メディア掲載  国際交流  2025.11.21

日中関係再び悪化、繰り返される中国ビジネスの逆風にどう対処すべきか

中国進出企業のしたたかな経営判断が日本経済の推進力を支える

JBpress(2025年11月19日)に掲載

中国

1.順調な滑り出しが高く評価された高市外交

10月19日から11月1日まで、北京、上海、広州を訪問した。

ちょうどこの出張期間中の10月28日に日米首脳会談、30日に米中首脳会談、31日に日中首脳会談と3つの重要会談が行われた。

高市早苗首相は首相就任早々だったにもかかわらず、いずれの会談も比較的平穏にこなし、高市外交は順調な滑り出しを示していた。

中国の関係では靖国神社への参拝を控える方針を示すなど、日中関係への配慮も見られていた。

高市首相は対中強硬姿勢の政治家として知られていることから、中国側もそれを警戒して、高市首相就任に対する祝電を習近平主席ではなく、李強総理が送った。

このため、韓国・慶州でのAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議期間中は日中首脳会談が実現しないのではないかとの予想もあったが、無事に実現した。

ここまでは日本企業の中国現地駐在責任者が高市首相の予想以上に冷静な外交手腕を高く評価する声をしばしば耳にした。

日本企業関係者の中には中国駐在経験が10年、20年というベテランが多い。彼らは尖閣問題をはじめとする日中関係の悪化により、何度も中国事業に対する逆風を経験してきた。

中国市場での売り上げが伸び悩み、目先の業績が悪化するのみならず、日本国内で中国ビジネスに対するネガティブな見方が広がることによる中長期的なダメージも大きい。

中国市場開拓の努力の結果つかんだビジネスチャンスを生かして業績拡大につなげるため、中国現地駐在の幹部から投資拡大提案を行っても本社経営層の承認を得られないという惨めな経験を繰り返し味わってきている。

それだけに今回の高市外交の順調な滑り出しを見て、これを高く評価し、今後の日中関係改善への期待が膨らみつつあった。

同時に、「台湾、歴史問題、領土問題など踏んではいけない虎の尾を注意深く避けてくれることを期待したい」と心配する声もあった。

2.台湾問題でのつまずきとその波紋

難しい問題が生じたのはそうした状況の最中だった。日中首脳会談直後に高市首相が台湾代表との写真をSNSに投稿した。

これについて、中国の内政外交に詳しいキヤノングローバル戦略研究所の同僚である峯村健司氏は「習氏にすれば、“首脳会談直後にオレのメンツを潰しやがって”とはらわたが煮えくり返っているはずです」(11月7日付週刊ポスト)と述べている。

中国現地駐在の日本企業関係者の多くも峯村氏と同じような見方をしていたはずだ。事態はそれだけで終わらなかった。

11月7日の衆議院予算委員会で立憲民主党の岡田克也氏の質問に答える形で「存立危機事態」の解釈について高市首相が踏み込んだ説明を行ったことなどが中国側からの厳しい批判の標的となった。

その波紋は、外交のみならず、中国人の訪日旅行客に対する渡航自粛要請や日本への留学を考える中国人学生への慎重な検討の呼びかけにまで広がっている。

これが日本人の中国滞在短期ビザ発給規制の再強化や日本の水産物の中国向け輸出規制の再強化につながることを懸念する声も多い。

高市外交の順調な滑り出しを喜んでいた多くの日本企業関係者、中でも現地駐在経験が長く、今も中国ビジネス最前線に立っている人たちは、今後の中国ビジネスへの影響を思い浮かべ、暗澹たる気持ちになっていると推察される。

3.中国経済減速下での日本企業の積極姿勢

今回の中国出張中に得られた2つの重要な知見がある。それらは一見相矛盾するように見える。

一つは中国経済が当面、経済成長率の下降傾向を辿るとの見通しである。昨年9月以降の景気対策の効果で、本年3月頃までの半年間程度、不動産市場や景況感には若干明るい兆しが見られていた。

しかし、本年4~6月期以降、再び景気は下降局面を辿り始め、消費、投資、不動産市場、景況感ともに緩やかな低下傾向を辿っている。

この傾向は現在の10~12月期も続いているうえ、来年も同様の傾向が続くとの見方が大勢である。

このため、現在のマクロ経済政策運営が維持されれば、今年の経済成長率見込みの5%前後に比べて減速し、来年は4%台前半にとどまるとの見方が多い。

もう一つの知見は、その逆風にもかかわらず、日本企業の対中投資の潮目が変わったとの指摘である。

ある日系大手金融機関が実施した中国進出日本企業向けのアンケートによれば、2023年から25年にかけて対中投資を減少させると回答した企業数が回答全体の30%前後で徐々に減少しつつあったが、今後1~2年についてはその割合が一気に20%にまで低下した由。約3分の2が現状比横ばい、十数%が拡大と答えた。

こうした日本企業の対中投資姿勢のポジティブな変化をもたらした要因は主に以下の2つである。

一つは、縮小・撤退の方針が実行に移され、比較的積極的な企業だけが残っていること。もう一つは、昨年11月以降の短期滞在ビザ発給規制の緩和である。特に2つ目の要因が重要である。

それによって日本企業の本社から中国現地を訪問する経営層、部課長クラスが急増し、中国市場の実態がようやく日本の本社に伝わるようになった。

確かにマクロ経済データを見る限りでは、中国経済の以前の活力が失われているのは明らかである。

また、メディア情報を通じて注目される問題はいわゆる「内巻」という過当競争で、利益なき増産、サプライヤーの赤字採算といったネガティブなニュースばかりである。

ところが、現地に足を運んでみると、日本には伝えられていないハイテク産業分野の最先端技術が日本の技術水準を抜いている実態を認識する。

さらには、そうした企業で働く優秀な若手従業員の仕事に対する意欲的な取り組み姿勢に圧倒される。こうした中国現地での実体験が日本企業経営層の認識を徐々に変化させつつある。

その認識の変化が、前述のような今後の投資姿勢の積極化につながってきている。

4.求められるしたたかな経営判断

以上を総合すれば、日本企業の対中投資姿勢は2025年に転換点に差し掛かり、今後は勝ち残った企業が攻めに転じる局面に入っていくように思われる。

当面有効な突破口が見当たらない景気後退局面に直面している中国政府にとっても、日本企業の対中投資積極拡大姿勢はありがたい。

中国政府は外交と経済をある程度分離する。

特に、地方政府は日本企業の対中投資を歓迎する姿勢を維持する可能性が十分考えられる。多くの日本企業もそれを強く望んでいる。

2012年に尖閣問題が発生し、日中関係が最悪の状況に陥った際にも、中国の消費者は日本企業の製品を買い続けたことを思い出す。

厳しいダメージが長引いたのは自動車業界だった。日系メーカーの自動車は日本の象徴とみなされたことから、数年にわたって日本車の購入を控える傾向が見られた。

しかし、自動車以外の消費財についてはあまり大きな影響を受けなかったのが実情である。

問題はほかにもある。日本の本社サイドが対中投資を拡大することがレピュテーションリスクにつながると考えるようになり、中国ビジネスに対する姿勢が消極化した。

中長期的な観点から日本企業の中国ビジネスに対する影響を考えれば、中国側の買い控えより、日本側の投資姿勢消極化の方が日本企業の業績に与える悪影響が大きかった企業も少なくない。

今回の日中外交上の新たな難題が今後日中の外交関係、経済関係等にどのような影響を及ぼしていくか、注視していくことが必要である。

その際、中国は外交上の厳しい姿勢と中国現地での日本企業受け入れ姿勢を使い分ける傾向があることを考慮すべきである。

日本の本社が中国現地の意見をよく聞かずに、メディア情報等を信じてネガティブな判断を下せば、これまでダメージの繰り返しになる。

日中関係悪化の厳しい逆風の中でも、日本企業の経営者が中国現地から伝えられる生の情報を重視し、自ら現地に足を運んで経営環境を冷静に判断し、したたかに行動することを強く期待したい。

せっかくプラスに転じつつある中国ビジネスの潮目が逆戻りしないことを願っている。

中国経済は2010年に日本経済の規模を超えたが、今や日本経済の5倍の規模に近づきつつある。巨大な中国市場でのビジネスの順調な発展は日本経済の底力復活の支えとなる。

今年の潮目の変化によって中国ビジネスが拡大に転じれば、日本経済が30年ぶりに目覚めて、長期安定的な成長力を回復しつつある現状において大きな推進力となる可能性が十分ある。