州での右傾化、つまり常識革命は一気に進むかもしれない。きっかけとなり得るのはウクライナの敗戦である。ゼレンスキー政権は全ての失地の回復を勝利の条件と定義しているが、実現の見込みはほとんどない。むしろ26年にも、トランプ政権が提示した28か条の提案に近い形で停戦となる可能性が高い。すなわち東部4州とクリミア半島はロシアの支配下に入り、残るウクライナには冷戦期のフィンランドのような新ロシアの中立政権が成立する。ウクライナはNATO(北大西洋条約機構)にもEU(欧州連合)にも入らない。このような停戦が成立しないならば、ロシアはさらに軍事圧力を強め、ウクライナの土地も人員もさらに失われていくだろう。

ウクライナの敗戦が明らかになれば、これまで戦争を指導してきた英国、ドイツ、フランスの政権は責任を問われる。ただでさえ支持率が低迷するこれら政権は、もはや持ちこたえられない。いずれかの国で政権崩壊が起きる可能性は高い。そうなれば28年や29年を待たず、26年にも英独仏の一角が崩れる。右派政権が誕生すれば、米国と共にロシアとの国交正常化に動く一方で、ネットゼロは放棄されるだろう。

20年誕生の菅政権以来、岸田政権、石破政権と3代続けて日本は脱炭素を推進してきた。初めは抵抗勢力だった経産省が、官邸の圧力の下、脱炭素を推進するようになり、今や最大の利権を有するようになった。すなわち23年5月にGX法が成立し、外郭団体としてGX機構ができ、国債を発行して補助金を支給し、その償還のためにETSと化石燃料制度を導入する。外郭団体を新設し、特別会計を持ち、国民からお金を徴収し、それを補助金として配る。役所的には百点満点のスキームなのだろうが、問題は国益を損ねていることだ。

経産省は「脱炭素の流れは変わらない」と言い続けている。しかし根拠はない。言い続ける最大の理由は、自らの誤りを認められないという、日本政府の昔ながらの体質である。

火力の活用なしにAI競争勝てず 政策の看板かけ替えを

米国はいまAIブームに湧いている。米国の電力消費は日本の4倍程度だが、今後10年間でさらに日本丸々1つ分、約1000TW時(1TW時=10億kW時)の電力需要が増えるという。米国の発電の主力は天然ガスであり、AIによる需要爆発も8割方がガス火力で賄われる見込みだ。ペンシルバニア州などではトランプ政権肝入りでガス火力を主力とした電力インフラとデジタルインフラの一体開発が進んでいる。

中国でも米国に次ぐ規模でデータセンターが建設されている。中国の電力は依然として石炭火力が6割を占め主力である。次々に新設されていることも前述の通りだ。つまり米国と中国は、化石燃料による安い電力で熾烈なAI開発競争を制しようとしている。

翻って日本はどうか。新しい電源整備はGX電源を使うという計画になっている。だが原子力発電所の再稼働はよいとしても、それだけでは需要増に追いつかない。そして再生可能エネルギーでは安価で安定的な電力など望めない。現実的にはまずは既存の火力発電所を、次いで新設の火力発電所を使うべきであることは明らかだ。しかし日本政府は石炭火力にペナルティを課し続けてきた。加えてETSによってこれが一層ひどくなる。現実を見れば、日本も石炭火力・LNG火力を活用するしか短期の電力需要爆発を支える手段はない。だが現行のGX計画はこれを阻害している。これでは日本はAI競争にも敗北する。

日本政府の癖で、前任者のやったことは否定できない。だが昔から「撤退」はできなくとも「転進」はできる。その転進策を提案するならば、「GXからDXへの移行」がある。看板をかけ替えて、中身も変えるのである。

現在のGXには2つの要素がある。「悪いGX」はコスト要因であり、再エネ、水素、CCS、アンモニア、EV、非経済的な省エネなどである。これを止める。「良いGX」は経済成長に資するものであり、原子力とDX、それに経済的な省エネである。これは推進する。法律や組織などの名称はことごとくGXからDXに変える。新生のDX法とDX機構との目的は「安価で安定的なエネルギー供給によってデジタルをはじめ日本の産業振興を支えること」とすればよい。

ETSなどのCO2規制強化は、ただちに1年間延期すべきである。その間に、安価で安定的なエネルギー供給に資するGXからDXへの転進の在り方を検討する。そうすればETSは結局、導入中止となるであろう。他にも、石炭火力の省エネ規制強化や電力小売りへの非化石比率義務の60%への引き上げなどの、経済抑圧的な規制は撤廃されることになるだろう。

かつて日本の対米開戦を決めた大東亜戦争の指導者たちは、ヒトラーの欧州での快進撃に酔い、ドイツが英国を制圧し、ソ連を屈服させるという想定の下、日本が米国と戦っても敗北しないというシナリオを描いた。しかしドイツはソ連で敗れた。日本も、真珠湾攻撃の半年後にミッドウェーで大敗した時点で、もはや敗色が濃厚であった。それでも指導者たちは誤りを認めず、敗けをひた隠しにし、国民を欺いて戦争を続け、日本は焦土と化した。

世界の情勢も、技術の進歩も、予想通りにはならず、ましてや願った通りになどならない。何年も前に決めた方針を変えられず、そのまま突き進み、国民を奈落の底に突き落とすことはあってはならない。今のままでは、後年「あの時の経産省の指導者はなぜ国を誤ったのか」と責任を問われることになるだろう。そしてそれは、そう遠い将来ではなさそうだ。