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【まとめ】
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テキサス州ミッドランドは「石油の首都」と呼ばれる。広大なパーミヤン盆地の油田地帯の中央にある町である。同地で開催された「パーミヤン盆地国際石油ショー」は、出席者の熱気でみなぎっていた。倉庫のような建物では無数の企業が展示をしていて、大小さまざまの配管、接手、タンク、ポンプや発電機、流量計やセンサーなど、油田で使われる機器や部品が並べられていた。主催者の発表では、3日にわたって2万人以上が参加し、展示した企業は700を超えるという。何かと衰退したと言われるアメリカの製造業だが、ここでは健在であり、まったく暗い雰囲気はない。
ひとつ気づいたのは、参加者には白人が圧倒的に多かったことだ。このショーの参加者は白人がほとんどで、黒人やアジア系はとても少なくて、インド系がちらほらいるぐらいだった。カリフォルニアのIT企業だとインド系や中国系が目立つのとは対照的だった。骨の折れる現場の仕事などはしなくなったと言われることもあるが、どっこい、アメリカ白人、まだまだやるじゃないか。
さて石油の掘削というと、ヤマ師がいて、あてずっぽうで配管を打ち込むと、石油がどーっと噴出する。。。と言った運任せのイメージがある。しかし現代の石油採掘は、そのような原始的なものではなく、エンジニアリングの粋を集めたものだ。特に、2000年代から本格化したシェールオイル採掘では、まず巨大な消防車のような車で、はしごのような櫓を垂直に立てる。次にそれを使ってドリルで穴を掘って、長い配管を地中に打ち込んでゆく。地下1500から2000メートル付近まで掘ったら、こんどはそこから水平方向に3000メートルから5000メートルも水平に掘る。最後に、60メートルおきに岩盤を破砕して、その亀裂から漏出してくる石油を配管で採取する。こうして堀った油井(ゆせい)は2年か3年で生産量が下がるので、また新しい油井を掘る。以上は結構な投資になるので、そのときの石油価格次第で、タイミングを見計らって着手する。
これだけの大深度で石油をうまく掘り当てるためにはテクノロジーが必須だ。まずは地上で重力や磁場の歪みを計測し、次いで地震探査を行って地中のマップを作り、センサーを備えたドリルを精密に誘導しなければならない。さまざまなハイテクが組み合わされ、エンジニアリングを駆使する。しかもコストは下げて収益を上げねばならない。
ミッドランドの町の中は、石油採掘のための資材があちこちに積んであり、それを運ぶ大型のトラックやトレーラーがうなりをあげてひっ切りなしに走り回っており、24時間絶えることがない。水圧破砕をするためには、高い圧力を発生させるために大型のポンプを積んだ車を20台以上もつなげて使用する。シェールオイル採掘場には、このような車両が所狭しと並ぶ。
さて以上はシェールオイルの話であったが、周辺をドライブする間、つねに地平線のどこかに幾つか見えているのは昔ながらのポンプジャックである。高さは10メートルぐらいで、カナヅチを大きくしたような形をしていて、やっとこ、やっとこ、と水飲み鳥のような往復運動をする。それでワイヤーを引っ張って、地中3000メートルぐらいから石油を汲み上げているのである。
飛行機でミッドランドの空港に降り立つときにも、パーミヤン盆地の平原に、このポンプジャックが一定間隔で見渡す限り広がっている光景を見ることができた。これは他にはない光景で、圧巻だった。
テキサス州は広大で、日本の面積の1.8倍もある。同州とお隣のニューメキシコ州にまたがるパーミヤン盆地の油田地帯も広大で、これも日本の6割ほどの面積がある。現在の石油の生産量は日量600万バレルで、なんと日本の消費量300万バレルの倍もある。生産された石油はいったん巨大なタンク群に蓄えられ、地下パイプラインでヒューストンなど他の都市に送られる。
油田から石油があまり出なくなると、二次回収および三次回収と言って、まずは水を、次いでCO2を別の地点から注入して、地中の圧力を高めたり、石油を岩石の隙間から追い出したりして、さらに石油を採取する。CO2はここでは石油回収のための重要な手段の一つなのである。ミッドランドには5日間にわたって滞在したが、ここではCO2を悪者扱いする発言は一度も聞かなかった。そういえば地球温暖化や気候変動という単語も見ることすら無かった。
親子にわたって大統領職を務めたブッシュ家は、かつてここに住んでいた。ブッシュ(父)は、イエール大学を卒業すると、ここミッドランドに移住して石油産業に身を投じた。まだ若いころに住んでいたごく普通の住宅が公開されていた。ブッシュ(子)はそのころ小学生で、野球少年だった写真が写っていた。ブッシュ(子)も、ハーバードでMBAを取得した後の社会人デビューは石油産業であった。産業界に身を投じて、そこで成功を収めたのちに、政界に転向してやがて大統領にまで上り詰めた。日本ではあまりこのような話を聞かないが、アメリカらしい、イノベーションを生み続ける事業環境は、このような人々が作り出すのだろう。ブッシュ(父)は、すそ野の広い石油産業での実業を通じて、金融からエンジニアまでさまざまな人と協同することを学んだと述懐している。その人的ネットワークはやがて親子の政治基盤にもなった。
油田の設備があちこちに点在しているパーミヤンの平原は、どこまでも広がっている。すこしミッドランドから離れれば、100キロメートル以上もドライブを続けても、まだ360度どこを見ても地平線である。砂漠に灌木やサボテンが点々としている風景が延々と続くが、突然、農地が見渡す広がる光景に変わる。作物には綿花もあるが、たいていは飼料用のソルガムやコーンである。年間300ミリか350ミリ程度しか雨が降らないので、地下水をくみ上げて灌漑をしないと、作物がよく実らず、旱魃のときには壊滅することもあるという。散水は飛行機の骨組みのような巨大な移動式配管で行われたり、あるいは少しでも蒸発を防ぐために地中に埋設したチューブから直接に根元に供給する。どの作物の畑も見渡す限り続く。こんなに農地があるのは、日本では考えられない、羨ましい風景だ。だが水に恵まれないため、人間は知恵を絞って工夫を重ねないといけない。品種改良によって乾燥に強い作物を作るなど、農業でもテクノロジーが活きている。
テキサスに行くということで、西部劇のように無数の牛が放牧されている光景を期待していたが、それを見たのは、ミッドランド歴史博物館にあった昔の写真の中だけであった。昔のカウボーイは毎日80キロメートルも牛を追い立てるなど、とにかく重労働であったという。いまでは巨大な農業機械で牧草を収獲し、飼料にして畜舎で牛に与えているようだ。牧場はいくつもあったが、放牧されている牛や馬を見かけることは滅多になく、ちらほらといただけだった。
広大な土地と莫大な資源、しかし雨は少なく乾燥している。このような場所で育つと、全能の唯一の神への信仰も増すのか、小さな教会がいくつもあった。厳しい自然に対峙して、テクノロジーを駆使し、貪欲にイノベーションに挑み、豊富な資源を開発して、富を築く。そんなアメリカンドリームがここでは息づいている。